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チュートリアル5

 血は何故赤いのか。そんな疑問を口にすれば、大抵の人間は真っ先にヘモグロビンの話をし始めるだろう。しかし、ゲーム内でそんな現実的な話をするのはナンセンスだ。

 そういう仕様、そういう表現、身近な色が一番違和感が無い。そんな回答が来るのだろうか。是非とも開発者に尋ねてみたいものだ。


 ポタポタと垂れる緋色の雫。されどその形は決して流線型ではなく、ポリゴンと呼ばれるに相応しい角ばったものだ。飛び退いたNPCの騎士の脇が僅かに斬り裂かれ、五センチほどの朱色の傷口はこちらが与えたダメージを如実に表していた。

 流石のガイドAIの女もこれには予想外だったのだろう。その声には微かに驚愕の色が浮かんでいた。


『……これは一昔前に流行ったオカルトだけどね。現代ではその豊かさ故に、人間が野生生物として有する機能の殆どは衰退しているんだとか。闘争本能もその一つで、経済的、社会的に恵まれた環境であればあるほど、命のやり取りに匹敵する争いが行われるのは稀となる……』


「何が言いたい……?」


『君の剣才の正体の話さ。才能が先か、本能が先か。はたまた両者は合一なのか。たかがガイドAIのあたしじゃ判別のしようもないけど、君のソレは間違いなく、その二つを超えた何かだろうね』


「…………」


 内心の苛立ちをぶつけるように刀を振った。ただそれだけの話。主観的には勝手に身体が動いた程度の感覚だった。しかし同時に、何か得体の知れないものに憑りつかれたような気がしたのも嘘ではない。

 ここで彼女の言葉を、買い被りの一言で流すのは簡単だろう。所詮これはゲームなのだ。たかがチュートリアルで一喜一憂するほど私の精神性は脆くない。


「はっ……それは逃げだとでも言いたいのか?」


 果たして、その言葉はガイドAIの女に向けられたものではなかった。今まさに私の視線の先で白銀の剣を構える騎士。その首がクイと揺れる。伽藍洞の甲冑からは何故か、数分前よりも確かな意思が伝わってくるようだった。


 お前程度につけられた傷など屁でもない。そんな風に言われた気がした。

 案山子のくせに挑発が上手い。いいだろう、乗ってやる。


 CT(クールタイム)の終わったステップフットを再使用。一気に距離を詰め……こちらの動きに合わせて振り下ろされた剣の間合い寸前で踏み止まる。一拍分のフェイントだが、高速で振られた剣が返されるまでの僅かな時間が隙となる。


「……くそっ!」


『あー、惜しい』


 確実にとったと思ったが、まさか籠手で防がれるとは思わなかった。やはり狙えるところが限定される所為で、こちらの攻撃が読まれやすいのか。

 一瞬で下段から返された剣を引き戻した刀でギリギリ弾く。ステップフットが切れるまで残り八秒。

 打ち合いが長引くのはマズい。スキル効果が切れると同時に圧されて負ける。だが、決定打を放つには相手の弱点が少ない。鎧の隙間を確実に狙うには、先程のように大きな隙を作る以外方法は無い。なら……


 もう何度目かの剣戟が鳴り響き、それに続いて騎士の剣が上側へ弾かれる。ステップフットが切れるまで残り三秒。ここで私は一か八かの賭けに出た。


「流々合気っ!」


 賭けは二つ。一つ目は相手の剣の軌道。これまでの短くも濃密な打ち合いの経験から、騎士がどんな攻撃を受ければどう動くのかを学習した。彼は大抵の攻撃を自らの膂力任せに振り、それを技巧で最適解にまで補強している。つまり、僅かな時間をかけてまであえて攻撃の軌道を変える、などという思考は無い。あくまで手数で圧倒するつもりなのだ。

 であれば、剣を弾く方向によって次の攻撃の軌道をある程度誘導できる。上部に弾けば左右の袈裟斬りか脳天への振り下ろしのいずれか。一つ目の賭けは私に軍配が上がった。


 頭上から迫る銀色の剣閃をあろうことか刀の柄頭で受け止める。小指の辺りにひんやりとした感触が走った。恐らく指を斬られたのだろう。ゲームなので痛みは無いが不快感はあるようだ。

 私は左手でおもむろに刀の鞘を握る。そこでやっとこちらの意図を察した彼女が、小さく息を呑んだ。


『まさか……』


 二つ目の賭けは全て運任せである。自らを不運と言っておきながら天運に任せるなど正気の沙汰ではないが、一つ目の賭けに勝った以上残された道はこれしかない。

 ギギと柄が削れる音を耳にしながら私は手元に全神経を集中させる。ステップフットが切れるまで残り一秒。この踏ん張りが無ければこの賭けは成立しない。下方に向けていた刀の先端が何かに触れる。それは鞘口だった。

 騎士の剣によって押し込まれる形で刀が鞘へ納められ、鯉口がカチンと一鳴りする。またしても、私は賭けに勝ったらしい。


「———居合切り」


 その呟きよりも早く、もう一つの剣閃が(ほとばし)る。受け流された騎士の剣が足元スレスレで空を切るのと同時に、私の刀の切っ先が彼の兜と鎧の隙間へと吸い込まれる。直後、甲高い金属音が庭園に響き渡り、その数秒後に鈍い音を立てて兜が地面に叩きつけられた。


「……勝負……ありだ」


 その首元から真紅のダメージエフェクトが噴き出るよりも早く、伽藍洞の騎士は粉雪のように崩れて消滅した。


〈チュートリアルクエスト『門出の一戦』をクリアしました〉

〈チュートリアルクエスト限定の特別報酬を獲得しました〉

〈称号『■■■■(解放条件未達成)のお気に入り』を獲得しました〉

 【剣聖】は数あるメインジョブの中でも超激レアの位置にあり、それ故に破格の性能を有する反面、見た目装備以外の防具を一切着けられないという激重デメリットを抱えています(メイン武器も変更不可)。

 開発者曰く、 “初期ステータスに幾らか補正かけたし、補助スキルも十分載せたし、まぁ大丈夫でしょ。それにいくら紙装甲でも攻撃全て躱せば問題ナッシング”とのこと。

 もし主人公以外の人間がこのジョブになっていたら、十中八九ゲーム機を壁に叩きつけていたに違いない。奇跡という名の綱渡りを得て、色んな人の運命を救ったジョブ。採用したメインシステムさんには、開発者自らがお礼の大容量メモリをお贈りしたとかしなかったとか……。

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