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へんな怪談集

︶シール

作者: 夏野 篠虫

 カレンダーとは無縁のサービス業務を乗り越え、私はGWの連勤明けに3日の休暇をもらった。休み期間をダラダラぐっすり惰眠を貪ってもよかったが、次にいつ連休を取れるかもわからなかったため思い切って一人旅に出かけることに決めた。

 今回の目的地はバス、電車、またバスと乗り継いで、やっと辿り着ける辺境の旅館だった。以前ネットで見知った旅館なのだが、一日3組限定の古民家を改装した施設で、季節の食材を活かした料理や豊かな植生と渓流が生み出す風光明媚な景観、私好みの要素満載だったのでぜひとも一度訪れたいと思っていた。そのためなら多少の眠気やダルさなんて苦ではない。

 欠伸を不定期に繰り返しながらも気合を入れて始発のバスに乗り込んだ。他に乗客はいない。座席に着くと朝陽が顔に当たり目を細めた。

 駅まで一時間はかかる。ひと眠りしようと思うと、前の座席の背もたれにシールが一枚貼ってあるのに気づいた。誰かがいたずらで貼ったであろうそれは有名キャラクターや☆や♡などのシンプルな記号でもなく、見たことのない形をしていた。

 黒の〇の中に白の「 ︶ 」という半月型の曲線があるだけの単純な形だ。子どもが貼るにしてはつまらないというか……もしかしたら整備に必要な印なのかもしれないが、何でもない位置に貼ってあるしこんなシール今まで見たことない。

 不思議さを抱えながらも考える余裕はないほどの強烈な眠気に抗えず、私のまぶたは下がっていく。シールの意味がわからないまま、光がほのかに透けるまぶたの裏にシールの残像を見ながら眠りに落ちた。



 終点駅の到着を知らせるアナウンスで目覚めた。

 慌ててバスを降り、予定通りの電車に乗り込んだ。走ったことで眠気はどこかへ行ってしまった。ここから4時間ほどの電車旅。計画は立てるがゆったりした旅程が好きなのでわざと鈍行を選んでいる。車窓を眺めながら、持参したコンビニのおにぎりで朝食を摂る。梅干しの酸味は疲労回復に効いてくれるだろうか。

 ふと目線が窓から少し横にずれた時、一点に目が留まった。

 窓枠にシールが貼ってある。

 黒の〇に白の︶が書いてあるシールが、今度は2枚貼られている。

 私は初めて見るけど、一日に何度も見るような有名なものなのか? というか誰があちこちに勝手に貼りまくってるんだ。せっかくの旅に水を差されたような気持ちになる。

 ちょっとした出来心で正体が分かったらいいなと思い、スマホでシールの写真を撮って「電車に貼られてた。これ何のシール?」とSNSにアップした。


 景色を見たり本を読んだり、一度乗り換えを挟んでさらに進み、あっという間に目的の駅へ。ここで最後のバスに乗り換えて1時間、その後降りて30分くらい歩けば旅館に到着。太陽は空の真上まで昇っていた。

 懇切丁寧な女将の出迎えを受け、部屋へ案内される。使い込まれた調度品に古めかしくも整えられた和室だ。荷物を置いて早速窓から外を覗けば下に清流がせせらぎ、風に揺らめく新緑の樹木と鳥の鳴声が響いていた。他人が立てる雑音と機械音が一切ない、自然の音に包まれて、これだけですでに来た甲斐がある。せっかくの雰囲気を台無しにされたくないので仕事関係の連絡が来ても気にならないようスマホの電源は切っておいた。

 そして夜まで周辺を散歩したり部屋の中で過ごしていた。


 旅館は温泉も料理も前評判通りの質の高さで、その前に起きた変なシールなんて些細で忘れてしまったくらい大満足だった。


 一泊二日でマンションに帰宅したころにはすでに夜で、精神的な回復と引き換えに体力的には少し疲労していた。幸い明日も休みなのでゆっくりできそうだ。自宅の鍵をリュックから探し出し開けようとした瞬間、ぶわっと鳥肌が立った。

 ドアの取っ手とその周りにベタベタとあのシールが、10枚以上貼られていた。

 見慣れた場所に黒白のシールが集まるように貼られている光景は不気味でしかない。

 と、ここで気づいた。シール貼りの犯人は私を狙っているに違いない。

 どうやっているかはわからないが、私の行動を先回りし、バスの座席、電車の窓枠、自宅を特定し意味の分からないシールを貼っている。それ以外考えられない。1、2、10と急に枚数が増えたのもひょっとしたら旅館や帰りのバスにも気づかなかっただけで貼ってあったのかもしれない。

 そう分かった途端、無性に怒りが湧いてきた。旅行でストレスフリーになっていたのに胸中は腹立たしさに支配されていた。

 連絡するなら警察か、と思ったがさすがにいたずらシールだけで取り合ってはくれないだろう。ならマンションの管理人か。廊下やエレベーターには監視カメラもあるし、もしかすると犯人がわかるかもしれない。

 管理人の連絡先は電話帳に登録していたはず。

 スマホを取り出し、切りっぱなしにしていた電源をつけた。

 起動すると溜まっていた通知が一気に届きだした。ラインやメールがいくつかある中で、異常な数のSNSの通知が届いていた。フォロワーなんて100もいないようなアカウントしか使ってない。音がうるさく鳴りやまないので一度通知を切ってからアプリを開いてみた。

 通知欄には昨日の私の投稿が大量に拡散されている旨が記載されていた。つまりバズっていた。

 心当たりはシールについての投稿だけだ。そんなに珍しいものだったのか? もしくは正体を知っている人がいるとか。

 期待と興奮を感じながら投稿についたコメントを見てみた。

『いたずらか』

『なにこれ気持ち悪い』

『なんか後ろ映ってね?』

『閉じた目?』

『やばいやばいシールの絵がちょっとずつ変わってる』

『ほんとだ変わってる。てか開いてきてる』

『変な写真乗っけるなよ!』

『これ見たあと家帰ったらドアに同じの貼ってあったんだけど。なに怖い』

『電柱でさっき見た』

『コンビニのトイレに貼ってあったよ』

『シールが何なのかわかった。これ視ちゃだめだし広めちゃだめ。投稿を消してください。早く』

『もう遅いかもしれなけど消さないと』

『早く消せ』

『投稿を消して』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『消せ』

『広めてくれてありがとう』



 私は怖くなって画面を閉じた。

 なんだ? なんなんだいったい、皆何が見えてるんだ?

 撮影した写真を確かめたいが指が言うことを聞かない。写真フォルダを見てはいけない気がする。

 ならドアのシールは――

 手元からドアの方に向き直ると、10個以上のシールの眼がこっちを見ていた。みんな笑った眼をしていた。




 以上が昨日の話です。

 一晩経って今は部屋の壁にも天井にもびっしり目が貼られ、私は監視されています。


 だからごめんなさい。投稿は消していません。たぶん数百万人が見てくれていたと思います。危ないと気づく人もいましたがちゃんと拡散されて広まっています。

 実際に本物を見る人も増えているようで、よかったです。


 どうして私が選ばれたんでしょうか? 何もわかりません。

 でも私は広めないと駄目なんです。私が、広めないと駄目なんです。

 もっともっと、一人でも多くに広めないと、私は……いや、私はもうとっくに悪くなって終わってしまいました。

 もう私の眼は貼られてしまったんです。

 ごめんなさい。


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