第一章エピローグ1
「えっと……終わった?」
「終わったと思いたい。もしこの後イゾルデと再戦するとかになったら、僕は運営に抗議文を送るよ」
いたるところにヒビの入った戦槌を携えたサンテツ先輩が苦笑いする。他の二人も恐らく、これ以上の戦闘は武器や防具の耐久値的に難しいだろう。こうして見ると、耐久値無限という武器効果が如何に優秀なのかが分かる。私はそっと脇の聖刀の柄を撫でると、マルク王の亡骸のあった場所に佇むイゾルデの方を向いた。
『……私はもう……この夢から覚めるべきなのでしょうか……』
その声には、最初のような悲しみや怒りの代わりに一抹の寂しさのような色が浮かんでいた。
「……このまま成仏したいのならすればいい。それでもまだ何か悔いが残っているのなら、最後までそれを優先してもバチは当たらない……と思う。他人に危害を加えないならだが……」
「リュウナの言う通りだ。アンタはもうアイツの影に怯える必要も無いんだから」
「あ、でもだからって再戦は勘弁ね。私達もうヘトヘトのボロボロだから」
『……ええ、分かっています。貴方達は決して……匪賊などではありませんでした。それどころか、私をかの王の魔の手から守ってくださった恩人です。初めから対立する必要など無かった…………思えば、過去にこの屋敷を訪れた者の中にも、貴方達と同じような者もいたのかもしれませんね……』
「なんか、最初とは別人みたいに大人しくなってない………?」
「多分、イゾルデ自身も屋敷の呪いに呑まれてたんじゃないかな。物語の中の地縛霊って大体そんな感じだし」
先輩達がひそひそと会話する間も、彼女は宙で浮遊したまま考え込むような顔をしていた。全体が灰色であってもその容姿は案外整っており、時々煌めく髪も金髪のイゾルデであることの証左のようだった。一時間程前まであんなに怒り狂っていた彼女と同一人物だとは思えない美しさである。
『……先程貴女は、私に悔いがあるならばそれを優先してもよい、とおっしゃいましたね。私の悔いは、生前に最愛の人……騎士トリスタンと再会できなかったことです』
「あ、そっか。マルク王が彼女の代わりに従者を娶った以外は本筋と変わらないから、トリスタンは結局コーンウォールを去っているんだ。その先で白い手のイゾルデとも出会っていたとすれば、最期は……」
『ええ。彼は追放先で負った重傷により亡くなっていました。それを風の噂で知った私は、この屋根裏部屋で死した後も彼の魂だけでも迎え入れられるよう、指輪を触媒に自らの魂へ呪いをかけて屋敷に縛り付けました。たとえ屋敷が朽ち果てようとも、私の魂が存在する限り何度でも再生するように……』
「それが嘆きの屋敷の正体ってわけね」
『……ですが、指輪が破壊されたことで呪いの効果は失われ、私の魂も解放されました。この屋敷はいずれ消滅し、私自身も身体を維持することができなくなるでしょう』
「そんな……それじゃあアンタの悔いは」
『そうですね。果たせそうにありません……。ですので、一つ貴方達に頼みがあるのです』
「頼み……とは?」
私の問いにイゾルデは優しく微笑み返すと、魔物の召喚とは異なり両手を前に掲げた。すると、部屋の両端から未回収だった指輪の小箱と見知らぬ銀色の粉末が浮き上がり、小箱に入っていた金色の粉末と混ざり合った。それは徐々に円型に集まっていき、十数秒後には一回り小さな金の指輪となって箱に収まった。
『こちらを、いつか彼と出会う日が来た時に渡してほしいのです。私の魂魄の欠片が入っています。彼であればすぐに、その端から私の想いを感じ取れるでしょう』
「それじゃあ、トリスタンの方はまだ魂として世界に存在しているってこと?」
『恐らくは。ブリテンが滅び幾百年と経った今でも、騎士王の祈りは未だこの大地を守護しています。であれば、騎士達の魂もまた王の下へ集うのが運命というものでしょう』
「ふぅん。上司が残業してるから部下も、みたいな?」
「円卓って実は結構なブラック企業だった?」
「まぁ、職場内で不祥事が多発するぐらいだからねぇ……」
果たして不倫や謀反を不祥事と括っていいものなのか。少なくとも刃傷沙汰に発展しているのは確かだが、あの時代ならばそれが日常なので一概に間違っているとは言えない。いや、倫理的には全てアウト通り越してギルティなのだが。
『……それと、この屋敷は崩れ去りますがそれでも一部は残ります。此度の謝礼と詫びを兼ねて貴方達に授けましょう』
「え、それってまさか……ここをクランハウスとして使えるようになるってことっ!?」
「マジすか!!」
「ありがとう、イゾルデっ!」
『いいえ、こちらこそ……私を数百年の呪いから解き放ってくれたこと、深く感謝します。私は一足先にあちらへ向かうといたしましょう』
「というと、もしかしてアヴァロンへ?」
『いいえ。かの楽園は善なる者が至る地……形はどうあれマルク王を謀った私は冥府に落ち、この身の罪を贖わなければなりません……。そうでなくては、私はあの人に顔を合わせられませんからね……』
「そっか……じゃあ、トリスタンに早く助けに行くように私が伝えておくよ」
『……!』
マオ先輩の台詞にイゾルデは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに微笑んでゆっくりと頷いた。
彼女の全身が白く輝き、細かな光の粒となって大気に溶け始める。数百年にも渡る想いの呪縛からようやく解放された亡国の姫は、最後に私達の顔を見回すと消えゆく口で声を発した。
『どうか貴方達に……大いなる闇を祓う……原初の息吹がかからんことを……』
〈ユニーククエスト『夢幻の跡にて姫は嘆く』をクリアしました〉
〈嘆きの姫は永久の夢から目覚めた。安らかな旅立ちに落涙は無く……〉
〈特殊条件達成により追加報酬を獲得しました〉
〈称号『幽愁の解放者』を獲得しました〉
〈セーフティハウス『夢幻の屋敷(破損)』の所有者に登録されました〉




