アイデンティティの解釈違い
やっと投稿できた……最近の暑さとスランプと飼い猫の鳴き声で頭が回りませんぜぇ……。
攻略サイト曰く、フィールドボスやエリアボスは必ずしも倒す必要は無いという。彼らはあらゆる場所の守護者もしくは生態系の頂点として君臨しているため、基本的にパーティーを組んでの討伐が推奨される程には強い。なので、もし仮にエリア踏破の度に討伐が必須となると、圧倒的にソロのプレイヤーが不利になってしまうのだ。
この問題を先んじて回避するために、運営側はボスの討伐しなくてもエリアを通過できるようにした。その結果、戦闘が得意でない新規プレイヤーや生産系ジョブの者もBOOを存分に楽しめるようになり、フィールドボスやエリアボスの扱いも、あくまで現在の自分の実力がどの程度か測るための指標となったのである。
つまり、彼らは実力を極めた高レベルプレイヤーにとってのお楽しみ要素の一つなのだ。決して低レベルの者が軽はずみに挑んでよいものではなく、ましてやゲームを始めたばかりの初心者が相手になるわけがない。攻略サイトにも似たような文言が幾つも並んでいた。
「は……はぁ!? 上位ランカーじゃない!?」
「あ、ああ。このゲームを始めたのもつい一週間ほど前になる」
「完全に初心者じゃないの! なのにあのゴーレムを転倒させたって……あんた今のレベルいくつ?」
「ちょっと待て。えっと…………37 だな」
「嘘……一週間でそこまで上げたって言うの? いったいどんな方法で……ていうかさっきからあんたの周りに浮いてるその靄は何? まさか装備効果じゃないわよね? どこで手に入れたのよそんなもの」
「実は、ゾンビとか喰人種とかが大量発生するダンジョンがあって、レベルはそこで仲間に手伝ってもらいながら上げたんだ。この装備もその時に受けたクエストで手に入れたやつだな」
「へぇ……そんなダンジョン何処にあったの?」
「始まりの街の南にある『ヴェスティージア』って樹海にあったが、今はもう無い。クエストクリアと同時に消滅してしまったんだ」
「えぇ……」
黒ずくめの青年は呆れたような声を出す。その目は明らかにこちらの発言を疑っていた。
まぁ、信じられないのも無理は無い。私だって未だに数分前の出来事について実感が涌かないのだから。まさか自分があんな馬鹿デカい相手に尻餅をつかせることになるなど誰が思う。ついでに言えば、助けた相手が悠真と真逆で中身が女性の男キャラで、プレイ歴も一ヶ月以上の先達だと聞かされた私の気持ちを誰が理解できる。
「ふん……まぁいいわ。とりあえず助けてくれたことには感謝するけど、別にあんたの助けなんて無くても私はちゃんと逃げれていたから。そこは勘違いしないことね」
「勘違い……ああ、別に恩を売るために助けたわけじゃないから安心しろ」
「へぇ、じゃあ何のためだって言うの?」
「特に打算があったわけじゃない。助けたかったから助けただけだ」
「ふぅん……あっそ」
彼女はそう言うとそのままそっぽを向いて黙り込んでしまった。
それにしても物凄い違和感だ。ルナセラの正体が悠真だと知った時もかなり混乱したが、それとはまた異なる感覚が全身を駆け巡っている。
外見と中身が異なる例は現実でも割と少なくない。某歌劇団のように女子が男装することもあれば、歌舞伎のように男子が女装することもあり、さらには個人的な事情で性別が外身と逆転することもままある世の中だ。実際、テレビを見ていると偶に女性のような言葉遣いの男性を見かけることがある。だがそれでも、別段違和感を覚えたりはしない。
その理由は恐らく彼らのアイデンティティの向きにあるのだろう。元が女性でありながら男性として生きる。その逆もまた然り。どちらか一方ではなく両面を受け入れて確固たる自分としている。故に彼らの言動には違和感が存在しないのだ。
しかし、目の前の彼女にはそういう意識が無い。外身が男で中身が女という点は同じだが、その比率は圧倒的に後者に寄っている。ルナセラが男女比7:3とだとすれば、彼女は1:9といったところだろう。端正な青年の口から少女感マシマシの言葉が出るのは、砂糖と塩を間違えたショートケーキ並みの違和感に匹敵するのである。
「それで、ここからどうする? えっと……」
「シャルルよ。あんたは?」
「リュウナ」
「リュウナ……妙な名前ね。まぁ、一応覚えといてあげるわ」
「そ、それはどうも……」
こういう類の人間は少し苦手だ。台詞の端々に上から目線が入っている気がして、学校の女子を何人か彷彿とさせる。私は顔に出ないように心の中でため息を吐いた。
「続きだけど、私はこのままあのゴーレムを倒すわ。そのために来たんだし」
シャルルは自分達が身を隠している大木の影から顔を出すと、視線の先で未だ森林破壊を続けているゴーレムを睨んだ。私も反対側から様子を伺うと、ゴーレムの頭上に薄っすらと名前が表示されているのが見える。【The Huge Remnant of the Abandoned City】……『廃都の巨骸』と訳すのが適当か。その色は目に見えて赤黒い。
「流石に単騎は分が悪くないか? 序盤のエリアボスとはいえ、相当強いと聞いたぞ」
「そうね。でもその分倒した時のドロップアイテムも豪華なはずよ。さっきのあんたの攻撃で多少はHPも削れたと思うし、このまま逃すよりも倒した方が断然旨味は多いわ」
「倒せる手立てがあるのか?」
「……ええ。言っておくけど、あんたの手なんて借りないから。大人しく木の影に隠れて見ていなさい」
言われなくてもそのつもりである。何なら彼女とゴーレムの戦闘の結果如何にすら興味は無い。最初から避けて通ろうと思っていた道だ。下手に手を出して恨まれたり損害を被るのは御免である。
シャルルは手持ちの槍を再び構えると、脚力強化系のスキルを起動して一気に飛び出した。
「……! ゴオオオオッ!!」
「さっきは不覚を取ったけど、もう同じヘマはしないわ。今のアンタは手負い。機動力の無い魔物なんて案山子と一緒よ」
彼女の言う通り、先程私が与えたダメージがまだ残っているらしく、ゴーレムは崩壊したままの片脚を引きずりながら咆哮を上げた。次いで振るわれた両腕はやはり速さに欠け、彼女の駆け抜けた場所に数秒遅れで着撃していた。
「疾風穿撃っ!!」
攻撃のため前傾姿勢となったゴーレムの脇にシャルルの連撃が突き刺さる。ガギギッという鈍い金属音が森に響き渡ると同時に、腕の付け根あたりの煉瓦が僅かに崩れ落ちた。
「もしかして……」
彼女は何か察したように目を細めると、次いでゴーレムの背中側へ回りながら崩れていない方の脚の脛部分を狙ってスキルを放った。しかし、今度は何故か瓦礫や煉瓦が崩れる様子もなく、槍の穂先は火花を散らして弾き返された。
「ああ、なるほど。あのゴーレムはそういう構造なのか……」
こちらもようやく彼女の攻撃の意図が理解できた。端的に言うと、彼女はゴーレムの弱点部位を探していたのだ。そして、一回目の腕の付け根へのダメージの通り方を見て、二回目にあえて脛への攻撃を試みた。結果はご覧の通りである。
「要は骨格標本なのね。関節の継ぎ目が弱点だけど、それ以外はほとんど物理的な攻撃が通らない。あの子の攻撃が通ったのも、ゴーレムの足の指関節に偶然当たったから……道理であんな派手に砕け散ったと思ったわ」
加えて私の聖刀には今、柞木の白刀のおかげで打撃属性が付与されている。彼女よりレベルの低い自分が……しかもパリィだけでゴーレムの足先を粉砕できたのも、全ては無数の偶然が重なった結果だったのだ。
「これなら、いける……!」
シャルルは一旦ゴーレムから離れると、以前に嘆きの屋敷でマオ先輩がやってみせたような投擲の構えを取った。直後、武器を握った右手から黒色のオーラが溢れ出し槍全体を包み込んでいく。彼女はそのまま深く息を吐くと、ゴーレムが自分の方に向き直った瞬間、勢い良く槍を投げ放った。
「【黒鬼炎舞槍】っ!!」
実はゴーレム君は他に三体の兄弟がいます。




