登山の途中だがワイバーンだ!
グンデル山脈は比較的ゴツゴツした岩場が多いのが特徴で、日本の山岳のように鬱蒼とした茂みが広がっているわけではない。故に道中は見晴らしが良く、後方に広がるイストーレイクの街はまるで絵画のように美しかった。
思えば、こうして登山をするのはいつ以来か。少なくとも中学校に上がってからは、一度も無かったはずだ。それ以前となると、小学三年生の夏ごろに家族と行った旅行先で、標高の低い山岳に登った時以来かもしれない。せっかく避暑地に来たのにむしろ汗をかく羽目になり、やや不満げな顔で山頂からの景色を眺めたのを覚えている。
私は別に登山が好きな方ではない。むしろ苦手な部類に入る。それもこれも過去の記憶からネガティブな印象を持っているからだが、今日に限ってはそれを改めてもよいと思ってしまった。
仮想世界であるというのに、現実と変わらぬ涼風と独特な土の匂い。足元の砂利が奏でるじゃりじゃりという音と、岩肌のゴツゴツとした硬い感触。
「ギャアギャアッ!」と山中に響く魔物の鳴き声……うん?
「リュウナ、戦闘準備!」
「あ……やっぱり幻聴じゃなかったのか」
見上げた空を二つの影が泳いでいる。比較的滑らかな鱗で覆われた全身に、前肢と一体化した大きな翼を持ったその魔物は、御伽噺でよく語られるドラゴンのような二本角の生えた頭部をこちらに向け、威嚇するように頭上を旋回していた。よく見ると片方が赤く、もう片方が灰色の体色をしている。
「あれが例のワイバーンというやつか?」
「ああ。ドラゴンみたくブレスは吐かないが、鋭い鉤爪と尻尾攻撃が厄介だ。特に脚には捕まるなよ? そのまま上空から紐無しバンジーさせられるからな」
「了解……。それでどう戦うんだ? セオリー通り降下してきたところを狙うのか?」
「普通はそうなんだが、今日は少し急ぎたいからな。まずこっちから先手を打つ」
彼はそう言って即座に複数のスキルを起動させると、双剣を構えたまま膝を発条のように曲げて跳躍した。少なくとも現実では不可能な大跳躍である。彼はそのままワイバーン達の旋回する高度を軽く超えたところで身を翻すと、次いで自由落下に従って二匹いる内の赤い方に思いっ切り攻撃スキルを放った。
「ギャウアッ!?」
「いよっし! リュウナ、あとは頼んだー!」
「……へ?」
私がそんな間抜けな声を出すと同時に、物凄い勢いで落下してきた赤ワイバーンが地面に叩きつけられる。スキルと落下ダメージでHPバーを二割以上削られたそれは、フラフラと身を起こしながらこちらを睨んできた。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「ギュガアアッ!!」
「ひぃっ!?」
咄嗟に身構えた聖刀の刃とスキル【流々合気】でワイバーンの伸ばした鉤爪をいなしつつ、ルナセラの方をチラッと見やる。すると彼は、もう一方の灰ワイバーンに空中歩行のスキルで飛び乗ると、その背中を双剣で滅多切りにしていた。
仮にもエリアボス相手にあんな芸当をするなど、やはり彼はどこか他のプレイヤーと違う気がする。ゲームの戦闘に対する解釈のようなものが、根本的に異なっているのではなかろうか……?
(———なんて考えている場合じゃない!)
相手の表示名の色は普通の朱色。つまり、そこまでレベル差があるわけではない。しかし、プレイヤーのレベルが魔物のレベルと近かったとして、必ずしも実力も近いとは限らない。あくまでこれは指標である。油断せず地道に戦えば勝てる可能性はある、ぐらいの意味合いだ。
ワイバーンの全長は目測で十メートル近くある。両翼を含めた横幅はそれ以上だ。人間が真正面から戦うのは分が悪い。
だが、今は相手の機動力を一早く削ぐ必要がある。先の一撃で赤ワイバーンのヘイトがルナセラに向いている現在、こちらが継続的にダメージを与えなければ、奴はすぐに上空へ飛び立ってしまうだろう。そうなれば、彼がワイバーン達から挟撃を受ける未来は免れない。
恐らく、ルナセラが片方だけ地上に落としたのは、例のコンビネーション技というやつをさせないためでもあるのだろう。つまるところ、奴が地上にいる間に決着を付けなければならないわけだ。
「無茶言うなっ……!」
バックステップでワイバーンの攻撃を回避し、【ステップフット】から進化した【ストレングスフット】を起動する。ステップフットよりも強化された脚力によって、即座に相手の背後に回り込みながら【断壁】で息つく暇与えず攻撃すると、次いでワイバーンの片翼に【金剛穿刺】を放つ。
「くそっ、やっぱりこれだけじゃまだ破壊できないか……」
腐ってもエリアボス。ルナセラほどの高STRと補助スキルの無い私では、ワイバーンのHPを目に見えて削ることはできない。あの屋敷で高レベルの化物相手に攻撃が通用していたのが、今になって例外中の例外だったことを目の当たりにする。
「危なっ……!」
先端がルビーのように硬化した尻尾が鞭のようにしなり、風切り音を鳴らしながら足元を掠める。振り抜かれた尻尾は、そのまま近くの巨岩を飴細工のように粉砕した。
「グオオ……」
バサッと広げられたワイバーンの両翼がおもむろに羽ばたかれる。上空に戻る気だ。
「この、待てっ!」
と言うが早いか私は【瞬歩】と【縮地】を起動し、あろうことかその赤い背中に飛び乗った。それと同時にワイバーンの全身が浮き上がるが、やや羽ばたきがぎこちない。どうやら乗り状態になると、振り落としモーションを優先して普段通りの高度までは上昇しないようだ。
だが、竜の背に乗る機会など皆無な現代人にとって、それは座席と安全バーの消えたジェットコースターを味わうに等しい。
「ぐぅっ……! 全身にGが……!」
聖刀をその背に突き刺してなんとか耐えるが、ワイバーンは依然、咆哮を上げながらこちらを振り落とそうとしてくる。視界の端では、少しずつ HP と SP のバーが減少していた。
どうする? このままだといずれ振り落とされて死ぬ。かと言って、今離れればこいつは灰ワイバーンと合流し、上空にいるルナセラにコンビネーション技を喰らわせようとするだろう。
彼は私に「あとは頼んだ」と言った。その真意は不明だが、少なくともこちらが対処できると踏んで任せてきたのだろう……というか、そう思いたい。でなければ、私はアイツが心底嫌いになってしまう。
「……やるしか、ないか……!」
私は一度大きく息を吸うと、未だ低空飛行で暴れるワイバーンの背に片手を突き立てた。そのまま鱗の突起を手探りで掴み、Gの僅かに緩むタイミングを見計らってよじ登っていく。まさにロッククライミングならぬ、ワイバーンクライミングである。
ワイバーンは翼が大きい一方で、胴体部分はそこまで大きくない。縦長だがそのほとんどは尻尾由来である。故に、背中からほんの数メートル前方に移動すれば頸部に到達できる。そして、その裏には竜の魔物にとってお馴染みの弱点、すなわち “逆鱗” が存在する。
「最初から……! こっちを狙っておけば、良かった……!」
片腕で相手の首を絞めるようにしながら、もう片方の手で聖刀の刀身を逆手に握る。ゲーム故に刃が指を斬ることはないが、それでも関節部に冷たい感触が伝わってきた。
剣聖にあるまじき非道な行いだが、今はこれしか方法はない。自分の胸元に向かって突き立てる要領で、私は斜め横からワイバーンの逆鱗に刃を突き刺した。
ファイトーっ! いっぱ―つ!(グサリッ)
一方その頃ルナセラは、灰ワイバーンとバトル漫画みたいな空中戦を繰り広げていた(こっちだやーい!)。




