嘆きの屋敷 攻略編10
「おいおいおい……ここに来て新手かよ」
双剣に振り撒き終わった聖水の空瓶を投げ捨てながら、ルナセラがうんざりした様子で言う。今回ばかりは十割彼に同感だ。たかがクエスト一つにモンスターハウスや謎解き、更には乱入イベントまであるなど誰が予想できただろう。
「【King Mark The Hollow Prisoner】……『虚無に囚われしマルク王』といったところか」
「へぇ、イゾルデの次はマルク王と。このままトリスタンも来たりしてな」
「笑えない冗談だが、完璧に否定できないのが悔しいところだ」
例の物語において、マルク王はトリスタンの養父であると同時にイゾルデの夫でもある。本来ならば、コーンウォールとアイルランドの友和のためにマルク王とイゾルデは政略結婚するのだが、途中でトリスタンとイゾルデが誤って媚薬を飲んでしまったことで、二人は不義の関係を結んでしまう。その結果、三人の関係は次第に歪なものとなっていくのだ。
「確か、物語の途中でトリスタンとイゾルデは森の中に隠れ住んでたはず……もしその住処がこの屋敷だとすれば、彼女がここに現れたことも、マルク王が立ち入れなかったことにも説明が付くね」
「生前に直接関りの無い場所には入れないってこと?」
「そ。不死系の魔物によく見られる行動原理だね」
「詳しいですね、サンテツ先輩」
「あははは。まぁ、元々アーサー王伝説が好きだったから」
主要人物の関連作品は粗方読んだよ、と彼は少し照れながら続けた。
「ただ、彼ら三人は元々家族のような関係だったこともあって、最終的には和解するんだ。その際イゾルデはマルク王の下に戻り、トリスタンはケジメとしてコーンウォールを去ってしまうんだけど、少なくとも王様と彼女の間に確執は残らなかったはず……なんだけどねー」
「明らかにイゾルデは王に怯え、彼はこの屋敷に執着している……」
私の台詞に同意するように全員が顔に緊張の色を浮かべる。その視線の先には、ゾンビの肉体を得たマルク王の亡霊がいた。その腐体は時間が経つごとに少しずつ修復されていっており、虚ろのままの顔面以外は既に喰人種並みに肉を取り戻していた。
「ククク……感謝スルぞ……貴様らノおかげデ……指輪の呪いを解ク手間が省ケタワ……」
「なーる。あれを欲しがっていたのはそういう理由かにゃ。イゾルデの指輪の呪いを解けば、自分も屋敷に侵入できると思ったわけ?」
「イイヤ……アレは元々我がイゾルデへ贈りしモノ……約定ヲ違えた売女ガ……持つベキモノではない……故に貴様ラがアレを屋敷へ持ち込ムことが、まかりナラヌと思っタまでノコト……しかし、既ニ失われタのでアレバ構うまイ」
「ふぅん、で? お前は今更何をしに来たのかにゃ? さっき言ってた “全てを返して貰う” って何のこと?」
つい先程まで日向のようなハツラツさだったマオ先輩が、今や永久凍土にも匹敵せんばかりの冷ややかな瞳でマルク王を睨んでいる。どうやら彼女は、ああいった他人を見下す態度の輩が嫌いらしい。最大限の軽蔑と嫌悪の籠った瞳を前に、それでも王の亡霊は不遜な態度を維持したまま答えた。
「我が全テ……我が生涯において二つト無いモノ……すなわち、イゾルデよ」
『……っ!!』
「もはや互イに死した身ナレば……貴様の魂はコノ我と共に昇ルが定メであろウ……」
「え、じゃあアイツは単に、イゾルデを迎えに来たってことですか?」
「みたいだね。それにしては尋常じゃない怯えっぷりだけど」
確かにそうだ。単に過去の不義を後ろめたく思っているのであれば、あんなにも部屋の奥で身を震わせたりはしない。もっと深いところ……それこそ魂に刻まれる程の恐怖を彼に抱いているようにも見える。
「フン……大方かの騎士にでも祈りを乞うてイルのだろう……かつてコノ我を謀り、奴の従者を身代わりにその身を匿った……我ガ愚息トリスタンへ…………何トモ身勝手な女ダ……」
「従者を身代わりに……?」
「……!」
もし物語の中でマルク王に戻ったのが本物のイゾルデではなく、彼女のフリをした従者だったとしたら……。もし婚姻を逃れた本物のイゾルデが以降もこの屋敷に住んでいたとしたら……。もしそれをマルク王が死後に知ったのだとしたら……。彼がこの屋敷に執着し、イゾルデが怯えている理由も見当がつく。
「つまり彼女は……マルク王からの復讐を恐れている」




