チュートリアル2
チュートリアル開始から数十分。自らのメニュー画面と睨めっこしながら、ひたすらに講義を受ける時間が続いた。
アイテムや武具の取り出し方。通常アイテムとキーアイテム。フレーバーテキスト。耐久値の存在などなど。個人的に一番厄介だったのは、物体ごとに割り振られた等級についてだ。基本の九段階に加えて、番外なんてものもあるなんてふざけている。彼女曰く、ゲームを続けていくうちに勝手に覚えるとのことだが、正直自信は無い。
「さて、お次はステータスについてだ。覚えることが多いから、油断せずについて来たまえ」
「わ、わかった……」
苦笑いのまま頷くこちらをよそに、彼女は私のメニュー画面を勝手に操作すると、アルファベットと数字のズラリと並んだ画面を開いた。
「まずは基本用語から。HPが生命力、MPは魔力、SPはスタミナを意味する数値だ。そして当然、HPが尽きれば死ぬし、MPが尽きれば魔法やスキルは使えないし、SPが尽きれば疲労状態のままHPが徐々に減少していく」
「回復手段は?」
「HPとMPはポーションってアイテムの他に、魔法や装備でも回復可能だよ。しかし一方で、SPは食事や宿での休憩以外にほとんど回復手段が存在しない。まぁ、特定の装備なら可能なんだけど……これはまだ言わない方がいいね。せっかくの楽しみが減ってしまう」
それは果たして私にとってなのか。それとも、ゲームに翻弄される私を観察する彼女にとってなのか。未だ彼女の本質を掴み切れないこちらを、磔にするかのように妖艶な光が瞳に揺れていた。
「続いてSTR(筋力)、VIT(耐久力)、DEX(器用さ)、AGI(敏捷性)、INT(知力)、LUK(運)の六つ。横に意味も書いてあるし、ニュアンスで大体の意味は理解できるかな」
「うわっ、気持ち悪い」
「あはは! 正直な感想いただきました。確かに、初心者が見ると眩暈を起こしそうだよねぇ。ま、各数値が上がればその方面に強くなる、とでも思っておけばいいさ。君は剣聖だし、STRやAGI、LUKを上げるといいかもね」
「ふぅん。ちなみに耐久値……VITは上げなくていいのか?」
ぶっきらぼうに返した私の言葉に、彼女は数拍の間考え込むように腕を組んだ。ロード中なのか?
「あー……本来なら必須級のステータスなんだけど、君の場合は焼け石に水というか……暖簾に腕押しというか」
「???」
「そうだね。後で説明し直すのも面倒だし、今のうちに教えておこうか」
再度こちらのメニュー画面が勝手に操作される。
幾つもある項目の内、【ジョブ】と名指された欄が選択され、そこには何やら長ったらしい文章が書かれていた。
「これが君のメインジョブ……剣聖についての説明だ。読んでみるといい」
「えっと……なになに」
"このジョブは、プレイヤーの動体視力やスキル獲得率に大幅な上昇補正がかけられる代わりに、一切の防具が装備できません。また、専用武器以外の武器をメインウェッポンとして使用することができません。etc……"
……はい?
「防具が……装備出来ない?」
「そ。だからいくらVITを上げても意味が無いってこと」
「な、ならどう戦えと……」
「簡単さ。受ける攻撃を全て避けるか弾いてしまえばいい。剣聖は元々そういう戦い方に特化したジョブだ。そして、君の剣才が最も輝くことのできるジョブでもある」
本当に何を言っているんだ、このガイドAIは。まさかこの期に及んでバグったわけでもあるまいし。
そりゃ私だって海外のファンタジーアクション映画を見て、"今の攻撃なら受けるより避けたほうが良かったのに" ぐらい思うことはある。だが、それはあくまで客観的な理想論であって、自分なら実践できるという証明にはならない。
そもそも、現実世界で一度も剣を握ったことのない人間に剣才も何もあるかという話だ。何を根拠にそう判断したのかは知らないが、総じて「ふざけるな」以外の感想が思い浮かばない。
「まぁまぁ落ち着きたまえ。それを証明するために、あたしという存在がいる」
不意に、こちらの思考を読み取ったかのような答えが目の前から返ってくる。
いや、恐らく本当に思考を読んでいるのだろう。
ガイドAIの女が、その美麗な唇をゆっくりと開く。私には何故か、彼女が何千年も生きる大魔女のように思えた。
「さぁ、チュートリアルを続けようか。未来の剣聖様?」
最先端のAIが導き出した結論(という名の暴論)に、たかが人間の正論なんて通用するわけないじゃないですか。