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チュートリアル1

 そこは端的に言って『庭園』だった。円形に整えられた広い芝生の周りを何種類もの草花がぐるりと囲み、更にその空間を網目状に走った支柱と無数のガラス窓が覆っている。鳥籠状に建てられた屋内庭園という表現が最も近いだろうか。

 そこに並んだ小さなティーテーブルと二人分の椅子。その片方に一人の女性が腰掛けていた。金色の刺繍の入った紅いローブを身に纏い、深い赤髪に銀の髪飾りを着けている。紫紺の瞳は、まるで奈落のように底が見えない。


「おや……これはまた珍しいお客様が来たもんだ。ようこそ、あたしの庭園(ガーデン)へ」


「貴女は……?」


「あたしはただの案内人だよ。ああ、君達にとってはチュートリアル用のガイドAIと言った方が聞こえはいいかな?」


 ガイドAI……人間じゃないのか。

 それにしては随分と仕草が人間臭い気もする。テーブル上のティーカップを手に取る動作にも、その途中でこちらに微笑みかける様子にも、本来なら感じられるはずの不気味の谷が全く存在しない。生身の人間がAIのフリをしているのか、それとも単にグラフィックが良すぎるだけなのか。今はまだはっきりとは分からない。

 促されるままに私は彼女の正面の席に着く。


「にしても、まさか剣聖なんて激レアジョブを引き当てるなんてねぇ。君、今年の運を使い果たしたんじゃない?」


「はぁ……」


「あれ、何か反応悪いな。こういう時、普通はもっと驚くものじゃないの?」


「生憎と、今まで一度もVRゲームというものに触れて来なかった身なもので……」


「へぇ! 今どきの子にしては珍しい。あーいや、別にそれが悪いってわけじゃないよ。むしろその頓着の無さこそが、君に剣聖が与えられた理由なのかもしれないしね」


 彼女はケラケラ笑って言うと、手近なクッキーの皿をこちらに寄こしてきた。草花や彼女と同様、現実と見紛うばかりの手触りにやや瞠目しつつ、私は抹茶クッキーを食した。


「君の名は……なるほど、リュウナというのか。ふむ、実に可もなく不可もなく、それでいて君という人間の性質をよく表している」


「私の人間性を?」


「そうとも。例えば君、随分とキャラメイクを省略したね。ああいうのに余程興味が無いと見える。恐らくゲーム自体にもあまり興味無いだろう? ならこの名前は本名のもじりって線が妥当なところか。あたしの予想だと、BOO(コレ)を始めたのも友人から頼まれて仕方なくとか、そんな理由じゃないの?」


 当たりである。私は思わず目線を手前のティーカップに落とした。


「別に興味が無いわけじゃ……ただ、人と関わり合うものが少し苦手なだけで」


「苦手、ね……あたしはむしろ諦観に近いと思うけどなぁ……。ああ、ごめんよ。これでもAIだから、人間観察と口出しに関しては制御が利かなくてね。ついつい、演算した結果を口にしてしまう。いやぁ、我が事ながら悪い癖だよ全く」


 それは結局、こちらの欠点や短所を詳らかにしているのと同義ではないか。失礼にも程がある。プライバシーの侵害という概念を持ち合わせていないのか、このガイドAIとやらは。


「あの……そろそろ、チュートリアルを始めて欲しいんだが」


「おっと、そうだったね。忘れていた。いや、この表現は正しくないな。正確には、優先順位が低く設定されていた、だ。誠にすまないね。それじゃあそろそろ始めようか」


 彼女がおもむろに両手を広げると。先刻見たシステムメッセージとは些か色味の違う画面が現れた。ブロック状に幾つかの項目に分けられたその向こうから、ガイドAIの女が続ける。


「これが所謂、メニュー画面だ。アイテムや武具、ゲーム内での音声通話、受注済みクエストの確認など、様々な便利機能が付いている。ログアウトも一番下のボタンを押せば可能だ。脳内で "メニュー" と念じれば表示できるから、一度やってみるといい」


「ふむ…………おぉ、本当だ」


 目の前でパッと開かれた半透明の画面には、私の名前の他に様々な項目が載っていた。


「よくできました。じゃあ、次に各種機能について基本と応用を教えよう」

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