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チュートリアル4

 何十キロの重さの甲冑を着ながら戦うのは、常人にとって非常に困難である。

 そも西洋剣自体が斬ることではなく叩き潰すことに重点を置いた造りなので、重み以外、特に機動力に関してはほとんど考慮されていないのだ。

 最低限の動作のために関節部分の守りが薄い、という弱点はあれど、それをものともせず相手を押し潰すことこそ騎士本来の戦い方である。その点だけ見れば、彼は正しく練達した騎士と言えるのだろう。

 しかし、忘れてはいけない。ここがゲームの世界であるということを。


「こんっ、なのっ……人間っ、技じゃっ、無いっ!」


 目の前の騎士が振るう連撃を寸でのところで躱し続けながら、私は心の底から悪態を吐く。命からがら。紙一重。常に九死に一生を得ているような気分だ。ガイドAIの女曰く、ジョブ特性で身体能力と動体視力はある程度強化されているらしいが、戦闘に慣れない現代人の私にとっては殆ど気休めでしかない。

 それでも、最悪の状況で最高の偶然に助けられていることには感謝しつつ、刀で相手の剣を弾いて一時離脱する。


 難易度設定を間違えていないか、これ? 明らかに甲冑を来た人間の動きじゃない。普通は重量分の慣性で鈍るはずの動作も、まるで早送り再生のように見える。端的に言って、隙が無い。


「あんなもの相手にどうやって勝てばいいんだ……」


『別に勝つ必要は無いよ。これはあくまで君にスキルについて教えるための模擬試合だ。君が十分にスキルの使い方を身につけたとあたしが判断すれば、戦闘は終了する。晴れてクエストクリアというわけだね』


「……仮に負けた場合はどうなる?」


『それは大丈夫。一応、彼には君を殺さないよう言ってあるから』


 なるほど。さっきからこっちに都合のいい偶然が続いているのはそういうわけか。幸運の前借でないようで何より。


『じゃあ最初のステップに行ってみよう』


〈プレイヤー【リュウナ】がスキル『居合切り』を仮習得しました〉


 合成音声と共に視界中央に文章が表示される。仮習得という文字から、恐らくこのクエスト限定で使えるスキルなのだろう。遠方で剣を構える騎士を見ながら、ガイドAIの声に耳を傾ける。


『この居合切りを使って、さっきみたいに彼の攻撃を弾いて(パリィして)みるといい。一旦刀を鞘に納めてから脳内でスキル名を唱える。それだけでスキルは発動するよ。タイミングは基本的に慣れだけど、君なら多分大丈夫でしょ』


 その無駄に高い期待は何なのか。こちとら今日初めてVRゲームに触れた初心者だぞ。


 私はため息交じりに納刀すると、次いで右手を柄の付近に置く。タイミングというからには、システムが自動的に攻撃を当ててくれるわけではないのだろう。スキルの速度、間合い、相手の動きの全てを考慮して正確に放たなければならない。再び迫ってきた騎士の動きに全神経を尖らせる。


 集中……集中…………ここ!


「……!」


 キンッと金属同士がぶつかり合う音に続いて、今までのパリィでは微動だにしなかった彼の体勢が、大きく後ろに崩れる。刀を振り抜いた状態で一秒ほど静止していたこちらの目には、その刀身に薄っすらと光の粒が瞬いているのが見えた。


『スキルの初使用アンド初成功おめでとう。ほらね、やっぱり大丈夫だったでしょ?」


「……ああ」


 こんなにも肯定するのが癪だと思えたのは生まれて初めてだ。複雑な表情のまま私は片手を見やる。

 なにせスキルの発動と同時に、脳内へ使い方がインストールされるのだ。その感覚の実に奇妙なこと。まるで思考操作のようだが、実態はあくまで俯瞰的視点に留まっている。スキルを知らない自分と、知っている自分が同時に存在しているとでも言えばいいのか。


『じゃあ今度は戦闘を補助するスキルを教えよう』


〈プレイヤー【リュウナ】がスキル『ステップフット』『流々合気』を仮習得しました〉


 曰く、ステップフットは脚力強化、流々合気は武器で受けた攻撃を受け流せるらしい。どちらも再使用までの時間……CT(クールタイム)が 30 秒なので滅多矢鱈に使うことはできないが、その使い時を見極めるのがこのクエスト本来の目的だ。


「なら……」


 ステップフット発動に合わせて前方に駆け出す。強化された脚力を活かして一気に間合いを詰め、下段に構えた刀を勢いよく斬り上げる。


「……そう上手くはいかないか」


 呟く私の目の前では、白銀に輝く剣と刹那に振り下ろされたそれに速度を殺された刀が、ギリギリと音を立てて鍔迫り合っていた。束の間の拮抗状態。私は強化された脚力を活かしてすぐさま離脱すると、そのまま相手の死角に回り込み、再度攻撃を仕掛けた。


「はぁっ!」


 ギイィンッ!! と刃同士が衝突する甲高い音が再度鳴り響く。それと同時に『ステップフット』の効果が切れ、眼下で僅かにチラついていた朱色の発光が消滅した。


 体感でおよそ十秒といったところか。なるほど、強力だがその分持続時間も相応に短いと。さて、スキルが再使用可能になるまでこのまま状況が変わらなければいいが……流石にそうもいかないらしい。


「……!」


 物言わぬ騎士が両手に乗せる力を強くする。剣同士の鍔迫り合いは単純に押し負けた方が死ぬ。相手がどれほどの実力を持っているのかは知らないが、少なくともこちらはゲームはじめたての初心者だ。レベル表示なんてものがなくても、こちらが戦力的に不利なことは十分理解している。


「本当に、なんでこんなゲームを、私は……!!」


 スキル『流々合気』を発動。クン、と刀の勢いが緩められた一瞬で生じた隙間に合わせ、相手の刃先を撫でるように刀身を滑らせる。嫌な金属音が耳元で鳴ったが、幸い武器が破損することはなかった。


『お見事。やっぱり君、才能あるね。剣だけじゃなく状況判断も的確だ』


「褒めるならアレの攻略方法を……うわっ、今度はあっちから来た」


 追撃を仕掛けてくる騎士の攻撃を凌ぎながら思考する。

 力押しではまず勝てない。特に、今のように補助用スキルを二つ使い切った状態では確実に押し負ける。鍔迫り合いはなるべく避けるべきだろう。

 となれば、私の打てる手はそう多くない。精々この空間内を細かく移動しながら騎士の連撃を防ぎ、反撃の隙を伺うのみだ。


「……ふざけるな。私は、こんな防戦をするためにここにいるんじゃない……!」


 ちくしょう。これも全ては悠真の所為だ。あいつがこんなゲームに私を誘わなければ……いや、こっちもこっちで安請け合いし過ぎなんだ。どうして私はいつもあいつの頼みを……ああもうっ


「面倒くさいな!!」


「……!?」


 出鱈目に振った刀が二閃、騎士の剣を弾き返す。その刹那、甲冑内の伽藍洞が僅かに驚きの表情を浮かべたような気がした。

 半自動的。もしくは本能的と言い換えてもいいだろう。二閃を浴びせた私の両腕が、自分でも有り得ない速度で前方へ動き、騎士の左脇の鎧の隙間を斬り裂いた。

初戦の初見で敵の攻撃を捌けている主人公も大概ヤバイです。

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