嘆きの屋敷 攻略編13
後に引けぬ正念場というのは、時に人の思考を極限まで加速させる。
五感それぞれが外部情報を取り込む際の認知速度。外部情報を受けてから判断を出すまでの処理速度。処理された情報から次に予測される展開への対応速度。これら全てを合わせて人は反応速度と呼び、その簡略化にして窮極にあるのが反射と言われるものだ。
しかし、人間は反射を意図的に行うことはできない。そも意図的に行う時点で反射ではなく、逆説的に反射で身体が動いてしまった場合は確実に思考は白く染まる。今の私が見ている景色は、その一歩手前にあると言っていいかもしれない。
「————」
弾いて、斬って、構え直した刀がまた敵の剣を受け———弾く。パリィと受け流しを繰り返した回数はもう覚えていない。初めから数えるつもりなんて無かった気もするが、そんな思考すら無駄の内と削ぎ落した自分の肉体は、尚も動き続けている。
「チィッ……愚物、風情が……ぐあっ!?」
「今だリュウナ、交代っ!」
「ん…………」
背後から聞こえたルナセラの声に素早く反応した身体が、その場から後方へ大きく宙返りする。薄雲に覆われた視界の端を金髪の少女が走り抜け、今しがたまで私が相手にしていた異形へと斬りかかった。
「……ふぅ……」
途端に切れた集中力の代わりに、脳と視界が正常に戻る。ここまで全力で意識を集中させたのはいつぶりだろうか。チュートリアルクエストで伽藍洞の騎士を相手にした時でさえ、ここまで気力を消耗することは無かったというのに。
仮想の肉体の鼓動が早鐘を打っている。きっと現実世界の自分の身体も似たような状況だろう。あまり多用するのは危険かもしれない。
「ルナセラ君、交代っ!」
「了解です!」
「サンテツっ! 機を見て投下するよ!」
「ああ、僕のことは気にせずやっちゃっていいから!」
サンテツ先輩の返事に後方のマオ先輩が、何本もの剣を取り出して床に広げる。その一つ一つに聖水をかけて手元の槌を打ちつけると、身体強化のスキルと共に高い角度で投擲した。
「これが、物理演算の、力じゃーっ!! 喰らえ、天剣箒星っ!!」
天井近くまで飛んだ改造剣がその刃を一斉に下へ向けて降り注ぐ。それらはサンテツ先輩と相対していたマルク王の肉体を貫くと、彗星のような輝きを発して大爆発を引き起こした。
「……っ、小癪な真似ヲ……!!」
「あと少し……!」
「ルナセラ君、合わせてっ!」
「了解です!」
「来るカっ……!」
「アトラスクラッシュっ!!」
「回帰日蝕っ!!」
互いに保有する最高威力のスキルを繰り出す二人。大地の鳴動と共に金色の剣閃が浮かび上がり、強烈な連携技となってマルク王の腐体を打ち砕く。その威力を如実に示すように周囲を灰色の土煙が覆った。
「これで……」
「まだだよ、二人共っ!!」
そう言ってマオ先輩が槍を構えると同時に、煙の中から肉体を著しく損壊したマルク王が飛び出す。黒剣をザリザリと床に引き摺りながらこちらに向かってくる彼に、彼女は最後の剣と残ったなけなしのMPおよびSPを投じてオリジンスキルを放つが、それを奴は崩れかけの左腕を犠牲にして受け流した。
マルク王がボロボロの肉体をものともせず半ば特攻に近い形で迫ってくる。
「ソろソろ終ワらセてモらウぞっ……!!」
下段から振り抜かれた剣が床を破壊し、巻き上げたオブジェクトを剣の腹で叩いて飛ばしてくる。私の持つスキル【断壁】にも似ているが、これはむしろ足止めや迎撃といった面で使われるような技だろう。
彼は礫に手一杯な私達の頭上を飛び越えると、そのまま部屋の奥へと走ってゆく。
「なっ……!?」
「マズい、アイツの狙いはイゾルデだっ!!」
どうやらここに来てあちらも賭けに出たらしい。元々完全復活してから彼女を攫うつもりだったのだろうが、それが私達によって阻まれてしまった以上、不完全な状態のまま計画を実行に移すつもりのようだ。
無貌の目が宙に浮かぶイゾルデを捉える。私達には計り知れない狂気と執念を一身に向けられた所為か、彼女の霊体はまるで金縛りにあったかのように硬直した。
不意打ちの時と同じように動けば追い付けるか? いや、ついさっきの戦闘で使用した補助スキルのCTがまだ回復していない。何かを投げつけようにも先のように四肢を身代わりにされるだけだ。投擲した先で自動的に相手を攻撃してくれる武器でもあれば良かったが、明鏡止水で強化されたステータス以外に私が有するものはあまりにも少ない。
「くそっ! せめてジャンプ台でもあれば……!!」
「ジャンプ台……」
その時、私の脳裏で一つの記憶が呼び起された。それは、屋敷へ入る直前の私とルナセラの会話だった。
もう、こんな馬鹿みたいな方法に賭けるしかない……!
「ルナセラっ!! 今すぐこっちに来いっ!!」
「……っ! ははっ、マジかよっ!?」
「大真面目だっ!!」
砲丸投げの構えのように右手を頭の後ろに、左手を前に突き出した格好の私を見た彼は、秒でこちらの意図を察すると全身にスキルエフェクトを纏わせながら走ってきた。
「もうこの手しかない……ルナセラ、お前を投げ飛ばすっ!!」




