コンビネーション VS コンビネーション
「ギャアウウアアッ!?」
「くっ……!!」
逆鱗を傷つけられた赤ワイバーンが、激痛に苦しみもがくように身をよじる。その首に必死にしがみつきながら、私は何度も何度も聖刀を突き刺し続ける。緋色のポリゴンが目の前で溢れては散り、相手の命を可視化したHPバーがゆるゆると削られていた。
果たして、今までこんな方法で奴らを倒そうとした者がいただろうか。いや、恐らく私が初だろう。たとえ死んでも死なない仮想世界において、これほどの生き汚さを発揮する者などそういない。夢と現実を区別できなくなったのならともかく、私はちゃんと自分の中で一線を引けているつもりだ。だからこれは多分、単純に私の諦めが悪いだけなのだろう。
「グオアァァ……」
「はぁ……はぁ……」
無茶な真似をした所為で、こちらの HP と SP はもう残り少ない。高度が下がり始めたのを機に一旦武器を収めると、やや揺れの収まったワイバーンの背から近くの岩場へ飛び降りる。
それに続いて、頭上を滑空していた赤ワイバーンが岩壁に激突する。その HP は残り三割未満にまで削れていた。私は一度アイテムボックスから回復ポーションを取り出すと、中身を一気に飲み干してからワイバーンの方へ歩み寄った。
「グルルル……ガフ」
「……死にかけのところ悪いが、翼を落とさせてもらうぞ」
「グルアアッ……!」
そうはさせるかとばかりに振るわれた前脚の鉤爪を【ジャストパリィ】で弾き、浮き上がった左翼の付け根に【飛翔斬り】を叩き込む。身体を捻るようにして前方に跳躍しながら二閃を放つこの技は、他のスキルと違って攻撃自体が移動にもなり、こういった狭所での戦いでも役に立つ。
付け根から赤いポリゴンを散らしたワイバーンが、呻き声を上げながらこちらを振り向いた。手負いの相手を一方的に斬りつける。傍から見たらなんて残酷な絵面だろうか。それでも、この世界ではレベルとそれに付随するステータスで弱肉強食が決定される。
「ギャオアァァァ……!!」
「これでもまだ耐えるのか」
既に何度も攻撃スキルを使ったというのに、ワイバーンのHPは一割も削れていなかった。つくづくエリアボスはタフである。
しかし、再び地獄の空中クライミングを味わうわけにはいかない。何としてでも奴の機動力を削ぎ切るか、または相討ち覚悟で逆鱗を攻撃して打ち倒すか。二者択一の場面に思考が足踏みをし始めたその直後、微かな風切り音に続いて聞き慣れた声が耳に届いた。
「リュウナーっ!!」
「む……ルナセラのやつ、もうあの灰ワイバーンを倒してき」
「避けろ避けろっ!! ぶつかるーっ!!」
「は? うわああっ!?」
何事かと背後を振り向くと、そこには双剣を前に構えて防御姿勢を取ったルナセラが、砲弾並みの速度で飛来してくる姿があった。それを寸でのところで横に回避すると、彼は今しがた私の戦っていた赤ワイバーンに突っ込み、その衝撃で双方の HP が一割ずつ削れていた。
「あいててて……す、すまんリュウナ。ちょっとしくじった……」
「い、いったい何があったんだ?」
「いやぁ、実は空中戦してる最中に灰色のやつの尾っぽが服に引っかかってさ。そのままハンマー投げみたいにスローインされた……」
「えぇ……よく生きていたなお前」
「ホントそれな。こればかりは運が良かったとしか言えない。しかもまさかワイバーンに投げられた先で、ワイバーンがクッションになるとは思わなかったぜ……ははは」
彼はそう言って苦笑すると、パッパッと全身の砂埃を払い落としながら立ち上がった。頑丈というか肝が据わっているというか。普通あんな高速で何かに突っ込んだら、仮想世界でも気絶ぐらいしそうなものだが、彼は全く目を回す様子もなく平然としていた。
「ギャオアアアッ!!」
唐突に耳障りな咆哮が響くと同時に大きな影が足元に広がる。灰ワイバーンのご帰還だ。どうやら仲間を瀕死に追いやられたことに怒り心頭らしい。羽ばたかれる翼の風圧はこちらが身動きを取れないほどに強く、その間に赤ワイバーンも体勢を立て直し、相方のいる上空へと飛び立ってしまった。
「これで振りだしか……」
「だな……。でも、俺達があいつらに与えたダメージは回復していないはずだ。このまま片方を倒せば、あとは数的有利でもう片方を片付ければいい。俺がもう一度赤ワイバーンを落としてくる……と言いたいところだが、生憎と諸々のスキルがまだ冷却中だ。再使用までもう少し時間がかかる」
つまり今は手出しができない。こういう時、遠距離攻撃のスキルに乏しい剣士系は苦労する。私達は仕方なくあちらの出方を伺うことにした……が、直後にそうも言ってられない事態になった。
「……マズいな。あの感じ、多分あいつら連携技を出すつもりだぞ」
双剣を構えたまま空を睨む彼に倣って顔を上げると、ワイバーン二匹が先よりも遥か上空に向かったかと思えば、そのまま今度はこちらに向けて急降下してきた。
「その技って具体的にどんなものなんだ?」
「簡単に言うと急降下からの連続尻尾攻撃なんだが、あの太さの尻尾を音速並みの速度で叩きつけてくる。しかも、一方を回避した先でもう一方のやつが追撃してくるから質が悪い」
「なら、避けた先で追撃をジャストパリィすればいいんじゃないのか?」
「理論上はそれでも防げる。が、音速並みの攻撃を、それも一撃目のソニックブームが吹き荒れる中で正確に弾けるかは運次第だ。それにあの連撃は回数がランダムなんだよ。四連撃ぐらいで止まった時もあれば、パーティー全員が被弾するまで終わらなかった時もある。正直、熟練のタンク職でもない限り耐え切るのは難しいと思う」
「ふぅむ……」
となると、虚栄の仮面による防御を入れても防ぐ手が足りない可能性もあるのか。
回避は運次第。防御はできても悪手。相手は音速並みの連撃。どうあがいてもこっちが圧倒的に不利だろう。毎回思うのだが、何故こんなにも凶暴な魔物が序盤のエリアボスに設定されているんだ……って、それは当然倒されないためか。
「ルナセラ、空中歩行のスキルが使えるようになるまであとどのくらいだ?」
「あと二十秒ぐらい。けど、それより早くあっちの攻撃が来る」
「わかった。ならそれまで私が連携技の対処を受け持とう。三連撃ぐらいなら何とか防げる。お前はCTが回復したら、すかさずスキルでワイバーン達の逆鱗を斬れ」
「なっ、それは流石に無茶だろ! 仮に三連撃防げても四連撃目はどうするんだ!?」
「えっと……気合でなんとか?」
「お前……脳筋でも普通そんなこと考えないぞ」
「し、失礼なっ! じゃあ何か? そっちは他に方法でもあるのか?」
そう訊くとルナセラは即座に首を横に振って「無い」と答えた。なら文句言うな、と私が言うよりも先に彼は双剣を構えて数歩踏み出すと、頭上から迫るワイバーン二匹を睥睨して口を開いた。
「無いが……少なくとも一撃分くらいは俺の方で受け持てる。それで残り三連撃をお前が凌ぐ方が、まだ生存率は高いだろ?」
「ルナセラ……」
「それでもダメだったら、まぁ……もう一回付き合ってやるよ。そもそもこの事態を招いたのは俺が原因だしな」
彼はそう口にしながら肩越しに快活な笑みを浮かべた。直後、赤ワイバーンの一撃目が物凄い速さで降ってきた。彼は宣言通りそれを双剣で受け止め、淡いスキルエフェクトを散らしながら弾き返す。
「ジャストパリィっ!!」
続いて灰ワイバーンの二撃目が同軌道で振り下ろされる。それをルナセラと交代した私の顔面が受け止め、虚栄の仮面がダメージを無効化した。この時ばかりは、ぶっつけ本番でワイバーンの尻尾を顔面で受け止めた自分の度胸を褒め称えたくなった。
しかし、喜ぶのはまだ早い。さらに息つく暇も無く、赤ワイバーンの鋭い尻尾が右側から横薙ぎする形で振り抜かれる。
「【ジャストパリィ】っ!!」
剣聖の動体視力で捉えた赤色の体表面と、聖刀の刃が痛快な音を鳴らして衝突し退け合う。
これで三撃目を防いだ。もうすぐルナセラのスキルのCTが回復するはず。次いで逆方向から振り抜かれた灰ワイバーンの尻尾を、【流々合気】と【断壁】の組み合わせでかち上げる。ソニックブームだけでこちらのHPが二割以上も削れたが、それでもなんとか捌き切った。
(けど———)
次はもう防げない。今の自分のSTRでは言わずもがな、ルナセラのステータスでも恐らくワイバーンの攻撃を完全に受け切るのは不可能だろう。回避も間に合わない。舞い上がった砂埃で視界が遮られ、攻撃がどの方向から来るのかさえ予測できない。加速された思考でその時を待つ。しかし———
「…………?」
五撃目が来ない。もう身体のどこかに赤ワイバーンの尾が触れてもいい頃のはず。まさか……と思って顔を上げると、そこには屋敷での戦いで見せた両刃剣を赤ワイバーンの逆鱗に深々と突き刺すルナセラと、彼に向かって咆哮を上げる灰ワイバーンの姿があった。
「どうにか間に合った!!」
彼はそのまま紫紺のオーラを纏いながら空中を駆けあがると、灰ワイバーンの咬合攻撃と鉤爪をひらりと躱してその懐に入り込んだ。同時に紫炎が刀身から噴き上がり、彼の手元から放たれた必殺の一撃がくすんだ色の逆鱗を穿つ。
「ギャオアアアアアッ!?」
断末魔と共に喉元から紫色の火の粉を散らして、二匹のワイバーンが地に落ちる。その胴体を蹴って両刃剣を引き抜きつつ、ルナセラは見事な宙返りでこちらの近くにスタッと着地すると、サムズアップして白い歯を輝かせた。
「へへっ、ナイスファイト。リュウナ」
両ワイバーンの討伐リザルトが目の前に表示され、レベルアップの小粋なファンファーレが頭上で鳴り響く。そこでやっと認識が追い付いたのか、私はまるで風船から空気が抜けるようにその場にへたり込んでしまった。しかし、不思議と胸には安堵以上の達成感が満ちていた。
私がおもむろに突き出した拳に、彼の作った拳がコツンと合わさる。
「ああ……ナイス、ファイトだ」
こいつとなら偶の登山も悪くない……なんて思ったのは、一時の気の迷いだろうか。




