消えた階段
サラッと読めるちょこっとホラー
アンナは、ある日いつもと変わらぬ通勤路を歩いていた。ふと足元を見ると、ビルとビルの間に古びた階段が現れていた。以前は見たことがない場所だったが、特に不思議にも思わず、そのまま階段を登ることにした。
「こんな階段、あったっけ?」
足音が響く中、何段も上っていくうちに、周囲の音が次第に薄れ、静寂が広がっていった。不安な気配もあったが、何も気にせず、無意識に階段を登り続けた。ふと見上げると、眩しい光が差し込む小さな窓のような場所が見え、そこにたどり着くと、不意にその光景が目に飛び込んできた。
そこはどこか異次元のような、奇妙な街だった。空は赤紫色に染まり、道行く人々の表情はどこか無機質で冷たい。建物はどれも古び、どこか歪んで見えた。しかし、アンナはそれに不安を感じることなく、当たり前のように歩き出した。
街の人々は、誰もが無表情で、まるで彼女がそこに存在することが当たり前であるかのように彼女を受け入れた。アンナは不思議と安心し、気がつけばその街の一部のように過ごしていた。知らず知らずのうちに、日々が流れていき、彼女はこの世界に溶け込んでいった。
毎朝、決まった場所で朝食をとり、街を歩き、昼間は店で何かを買ってはまた歩く。奇妙なことに、その街には時間の流れがないように感じられ、どこか過去に閉じ込められたような印象を受けた。それでもアンナは気にせず、何も考えず、ただ日々を繰り返した。
数日後。
現実の世界では、アンナが消えたことに誰も気づいていなかった。彼女が通勤していたはずの道、彼女が住んでいたアパートには、何の痕跡も残っていなかった。上司や同僚たちは、彼女が突然姿を見せなくなったことを不思議に思い、何度も電話をかけたが、電話は繋がらなかった。
アンナの家族にも、彼女の消息が伝えられたが、誰も彼女が行方不明になったことに疑問を抱かなかった。彼女の存在自体が、まるで最初からなかったかのように消えていたのだ。
一方、異世界にいるアンナは、街の不気味な静けさに包まれた日々を繰り返していた。ある時、ふと気づくと、街の人々が彼女を見ているのではなく、まるで彼女の存在を監視しているかのように冷たい視線を向けていることに気づいた。しかし、なぜかそのことを不安に感じることなく、アンナはそのまま笑顔で通り過ぎていった。
時間が経つにつれ、彼女の存在がどうしてここにあるのか、何をしているのかがだんだんとわからなくなっていったが、それでも彼女はまるで最初からその場所にいたように、街の一部として過ごしていった。自覚することなく、彼女は永遠にその街で過ごすことになったのだった。
そして、あの階段は二度と現れることはなかった。ただ静かに、アンナの痕跡が現実の世界からも、この異世界からも消えていった。