嘆きの屋敷 攻略編11
「つまり彼女は……マルク王からの復讐を恐れている」
有り体に言えばそういう事だろう。どうやら自分と同じ結論に辿り着いたらしいサンテツ先輩が、数拍の間を開けて頷いた。
「なるほど。さっきの “約定” っていうのは婚約のことだね。自分を騙してトリスタンと一緒になった彼女が、自分の贈った指輪をするのは頂けないからそれを取り返そうとした。そして同時に呪いの解かれた屋敷に侵入し、かつて自分がされたように今度はトリスタンからイゾルデを奪い、その魂をも自分のものとする……要は、意趣返しがしたかったわけか」
「凡夫共にしてはよく回る頭だ。その通りだとも」
彼はそう言ってパンパンと短く両手を叩いてみせた。王という立場上慣れていないのか知らないが、これほどまでに気に喰わない拍手の仕方もあるまい。
一応、復讐の動機は理解できなくもない。円卓関連の物語に色恋沙汰が多い以上、こういった拗れ方をする人間も少なからず出てくるとは思う…………思うのだが、何故だろう。どうもしっくりこない。彼が特殊エネミーだからだろうか?
「……マズい。アイツどんどん身体が元に戻ってる。このままだと多分完全復活するよ」
マオ先輩の言う通り、もう既にマルク王は肉体の五割以上を修復し終えていた。今までくぐもっていた声も喉が修復されたことではっきりと通るようになり、全身に纏う白色のオーラと合わせて更に威圧感が増していた。私は背後にいる彼女へ小声で尋ねる。
「今のうちに攻撃しますか……?」
「その方がいいかもね……リュウナちゃんできそう?」
「あっちが隙を見せればですけど……」
「わかった。準備できたら合図するから、それに合わせてアイツの首を斬っちゃって」
「了解です」
正直、レベルの低い私がボス級の魔物の首を斬れるのか分からないが、それでもまだイゾルデが召喚した魔物を討伐した際のステータス上昇効果は残っている。これに今の私が保有するスキルと、先程から使用していた新スキルを合わせれば、少なくとも奴が完全復活する前に一度だけ大ダメージを与えられるはず。
残る問題は彼が本当に敵なのか否かだ。たとえここがゲームの中だとしても、私は単に相手が気に入らないとか、そんな空虚な理由で剣を向けたくはない。マオ先輩には悪いが、そこだけは見極める時間を貰うつもりだ。
「我が国が滅んでより数百年経った……そう、数百年だ。只人ではたとえ魂であっても摩耗し崩れ果てるであろう長大な時の中、我は自らの内で恩讐を燃やし続けることで魂魄を維持した。全てはこの時のため……我がモノとなるはずだったイゾルデを我が愚息による束縛から解き放ち、そして真に結ばれることこそが我が望み、我が数百年の粋っ!! ……何人たりとも邪魔はさせぬ」
「……思うんだが、どうしてお前はトリスタンにそれを訊かなかったんだ? 死後に気付いたんだとしても、それなら死人同士、魂同士で事情を訊くぐらいできたんじゃないか?」
「ルナセラ……」
「笑止。我が妻となるはずであったモノを騙し奪うような男だ。何を訊こうが罵ろうが、あ奴が真に胸の内を明かすことなどあり得ん。いや、たとえ明かそうともそれは既に黒く染まっておろう。畜生に何を言うても従わぬようにな」
「義理とはいえ自分の息子だろ。お前達は生前、仲が良かったって聞いたが?」
「民の目にはそう映ったのだろうな。何とも滑稽な話だ。あ奴がどれほど我を煙たがっておったことか……母に似て狡猾で欲深く、政にも喜々として口出ししようとする。我に降ったのも全ては次期の国王となるためであろうよ」
マルク王が存在しない鼻をフンと鳴らす。直後、顔に広がる虚空がまるで人の顔のように歪んだ。
「しかし、モルオルトは惜しかった……脇を突いていれば、腐食の呪いで確実にあ奴の心の臓を朽ちさせていたであろうに。わざわざ決闘を行わせるよう計らい、武器まで融通させておきながら、あ奴の足元にも及ばぬとは……あのような畜生の手を借りた我が愚かだった」
「こいつ……」
「あーやっぱりかぁ。そうなんじゃにゃいかって思ってたんだよねぇ」
不意に背後から冷淡な声音がマルク王へと降りかかる。肩越しに見ると、マオ先輩が白銀に輝く一本の槍を片手に不敵な笑みを浮かべていた。
「お前、他人を物としか思っていないんでしょ。自分に価値のあるモノは所有物、それ以外は畜生か畜生以下のゴミ、みたいな感じに。多分、トリスタンはお前のそういうところが嫌だったんだよ。だからイゾルデを渡さなかった。意思の無い所有物として扱われるのが許せなかったから、同じ考えの従者と結託してお前からイゾルデを守った」
「ほう……それが真実だと証明する手立てはあるのか?」
「私は無理。でも、証人ならそこにいる」
彼女は槍を握る片手とは別の手で部屋の奥を指差す。そこには未だ肩を抱き、マルク王のオーラに怯えるイゾルデがいた。
「ねぇイゾルデ。トリスタンはマルク王のこと何て言ってたの?」
『そ、れは……私、に……答えられ……』
「大丈夫。私達が絶対に守るから」
「クッハッハッハッ、抜かせ小娘が! この我が貴様ごとき矮小な輩に止められると本気で思っておるのか?」
「私だけじゃないよ。皆がいる。私達でお前を魂の欠片すら残さず消し飛ばす。だから……教えてイゾルデ、貴女はどうしてマルク王の下に行かなかったの?」
『…………私、は……私は、その御方が恐ろしかった……。人を嗤い、子を嗤い、命を嗤うその男が……。あの人に言われた……かの王は必ず私を不幸にすると。もちろん初めは嘘だと思っていたわ……けれど、コーンウォールに着いて、民の顔を見て分かったわ……誰も、王を見ても心から笑っていないの。ずっと何かを裏に隠したままの偽物の笑みだった。だから……私は……』
「……オッケー。もういいよ、大丈夫。あとは私達に任せて」
マオ先輩はそう言うと私達の方を見て一度だけ頷いた。たったそれだけで四人の意思が一つになる。サンテツ先輩は戦槌を構え、ルナセラは双剣を握り、私は聖刀の先端をマルク王へと向ける。
「来るか……どれほど我を楽しませてくれるか見も———」
「生憎だけど、私は嫌いな相手にはそいつが一番嫌がる事を初手でぶちかましたいタイプなんだよね」
「何……? まさか……貴様っ!!」
彼女の目的を察して即座に両足に力を込めるマルク王。しかし、それよりも早く白銀の槍を構えていたマオ先輩は、口元を悪戯っぽく歪めながら呟いた。
「ごめん、ちょっと耐えて」
スキルのアシストを受けて音速を超えて真っ直ぐ飛翔する槍。その向かう先には、ただ目を丸くしてこちらを見るイゾルデの姿があった。




