嘆きの屋敷 攻略編9
後に聞いた話だが、魔改造師は生産職の中で物理職の位置にありながら、魔法職にも引けを取らないMPを有しているという。
彼らは戦闘時、手持ちの武器を専用の金槌で鍛錬し改造することで、ある程度その見た目や重さを変えることができる。この時、注ぎ込むMPの量が多ければ多い程、耐久力を犠牲により重くより巨大な武器にすることが可能となる。故に多くの魔改造師は、その場で改造した武器の殆どを投擲武器として使い捨てる戦術を選ぶのだ。
カン、カン、と目の前でマオ先輩の振るう槌が、既に改造の施された直剣に更なる変化を生み出していく。より重く、より巨大に……自らの背丈の倍以上の大きさへと変貌した剣を、されど軽々と片手で担ぎ上げた彼女は、今しがた私の指し示した部屋の奥を見据えた。
「サンテツっ! ルナセラちゃんっ! 避けてっ!!」
彼女の呼びかけに振り向く二人。その一瞥で全てを察した彼らは、彼女が回避を指示するよりも早くその場に伏せる。
「理解が速くてホント助かる!」
彼女はおもむろに巨大な直剣を逆手に握ると、槍投げの選手のように左手を前に出して投擲の体勢を取った。
「———【投飛倒射】っ!!」
己が魔力を最大限利用して戦う物理魔法職。その真骨頂は、投擲された武器に込められたMP量に応じて、着弾時に文字通り爆発的な火力を生み出すことにある。その威力は狂戦士の全力の一振りにも匹敵し、生半なオブジェクトであれば塵一つ残らない。
加えて、彼女の使用したスキルはMPとSPの現在値を参照し、その半分を消費することで更に威力を上乗せできるオリジンスキルであった。破壊力だけであればこの場の誰をも上回る投擲は、今まで培われてきた経験とスキルの後押しを受け、百発百中の一矢となったのである。
果たして、ソニックブームを反動に放たれた一撃は、周辺の敵を木端微塵に砕きながらその的へ……恐らくは件の指輪と対を成す何かを、完膚なきまでに打ち砕いた。
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!?』
三度屋敷を震わす奇声を上げる女の幽霊。しかし、それが苦痛を孕んだ悲鳴であることは明白だった。
「あっ……」
パキッ……と経年劣化によるひび割れとは異なる音を立てて、私の薬指に嵌められていた金の指輪が崩れていく。一足先に砕かれた片割れと運命を共にするように。あるいは、嘆きの姫によって生み出された呪物としての役目を終えるように。
微細な輝きを放つ砂となったそれは、それでもあるべき場所へと戻ろうとする意思があるのか、空となった小箱の凹みにサラサラと流れ落ちていった。
〈【■■■■■■ The Princess of Lament】の集怨状態が解除されました。制限時間が消失します〉
「にゃーはっはっはっ! どんなもんだいっ!」
「よくやった、マオっ!」
「ナイスショット!」
「お見事です、先輩」
ピースサインを高々に掲げるマオ先輩に各々から賞賛が浴びせられる。彼女はSPの大量消費の反動でその場にへたり込むと、気恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「あはは、一斉に褒められると流石に照れる……って、ギミック解いたのはリュウナちゃんだからねーっ! そこんとこ間違えないよーにっ!」
「ナイス、リュウナさん!」
「グッジョブ、リュウナっ!!」
「えっ、あ、いや……」
律義だ……別に私は謎を解いただけだというのに。首元がややむず痒い……。
「と、とりあえず、これで憂いなく戦えるようになりましたね」
「だねぇ。あとは残った雑魚敵とボスを倒すだけで……んん? にゃんか……様子がおかしい」
唐突にマオ先輩の眉間に皺が寄る。その視線は嘆きの姫の頭上に向けられていた。そこに並ぶ赤黒い文字……その前方にある潰れた表示が、何故かブラウン管テレビの砂嵐のようになっている。否、徐々に黒色部分が剥がれているのだ。
「【Isolde The Princess of Lament】……嘆きの姫『イゾルデ』」
「それってあの『トリスタンとイゾルデ』で有名な、金髪のイゾルデのこと?」
「さぁ……? 単なる偶然かもしれないですけど……」
あるいは基にした物語があるならその可能性は高い。だが、それなら何故わざわざ『トリスタンとイゾルデ』を選んだのか。幽霊屋敷に秘密の屋根裏部屋といった要素だけなら、もっと他に適した物語があっただろうに。
『……ああ……微睡みが……終わる……私と……あの人の……夢が……』
呪いの楔、もしくは中継地点だったのであろう指輪とその半身が消えた今、彼女に屋敷を形成する魔物達を操る術は存在しない。かつての彼女が愛しき人との再会を願ったことで、この屋敷が生まれたのだとすれば、ここは正しく夢幻の跡地なのだろう。
『……ああ……どうかお許しください…………トリスタン様……』
「……! 本当に、ここはトリスタンとイゾルデの……?」
先刻のノイズは今や晴れ、かの悲しみの騎士の名が彼女の口から零れる。今までの言葉が全て本当なら、ここは二人がいつかに暮らした隠れ家的場所だったのだろう。物語の終盤、互いに別の道を歩みその生涯を閉じたとしても、イゾルデは彼への愛を忘れられなかったのかもしれない。悲恋の物語とはよく言ったものだ。
「リュウナ、交代頼めるか?」
「ああ。わかった」
促されるままにルナセラと位置を入れ替わり、残りの死霊達を相手取っていく。その間もイゾルデは全く動かず、部屋の空中に留まったままただこちらを見下ろしていた。
もうこちらを攻撃する術すら無いということか……?
「これで最後…………っ!?」
サンテツ先輩と交代したマオ先輩が、最後の一体となったゾンビに短剣を突き刺そうとして———瞬時に飛び退いた。その不可解な動きに他三人が疑問を口にするよりも早く、彼女のいた場所がゾンビ諸共爆発した。
「……っは、あっぶなぁーっ!!」
「マオ先輩、大丈夫ですか!?」
「ギリギリね! 魔力感知のスキル使ってなかったらやられてた」
「一体何が起きて……」
『……あ……ああああっ!?』
その時、唐突に恐怖に顔を歪ませたイゾルデが悲鳴を上げた。その目は今しがた爆発のあった場所を見つめており、宙に浮いたまま後ずさりをしている。
『……何故……貴方様が……』
「ホウ……我ガ此処ニ居テハ不服カ……? イゾルデ……」
「この声……!」
つい一時間程前の記憶が脳裏に蘇る。呪いの楔であった指輪を中庭で見つけた際、私とマオ先輩を襲った白い靄と同じ声だ。
まさか入ってきたのか。イゾルデが屋敷の壁を十分に溶解させ、それでいて私達が彼女の力を完全に削ぐタイミングを見計らって、空間をこじ開けてきたのか。なんという狡猾さだ。
舞い上がった埃と煙が晴れると、そこには爆散したはずのゾンビが悠々と立っていた。その周囲には白い靄がオーラのように蠢いており、顔があるはずの部分にはぽっかりと大きな空洞が覗いていた。
〈特殊エネミー【King Mark The Hollow Prisoner】に遭遇しました〉
「サア……今度コソ……全テヲ返シテ貰ウゾ……」




