闘志の炎に油を注げ
更新だーっ!(紅っぽくヘドバンしながら。あふぅ……ドサッ)
岩窟王の森『ウッドウォール』。それがこの森林地帯の正式名称だ。その名の通り、直径一メートルから十メートル弱の大木が壁の如く立ち並ぶこのエリアは、空中機動を得意とする軽戦士ビルドのプレイヤーにとって非常に戦いやすい場所と言える。
シャルルは漆黒のレザーアーマーに同色のズボンと短めのケープを羽織った、いかにも軽戦士的なビルドだが、それはあくまで外見の話。実際の装備と見た目装備が違うことなど、BOOではさして珍しくもないだろう。
投擲武器を扱う上で重要なのは踏ん張りだ。腰回りから足は特に重量多めの装備で固めるのがセオリーだと、自らも戦闘スタイルに投擲を採用しているマオ先輩は言っていた。それ故に、投擲武器の大半は使い捨てになるのだとも……。
シャルルの投げ放った黒炎を纏う槍が、ゴーレムの首と身体の付け根部分を捉える。先よりも明らかに大きな破砕音が鳴り響き、人体でいうところの頸動脈を砕かれた相手は、血飛沫の代わりに赤錆色の煉瓦を地面に撒き散らした。
「オオオオオッ……!?」
胸部や脛をスキルで攻撃してもびくともしなかったゴーレムが、くぐもった呻き声を上げてよろめく。それと同時に付け根を抜けたシャルルの槍は、そのまま背後の大木に飛来し…………突き刺さらなかった。
槍は黒炎を纏ったままその軌道をグイッと上方へ曲げると、まるで意思が宿っているかのように再びゴーレムへと突き進んでいく。自身の速度と重力加速度を合わせた二度目の攻撃は、相手の右肩付近に着撃し、身体と腕の継ぎ目から大量の煉瓦を崩れさせた。
「重畳ね。このまま右腕を落としてやるわ!」
どうやら、あの槍の変則的な軌道変更はシャルルによるものらしい。少し離れた場所から右手を掲げて指揮棒のように振る彼女は、その青年顔に小悪魔のような笑みを浮かべていた。
三度、四度、五度と集中攻撃を受けたゴーレムの肩は、もう一撃で崩壊するところまで来ていた。彼女がとどめとばかりに右手を大きく振り上げると、それに従って遠くの槍が垂直に上昇し、腕の骨組みを支える最後の柱を真っ二つに穿ち割った。
直後、ゴーレムが森林全体を震わせるような咆哮を上げ、黒炎の燃え移った右腕がその断面から煉瓦や建物の残骸を吐きながら崩れていく。同時に、シャルルの槍も彼女の手元に戻ってきた。
「ん……? なに、あんたまだそんなとこにいたの? てっきり私のことなんて無視して先に行くと思ってたけど、案外お人好しなのね。それとも他人の命令に逆らえないタイプ?」
「いや、別に私がどう動こうが私の勝手だろう……」
「なに? 声が小さすぎて聞こえないんだけど」
「何でもない。それより追撃しなくていいのか? 相手が怯んでいる今がチャンスだろう?」
「へぇ、あんた本当に初心者なんだ。あれが怯んでいるように見えるって、まだまだ経験不足なのね」
「はぁ……?」
彼女の言っていることがイマイチ理解できず、首を傾げつつゴーレムを見やる。
今の奴はドン、ドンと不規則に足を踏み鳴らしながら全身を揺らしていた。パッと見、普通に腕を片方無くして苦しんでいるようにしか思えないが、生物的な肉体ではないので苦悶らしい表情は読み取れない。ただ、奴の顔面の窪みに薄っすらと光る双眸の色が若干濃さを増したように見える。
「ところであんた、今まででタンクの経験とかしたことある?」
「タンク……壁役のことか? いや、無い。そもそも私は始めたばかりで」
「そうだったわね、忘れてた。じゃあ質問を変えるわ。あんた、さっきみたいな防御系のスキルって幾つ持ってる?」
「……二つだ。【ジャストパリィ】と【流々合気】」
「そう。じゃあ少なくとも二回は耐えられるわね」
「何の話だ?」
そう問い返した私の中では物凄く嫌な予感がしていた。次に彼女が口にする台詞が分かる気がする。唐突に変な質問が続いた所為だろう。候補を絞り込むのにそう時間はかからなかった。
「さっきの言葉、撤回するわ。あんた、少しの間私とパーティー組みなさい。役回りは今言ったタンクね」
「は……はぁ!? な、なんでそんないきなり……」
「もうすぐゴーレムが暴走状態に入るからよ。ほら、アイツの体表面がだんだん赤くなってきているでしょ? 暴走したゴーレムは熱で耐久力が下がる分、攻撃力と速度が大幅に上がるの。私はビルドの関係上、VITがあまり高くないのよ。だからアレの攻撃を受けられても精々二、三回でHPがゼロになるわ」
「だから私が代わりに壁役になれと? 冗談じゃない。だいたいこっちのVITとHPの方がよっぽど低いはずだ。スキルで二回は攻撃を防げても、三回目は確実に死ぬぞ」
「ええそうね。でも、あんたがアイツのヘイトを受け持ってくれてる間に、私はアイツの左腕と片脚を落とすことができるわ。ま、作戦が上手くいけばの話だけど。代わりにドロップアイテムは山分けにしてあげてもいいわ。パーティーメンバーなんだし、それ相応の報酬が与えられるべきでしょ?」
「そんな無茶苦茶な……」
まず間違いなくこちらのリスクの方が大きい。自分がゴーレムの攻撃二回分を耐えている間に彼女がとどめを刺せるのなら良いが、もし事が上手く運ばなかった場合、こちらはただの的として死を待つのみとなる。対して、彼女の方はその隙にゴーレムを倒せる可能性があるわけだ。他者の死中に活を求めるなど、それはもはや生贄以外の何物でもない。
ここは潔く断ろう。そう決心して足を踏み出そうとした瞬間、先に彼女が口を開いた。
「別に逃げても構わないけど……もしそれで私が死んだら、今度会った時に延々と恨み言話してやるから。しかも周りの人間に聞かれるぐらい大声で」
「悪魔かお前は!?」
「それが嫌なら手伝いなさいよ。でもまぁ安心して。緊急回復用アイテムなら一個だけ持ってるから」
それ絶対に自分用にとっておいて私には使わないパターンだろう……というか、普通に迷惑プレイヤーとして運営に報告される方がマズいんじゃないのか? サンテツ先輩曰く、最悪アカウントを停止されるらしいし……いや、流石に一回限りの報告だけではそこまでの効果は無いか。それを見越して言っているのであれば、彼女には脅迫の才能もあるんじゃないだろうか。
「……はぁ……わかった。手伝う……ただし条件をもう一つ追加させてくれ」
「ふぅん……そう来るのね。まぁ別にいいけど、どんな条件?」
「とどめを私が刺しても文句を言わない事、だ」
「はっ。上等よ。絶対にあんたなんかにラストアタックなんて決めさせないから!」
シャルルはそう言うと、小悪魔から悪魔にグレードアップした顔でこちらを睨んだ。
よし、計画通りだ。この挑発で彼女が奮戦してくれれば私の生存率も少しは上がるだろう。あちらが私の立場を利用するなら、私は彼女の性格を利用する。それでこそ即席のパーティーメンバーというやつだ。健全とは程遠いが、互いに利害が一致して契約を交わした以上、私も相応の働きをするまでである。
不意に眼下に半透明な画面が表示される。シャルルからのパーティー申請だ。私は躊躇いなく【はい】のボタンを押すと、次いで腰の聖刀を抜きながら彼女の方へ歩み寄った。
「しっかり私を護りなさいよ、リュウナ」
「承知した、シャルル」
ゴーレムが完全に暴走状態へ移行したのは、その数秒後だった。




