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雨上がりの日曜日

 もしかするとこの世界の神は悠真を贔屓しているのかもしれない。いや、そうに違いない。でなければ昨日まであんなに土砂降りだった空が一転、こんなにも晴れ渡るなどあるはずがない。

 と思いつつも、洗濯日和となったことにはちゃっかりお天道様へ感謝する私であった。今日は気温もかなり暖かいらしい、というかベランダに出てみたら普通に蒸し暑かった。一応風は吹いているので洗濯物が乾きにくいことはないが、雨上がり特有の匂いが服に移らないかが少し心配だ。


「早めに取り込んで乾燥機に入れるか……? いや、それなら最初から乾燥機に掛けたほうが良かったな……仕方ない、取り込んだ後にファ〇でもかけておこう」


 今の発言でもわかる通り、私は家事があまり得意ではない。そも一人暮らしを始めたのがつい二ヶ月程前なのだ。理由は単純に両親の海外赴任である。

 元々父が外資系企業の重役で結構昔から海外へ単身赴任していたのだが、私が高校に入学すると同時に母も父の付き添いで海外へ行ってしまったのだ。昨今何かと物騒な世の中だというのに、高校生になったばかりの娘を一人家に残すなど正気を疑う……というか実際疑った。それはもう、なぜなぜ期の子供のように問いただした(主に母を)。すると彼女は至極当然といった顔でこう口にしたのである。


 ———大丈夫。この家、刑務所並みに防犯設備整ってるから。


 私は生まれて初めて絶句した。あるいは両親の防犯意識にドン引きした。

 刑務所並みの防犯設備とは一体……それってむしろ侵入よりも脱出が不可能な類では? ここはゴキブリホイホイか何かか? さながら私は奴らを誘う餌か。

 短い反抗期が明けて久しかった私でも、あの時は罵詈雑言を内に留めるので必死だった。それほどまでに理不尽な物言いだったのである。

 とはいえ、二人があちらでせっせと働いてくれているおかげで今の私は高校に通えているわけで、彼らの考えに心底呆れはすれど嫌いにはならない。それに、夏季休暇や年末年始など大きな休みはもちろんのこと、私の誕生日にも予定を空けて必ず帰って来てくれる、とても気さくで優しい両親なのだ。たかが一人暮らし程度に娘の私が音を上げてどうする。


 ……と、息巻いたものの、料理関連以外はほとんど初心者であった私が、全ての家事をまともにこなせるまで約一ヶ月半かかった(母のアドバイスありき)。

 ゲームとは段違いの成長の遅さである。これを大器晩成型と言えるポジティブさは今の私には無い。


「ふむ……まだ予定まで結構時間があるな。今のうちに宿題を片付けておくか」


 この後、〇ァブが何処の棚のどの位置にあったか分からず、探し回る羽目になったのはまた別の話である。


             ○   ○   ○


 老舗和菓子店【〔()菓子之壁(かしのへき)】は日本のみならず世界各国に支店を持つ、言わずと知れた高級和菓子店である。その評判は専門ブログで星5以外を見かけない程の高水準であり、値段も到底庶民に手の出せる代物ではない。平均的な高校生のひと月分の小遣いが和菓子一個で消し飛ぶ、と言えば分かりやすいだろうか。

 …………予め断っておくが、私は何もそんな高級菓子を悠真に買わせるつもりは毛頭ない。どうせ食べても、きっと甘さよりも先にお金の味がしてしまうだろうし、買える量も限られるからだ。


 今日向かう駅前の和菓子店は、同じ和菓子店の系列店に当たる。こちらは比較的値段も安いので一介の高校生でも手を出しやすい。庶民の中でも(つう)はよくこっちを選ぶ。私もその一人だ。


 周囲を鉄の建物に囲まれながら、堂々とした佇まいで建つ木造の店舗。和の要素を存分に構えた店先の暖簾をくぐった先には、広い店内に作られた池とそれを望める窓際の席が幾つも並んでいた。カウンター近くのガラス張りのショーケースには、古今東西様々な和菓子が軒を連ねており、中には季節限定の代物まである。さらに奥の厨房からは今まさに作られている菓子の甘い匂いが漂ってきていた。


「久々に来たけど、やっぱりここの内装めちゃくちゃ綺麗だよなぁ……」


 入店早々悠真が漏らした感嘆の声に、私は当然とばかりに頷く。


「和菓子は鮮度が命だからな。場所も空気も整っていることが何より重視される。最近は改良されて、長期間の維持もできる和菓子も増えてきてはいるが、それでも出来立てと比べると味の違和感は否めない。水分の多いものは特に顕著だ」


「なるほど。だから七弥はイートイン派なのか」


「まぁ、理由の一つではある」


「他にもあるのか?」


「…………別に」


 買うまでにやや時間がかかる所為で食欲が抑えられないから、などと言えばこいつは確実に私を馬鹿にしてくるだろう。いや、仮に馬鹿にしないとしても私のプライドが話すことを許さない。端的に言えば、恥ずかしいので嫌だ。


「ははーん……さてはお前」


「……!」


 まさかこいつ、自力で気付いて———


「クーポン券を使わないのが勿体無いから、わざと店内で食べる方を選んでるんだろ。前に家族で来た時、ウチの母さんもそんなこと言ってたからな。どうだ、当たったか?」


「…………ハッ」


「おい、なんだその見透かしたような目は。もしかしてハズレなのか?」


「ふふふ……さぁ? 別に私は(まと)が一つだけとは言っていないぞ」


「はぁ? どういうことさ」


 ああ、やっぱり悠真は悠真だったようだ。そのキョトンとした表情は、彼が同年代の男子とは思えないほど幼げである。これだから年上からも年下からもモテてしまうのだろう。実に女難の相が多い事で。

 そんな彼は今日、昨今の男子高校生にしてはやや大人っぽい服装をしている。藍色のズボンに同色の薄手のコートを白シャツの上から羽織った彼は、その黒髪に珍しく軽めのワックスをかけており、肩には小さな斜め掛けのバッグを下げていた。

 対してこちらは、何の特徴の無い白ワンピースに手提げバッグ…………ファッションセンスの差は歴然だった。しかし、そんなこと気にしようがしまいが和菓子の味は変わらない。


「さて、クイズには時間制限が付きものだ。時間切れのお前にはペナルティとして茶も奢ってもらうこととしよう」


「ったく……はいはい、何なりとお申し付けください。七弥お嬢様」


「お嬢様言うな。そうしたら今回はあの練り切りのセットを……いや、季節限定の皐月水羊羹の方も捨てがたい……」


 あれこれと悩みに悩んでおよそ十五分後、三つまで最終候補を絞り込むことができた。一応これでも普段よりは早い方だ。数十個ある内からたった一個だけを選ばなければならない時など、ニ十分以上悩むこともある。いつも前に何人か他の客が並んでいるため、会計まで時間に多少余裕があるのは幸いと言えるだろう。


 私達は予め悠真が取っておいた窓際の席に移動すると、早速至福の時を堪能するのだった。

Q:何故七弥は和菓子が好きなのですか?

A:特に理由はありません。強いて言うなら、彼女は日々のストレスを甘味で緩和するタイプです。……そういえば、和菓子って洋菓子よりも太りにくいって言いますよねぇ……。

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