嘆きの屋敷 攻略編12
一番に抱いた感想は、まさかこんなにも相手がこちらと長々会話してくれるとは思わなかった、である。自分が使っていたスキルは時間経過に寄るところが多いので、もし最初から会話の余地無く戦闘に入っていたら、危うく宝の持ち腐れとなるところだった。
そして次に思ったのは、意外にも奴へ感謝だった。
“ちゃんと人でなしであってくれてありがとう”。
一言口にするとしたら、真っ先にこれが出ていただろう。
イゾルデに向けてマオ先輩から投擲された白銀の槍はしかし、手前で跳躍したマルク王によって弾かれた。彼が彼女の魂を攫うことを目的としている以上、そういった行動に出ることは事前に予想が付いていた。だからこそ、これがマオ先輩の仕掛けた作戦であると同時に、こちらへのゴーサインでもあると確信できる。
「フン、小娘が。このような悪辣な真似を我が許すと———」
眼下のマオ先輩を自らの肩越しに睨んだマルク王が息を呑む。虚無の満ちる顔は依然として表情を読み取れなかったが、それでもこちらを振り向いた彼が今どんな顔をしているのか、私には分かる気がした。
たった五十センチである。コンマ一秒にも満たない時間で互いの距離はそこまで縮まっていた。
単純に距離だけなら、脚力を強化する【ステップフット】に【縮地】と【瞬歩】を合わせることで十分縮められると分かっていた。しかし問題はそれにかかる時間である。如何に吸収したステータスが上乗せされているとはいえ、低レベルの私が多少の下駄を履いたところでボス級の魔物の動きについていけないことは、レミニス平原で遭遇したキメラで嫌という程理解していた。
「貴様、何故……っ!?」
だからこそ、私は予めもう一つのタネを仕込んでいた。
オリジンスキル【明鏡止水】。中庭での戦いを経てレベルが 31 に上昇し、コモンスキルと共に新たに獲得した三つ目のそれは、他の二つと異なり使用者のステータスに影響を与えるものだった。
発動可能条件は、その場に交戦状態の魔物が一体以上いること。このスキルを発動した直後、使用者は任意で解除するまで HP・MP・SP 以外の全ステータスが半分になり、非攻撃系以外の全スキルが使用不可となってしまうが、代わりにスキルを解除するまでの時間と使用不可となったスキルの数、およびレベルに応じて、解除後のステータスと一部スキルの効果を大幅に上昇させることができる。
マルク王が私達との会話に付き合ってくれている間、私は常にこのスキルを使用していた。時間としては五分程度の短い間だったが、それでも上乗せ分を含めたステータスの上昇効果は絶大だった。
緋色の覇気を纏った全身から聖刀の切っ先まで、濃密な死の気配が行き渡る。明鏡止水で強化された【剣聖ノ圧】がマルク王から身体の自由を奪い、【霊鬼活殺】が彼の首へ死神の鎌をかけた。
「———【金剛穿刺】っ!!」
三方向からの斬撃が刻印のようにマルク王の上半身に浮かぶ。次いでその胸部へ繰り出された一刀は、白色のオーラによるダメージ軽減を無視して本体の核へと突き刺さった。
「ぐああああっ!?」
「はああああっ!!」
物理エンジンに任せて落下する。胸の傷口から断続的に漏れ出る光の粒子が弾け、星屑のように散っていく。どうやらスキルによる裂傷効果は本体が霊体であっても有効らしい。
地面へ激突すると同時にズンッと重い衝撃が刀を通じて全身に走る。私の全霊を込めた攻撃と持続ダメージに加え、落下ダメージまで与えた。普通の相手ならばこれで倒れていそうなものだが、ここが現実ではなくゲームの世界である以上、万が一はシステムによって必然ともなり得る。
「貴、様ぁ……っ! この我を……よくも、見下ろしてくれたなぁっ!!」
やはりあと一歩及ばない。こちらのレベルが低い所為か、それともHPにストッパーが存在していたのか。マルク王は胸に刺さった聖刀を素手で掴むと、破損した肉体からゆっくりと刃を引き抜きながら起き上がった。
「くっ……!」
なんて膂力だ。掴んでいる部分からも確実にダメージが入っているはずなのに、それでも押し返される。先の一撃で怒り状態に移行してしまったのか、膂力の増大と共に身体の修復も加速しているようだ。
「許さぬ……我は今この時より、この身が滅ぶまで貴様を嬲り殺しにしてくれる……っ!!」
「それは……お断りだっ!」
スキル発動……【鍔打ち】っ!
本来ならこれは相手の武器を破壊するためのスキルだが、鍔迫り合いのような状況からでもほぼノーモーションで発動できるおかげで、防戦から攻勢に転じやすいという利点がある。
聖刀の刃を相手の手の中で捻じるように動かし、指の骨と骨の間へ通すことで無理矢理引き抜く。そのまま右に振り抜かれた刀を両手で握り直すと、【断壁】で地面ごとマルク王を抉り斬ろうとした。しかし、寸前で彼の全身から放たれた衝撃波により吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
「リュウナっ! 大丈夫か?」
身体を張って受け止めてくれたルナセラに謝罪しつつ立ち上がる。
「あ、ああ……すまない。仕留めきれなかった」
「いや、よくやったよ。あとは俺達に任せてお前は下がっ」
「逃がさぬぞこの愚物めがぁぁっ!!」
「くそっ、復活早すぎんだろうがっ!」
雄叫びを上げて迫り来るマルク王の手にはいつの間にか、漆黒の霧で編んだような不定形の剣が握られていた。それをルナセラが両手の双剣で受け止めると、まるでチェーンソーと切り結んでいるかのようなガリガリガリという剣戟が響いた。
「ちっ、こいつはマズいな……耐久値を削ってきやがる」
「どけっ、三下風情が!!」
「誰がどくか、よっ!!」
マルク王の黒剣を弾き返したルナセラが一瞬で複数の同時起動する。平原での戦闘で見せた赤と蒼それぞれのオーラが双剣の先端に達し、彼の両腕を金色の輝きが包み込んだ。
「【烈火爪】っ!!」
片手に三本ずつ、計六本の緋色の軌跡が獣の爪のようにマルク王を襲う。斬撃の嵐は相手の肉体に細かな傷跡を入れ、そこから更に他のスキルの効果故か火傷が全身へと広がっていく。
「まだまだぁっ!! 【氷瀑斬】っ!!」
蒼白い冷気を瞬間的に纏った斬撃がマルク王の腐体を斬り刻む。先の火傷同様傷口からは凍傷が広がり、あっという間に肉体の修復速度を鈍化させていった。
「お、のれぇぇぇっ……!! こノまま……終わっテ……なルものかァッ!!」
「くっ、またこの範囲技か……往生際が悪いな……!」
「我ガ数百年の願イを……邪魔立てする者ハ、羽虫も畜生も全テ潰すッ!! 今宵っ!! 我は我が敵の全てを屠り去りっ!! かつて我がモノであったイゾルデを取り戻すっ!!」
「ほざくにゃこの脳味噌クソッタレ愚王っ!!」
マオ先輩によって投擲された無数の槍が衝撃波の嵐を突き抜けてマルク王に迫る。その穂先が肉体へ触れるよりも早く彼は片手を掲げると、飛来する槍の内数本を身に受けながら、残りを念動力のようなものを使って彼女へと投げ返した。
「マオ、どいてっ!!」
戦槌の代わりに巨大なタワーシールドを構えたサンテツ先輩が槍の雨を受け止める。それを見たマルク王が今度は彼を標的に襲い掛かってきた。
「鈍重な豚がっ!! 早々に沈めっ!!」
「生憎と僕は豚じゃなく熊なもんでねっ! 【凶ツノ咆哮】っ!!」
グルオアアアアアッという巨大肉食獣もかくやの大音量がサンテツ先輩の口から放たれる。それはまさしくサウンドボムの如く、高速で距離を詰めてきたマルク王を部屋の反対側まで吹き飛ばした。
「畳みかけるよっ!!」
「「「了解っ!!」」」
彼の号令に合わせてパーティーの全員が一斉に駆け出した。




