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世界で一番受けたくないアレ

第二章始まります。

 翌日月曜日。天気は生憎の雨だった。土砂降りでなかったことは幸いだが、それでも朝っぱらから靴底が濡れるわ、頭痛がするわと最悪の滑り出しである。傘で髪を隠せるメリットよりもデメリットの方が断然多いとは、いかに仮想世界がバランス調整の行き届いた理想郷であるかが理解できる。

 まぁ、たとえバランスが保たれていようと両極端であれば台無しなのだが。私のジョブのように。


「はぁ……替えの靴下を持って来るべきだったか」


 学校指定の鞄を下げた右肩と、傘のシャフトをかけた左肩を意識して浅くため息を吐く。

 今年の三月まで、身の回りのちょっとした準備を母に手伝ってもらっていた弊害だ。午後に雨降るから傘忘れないようにだの、暖かいからセーターは必要無いだの、濡れた時用の替えの靴下を持っていきなさいだの……本当に母親の観察眼というものには感服する他無い。


「母は偉大だ……」


 そんなことを呟きつつ無事?学校に到着。傘を畳んでから昇降口で内履きに履き替え、中央階段を登る。渡り廊下を伝って北側の校舎へ向かい……今度は階段を三階分登る。

 正直ここが一日で一番体力を使う。普段からあまり運動しないのもあって、私の膝は生まれたての小鹿のように震えていた。手摺を使って何とか一年の教室のある四階へ辿り着いた時には、膝はガクガク内履きも所々湿っていた。


「やっと着いた…………ん?」


 教室の扉を開いた直後、得も言われぬ感覚が私の全身を襲った。好奇と軽蔑が綯い交ぜになったような視線は毎度の事だが、それ以前に教室内がいつもよりも静かな気がする。空気も冷たい……というか、私が来た瞬間に急速冷凍されたかのようだ。コツコツという自分の足音がやけに大きく聞こえる。


「ふむ…………」


 自席に着いてから一度だけ周囲を眺め見る。なるほどこれは面白い。クラスメイト達がひそひそと小声で会話している光景は兎も角、今やその大半が私に一切視線を向けていないのだ。まるでこちらを意識すること自体を忌避しているかのように、わざとらしく向けられた背中ばかりが並んでいる。


 ん、あそこの女子グループは違うみたいだな。確かクラス内カースト上位の奴らだったか。いつも通り真っ直ぐこっちを睨んではいるが、どうにも雰囲気が違うような…………お、一人こっちに来た。


「……龍宮院さん。少しいい?」


 高圧的な態度でそう尋ねてきたのは、グループの中でもリーダー的な存在の女子だった。後頭部で短く結んだポニーテールが特徴的で、校則に反しない程度にナチュラルメイクを施している。名前は確か『篠田舞(しのだまい)』だったか。容姿だけなら普通に男子受けしそうな彼女はしかし、そんなこと二の次と言わんばかりに顔を顰めると、無言で教室の後ろ扉を指差した。

 ちょっと面貸せ、という意味だろう。とうとうこの日が来てしまったか。放課後ではないので逃走アンド即帰宅という最終手段が使えないが、雨の中校舎裏に呼び出されなかっただけマシかもしれない。


 腹を括って席から立ち上がる。こちらの無言を肯定と捉えたらしい彼女は、そのまま私を連れて教室を出る。扉を閉める直前、黒板付近に固まっていたグループのメンバーもまた移動を開始していた。どうやら用があるのは彼女達も同じらしい。もしくは、多対一でないと安心して尋問できない性質(タチ)なのか。

 せめて集団リンチだけは勘弁してほしいところだが、残念ながら連れられて来た場所は非常階段の踊り場だった。普段から人通りも少ないので、何かあってもすぐに助けが来る場所ではない。


「龍宮院さん、あんたに訊きたいことがあるの」


 ちゃっかり階段の出口側に回った篠田が、両腕を組んで他の女子共々こちらを睨みつける。逃げ道を塞がれた私は観念して素直に会話することにした。


「というと?」


「昨日の午後、悠真君と一緒に駅にいたわよね?」


「……!」


「しらばっくれても無駄よ。こっちにはちゃんと証拠もあるんだから」


 彼女はそう言うと制服のポケットから携帯端末を取り出し、その画面をこちらに向けて見せた。そこには一枚の写真が表示されていた。

 記憶に新しい人混みで溢れかえった駅構内、その中央で一組の男女が至近距離で立っている。片方は背の高く鼻筋の整った高校生ぐらいの男子、もう片方は彼よりも十数センチ背の低い女子だ。女子の顔は生憎と確認できないものの、その髪は周囲の人々とは明らかに異なる色……純白色を有していた。

 紛れもない昨日の私と悠真の写真である。背筋が一気に冷える感覚がした。


「……どうして……」


「この子が昨日、偶然その駅を使った時に目撃したらしいのよ」


 篠田の視線が一瞬、背後の女子達の一人を捉える。

 なるほど。彼女が盗撮した写真をグループ内で共有したわけか。私がキッと睨むと、その女子はすぐに目線を逸らしてしまった。


「……確かに、私は悠真と一緒に昨日この駅にいた。だが、それが何だと言うんだ? 友人と遊びに出かけるぐらい誰にでもあるだろう?」


「そうね。あんたと悠真君が本当に友人同士ならね」


「どういう意味だ……?」


 こちらが怪訝な顔をしてそう尋ねると、彼女は私を背後の壁に縫い付けるように片手を突き出し、ドンッと手の平を壁面に叩きつけてきた。


「単刀直入に訊くわ。あんた、彼と付き合っているの?」


「…………は?」


 私と……悠真が……付き合っているだと? 何を言ってるんだこいつは。


「この写真、あんたら……だ、抱き合っているじゃない! これはつまり、そ、そういうことなんじゃないの!?」


「は、はぁ!? 誤解だ! 私とあいつはそんな関係じゃないし、第一これは抱き合っているんじゃなくて、私が転びそうになったところをあいつが受け止めただけだっ!」


「そ、その証拠はあるの!? あんた達が付き合っていないっていう証拠は!」


「そんなものあいつに直接訊けばいいだろう!」


「それができたら苦労しないわよっ!」


 なんて我儘なやつだ。こっちは今絶賛新たな面倒事の予感に気苦労を感じているというのに。そもそも盗撮と個人情報拡散をした輩が、たかが事実確認ぐらいで二の足を踏むんじゃない。


「はぁ、全く馬鹿馬鹿しい。他に訊きたい事が無いなら私は戻らせてもらうぞ」


「あ、待ちなさいよ! まだ話は……このっ!」


「———っ痛!」


 私が取り巻きを押し退けて教室に戻ろうとした直後、唐突に後頭部から首元にかけて鋭い痛みが走った。何事かと振り返ると、篠田が私の長い髪をむんずと掴んで引っ張っているではないか。

 こいつ……今回は私の方にも落ち度があるから見逃してやろうと思っていたが、まさか他人の髪を掴んで無理矢理引き留めるとは……もう我慢の限界だ。


「い……いい? 私達は今あんたの弱みを握っているの。これを学校中にバラ撒かれたくなかったら、今後一切悠真君に近づか———」


 ヒュッと風切り音が鳴り、それと同時に彼女の口が動画の一時停止ボタンを押されたように動きを止める。周囲の女子達も同様に瞠目しながらその場に佇んでいた。

 篠田舞の喉元……丁度頸動脈が存在するであろう位置に、手刀が突きつけられている。当然私の手だ。髪が引かれる方向に一歩下がるのに合わせて振り抜かれた手刀は、BOOでの剣速とは比べ物にならないほど遅かったが、それでも現実世界であれば刹那と言って差し支えない速さであった。


「……髪から手を放せ。二度は言わないぞ」


「…………か……はっ、はぁ……はぁ……」


 どうやら少しの間息をするのを忘れていたらしい彼女は、放した手を胸に当てて絶え絶えに息を吸い込んだ。そこでようやく金縛りが解けたのか、他の女子達が次々と篠田へ駆け寄っていく。

 私はそれを横目に非常階段の踊り場から立ち去ると、今しがた振った右腕を押さえながら呟いた。


「全く……訴えないだけありがたいと思え。くそっ……攣った……」


 やはりゲームと現実では身体能力の差が明確な足枷になる。思った通りの動きを再現しようしてもすぐこれだ。運動不足の影響は想像以上に深刻なようである。仕方ない、寝る前に軽く筋トレでもするか。

 そんなことを考えていると、少し離れた所からこちらへ向かって走ってくる影が見えた。


「七弥っ! 大丈夫……じゃないみたいだな」


「悠真か……おはよう」


「いやそんな暢気な事言ってる場合か。クラスのやつから聞いたぞ、お前が拉致されたって」


 これ以上彼女達の罪状を増やしてやるな。いっそ哀れに思えてくるだろう。


「任意同行だ。この腕も私が勝手にヘマしただけだから気にするな」


「噓つけ。髪も乱れてるじゃないか。乱闘でもしたんだろ?」


「……お前は私を合気の達人とでも思っているのか? 同年代相手に私が多対一で勝てるわけないだろう。それと、髪は天気の所為だ。こうも湿度が高い日は毛髪のコルテックスというものが———」


「七弥っ!」


 彼は数秒前よりも大きな声で私の名前を呼ぶと、私の左手首をやや強めに掴んできた。


「本当に、大丈夫なんだろうな?」


「……いや、だから私は———」


「正直に答えてくれ。お前は昔からよく不満やストレスを内に溜め込むきらいがある。たとえ幼馴染の俺でも、隠された本音に気付くのは困難だ。だから、お前の口から直接聞かなくちゃいけない。頼むから……全てを背負い込もうとはするな」


「…………」


 どうしてこいつは、毎度毎度私の胸の内を推し測ろうとするのか。真摯な瞳、低くも優しい声音、手首から伝わる淡い熱……どれも私に向けるべきものではないというのに。

 本当に、この幼馴染は私という人間を分かっていない。


「……お前は、私を買い被り過ぎだ。私が背負い込んだストレスを永遠に捨てないとでも? 家に帰って寝て起きればその大半は忘却されている。知らないのか? 夢は底無しのゴミ箱なんだぞ」


「それでも捨てきれないモノぐらいあるだろ」


「それがたとえ砂粒より小さくても、か?」


「知らないのか、七弥? 砂粒で人は殺せるんだぞ」


「この…………ああもうわかった。わかったから、とりあえず手を放せ」


 私がそう言うと彼は渋々といった様子で従った。別に逃げやしないし、もとより逃げ場など無い。放課後までは嫌でも顔を合わせることになる。それを踏まえて私は次いで彼にこう告げた。


「私ももう子供じゃない。どうしようもない時はちゃんとお前を頼る。だが、あまり他人の事情にずけずけと入り込もうとするのは止してくれ。お前のそれは言わば、忘れ物をしたからという理由だけで女子が着替え中教室に侵入するようなものだ。端的に言ってデリカシーに欠ける」


「そ、れは…………そう、だな。すまん……」


「それとな変態」


「へ、変態っ!?」


「お前はそろそろ自分の価値に気付いた方が……ああいや、回りくどい言い方はやめよう。悠真、お前はモテる! この意味をしっかりと理解しろ。そして最善の行動を心掛けろ。そうしたら…………少なくとも、お前の幼馴染はお前を見限ったりしない、と思う……」


「え? あ、おう……なる、ほど?」


 どうやらこちらの台詞の意味を嚙み砕くのに時間がかかっているらしく、悠真は目を白黒させながら首を傾げた。それをジト目で一瞥した私は、パンッと柏手を打つと教室に向かって歩き出した。


「これで話は終わりだ。あーあ、貴重な朝読書の時間が無駄になった。またお前に時間を奪われてしまったなぁー。どう落とし前をつけてもらおうか?」


「い、いやいや、元はと言えば七弥が拉致されたって」


「違う、任意同行だ。またこのくだりをやらせる気か? 時間泥棒め」


「ぐっ……何を言っても不名誉なあだ名が増えそうだな……。ていうかさっきの変態ってなんだよ。俺はそんなんじゃないんだが」


「は? さっき女子の着替えを想像して赤くなってただろう。ムッツリスケベ」


「ぐわあああっ! また増えた藪蛇ぃ!」


「やかましい。ったく……何でこんなやつと私が……」


 まぁ、全ての元凶はこいつと言えなくもない。それに諸々の問題をすぐにでも解決できるのなら、もういっそのこと本当に……と、内心呟きかけて被りを振る。

 危ない危ない。珍しく自棄を起こしそうだった。いつもの私らしくない。


「あ、そうだ! 言い忘れてた」


「何をだ?」


「おはよう、七弥」


「…………ん」


 それだけの返事で彼に快活な笑顔が戻る。実に単純なやつだ。

 しかし、そんな単純さが今この時ばかりは何故か悪くなかった。

 すみません。書きたい事一気に書いたら凄い長くなりました。筆が乗り過ぎるって怖いと思うと同時に、自らの無計画さを反省いたします。

 さて、今回のタイトルである『世界で一番受けたくないアレ』とは、お察しの通り『壁ドン』のことです。特に七弥はこういう手合いが苦手です。というのも、作者自身アレの良さがイマイチ理解できておりません。壁ドン好きの方は誠に申し訳ございません。ノック音を使った求愛行動ですか?

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