嘆きの屋敷 攻略編7
「嘆きの屋敷の正体が魔物!? どういうこと、リュウナちゃん?」
女の幽霊から少し離れた場所に集合した一同の中で、最初に驚きの声を上げたのはマオ先輩だった。未だ攻勢に出てこない相手側を警戒しつつ、私は神妙な面持ちで返す。
「あくまで現状からの推測です……けど、それなら全てに辻褄が合います」
屋敷の売買記録が存在しない事、安全地帯でも魔物が出現した事、魔物へと変貌した壁やインテリア……どれも屋敷が魔物でできていると考えれば納得がいく。その大元は恐らく彼女の呪いだろう。彼女の呪いが魔物の魂を引き寄せ、それを基に屋敷を生み出しているのだ。
「なるほどね。つまり強制敗北とは、建物全体が溶解して落下死するってことだ」
「でも、空中歩行できるスキルとか使えば三階程度は問題無いんじゃ……?」
「……いや、多分ここは三階じゃない。三階にいると思わされてるだけで、本当は異空間……インスタンスエリアに飛ばされてるんだと思う。ほらあそこ」
そう言ってサンテツ先輩が指差したのは、つい十数分前に私達が登ってきた階段のある場所だった。しかし、今や床以外ものの見事に跡形も無くなっている。
そういえば、階段を登る時に妙な感覚があった。あれはもしかすると、肉体が異空間への移動を無意識に感知していたからなのかもしれない。
「閉じ込められたというよりは、最初から階段を境に転移していたんだろうね。この場合、建物全体が溶解すると同時にこの空間も崩壊して、僕らは強制的に落下死判定を食らうってところかな」
「早よあのヒステリックゴーストを倒さなきゃじゃん!!」
「倒せるならね。さっきみたいな特攻を何回か仕掛ければ不可能じゃないと思うけど、それまでに制限時間が来ないとも限らない。それならもう一方の手……集怨状態の解除を優先した方が確実だ」
「でも、解除って一体どうすれば……」
「少なくとも与ダメージ量とかじゃないはずだ。アレを倒す過程で解除されるなら手段を複数提示する意味が無い。となると、他に解除用のギミックがあると考えるべきだろうね」
「ギミック……マオ先輩、あの指輪じゃないですか?」
ルナセラの言葉にすぐさま反応した先輩の手が空を撫でる。ものの数秒で取り出された件の小箱は依然、時の経過を感じさせぬ色合いと美しさを保っていた。
「これを、どうするの?」
「そうですね……とりあえず壊してみます?」
「いや、それは流石に止めといた方が……っとマズい。あちらさんも動き出した」
「「「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ」」」
女の幽霊の背後に存在する壁面の実に七割が溶解し、生み出された魑魅魍魎が雄叫びを上げる。彼女は先と同様後方で浮いたまま動かないようだが、その口元は獲物の末路と己が勝利を確信したかのように歪められていた。
「ここは僕とルナセラ君で防ぐから、マオとリュウナさんにはギミック解除を頼みたい」
「了解。でも一応、交代できるように準備はしとくよ」
「オッケー。じゃあ、よろしく!」
「リュウナ、頼んだぞ!」
二人はそう言うと各々の武器を構え、襲ってくる魔物達へと突進していった。
制限時間は既に二十五分を切っている。仮にギミック解除を諦めて討伐に切り替えるとすれば、猶予は 残り五分も無いだろう。それまでにどうにか解決策を見つけ出さなくては。
「一旦指輪に聖水ぶっかけてみてもいい?」
「はい。念のため押さえておきます」
私が小箱ごと指輪を床に固定する傍ら、マオ先輩は即座にアイテムボックスから無数の聖水の瓶を取り出し、蓋を開けて一斉にその中身を降りかける。何やらシュワシュワと炭酸水をかけられたような感覚がしたが、特に両手も箱も指輪も変化は無かった。
「……効果にゃし! 次!」
「指輪を取り外すのは?」
「ほいっ! ついでに聖水おかわり!」
「……効果無しです。あとは……」
「マジで爆破とかしてみる?」
「……こ、この際ですし、やってみましょうか」
少し離れた場所に小箱の蓋を開けたまま置き、マオ先輩が作製した聖水入りニトログリセリンの瓶を投げつける。コンッと軽い衝突音に続いて部屋の床が抜けんばかりの大爆発が巻き起こった。濛々と立ち込める煙が晴れ…………しかし、そこには床共々無傷なままの小箱が転がっていた。
「頑丈過ぎにゃいあれ!? もしかしなくても破壊不能オブジェクト!?」
「少なくとも指輪の破壊は現実的じゃないみたいですね」
浄化もダメ。破壊は不可能。祈っても、幽霊に見せびらかしても、ついでに口に入れても(実行したマオ先輩曰く無味らしい)、ギミックが解除されることは無かった。
「あとは装備ぐらいかにゃ……」
「私がやります。マオ先輩の武器のおかげで呪いは無効化できるので」
「いいの? 自分で言うのもなんだけど、さっき私が食べちゃったやつだよ?」
「だ、大丈夫です。全然汚れてませんし」
たとえ唾液が付いていたとしても所詮は仮想の代物。精神衛生的に悪くても少し耐えれば済む話だ。何よりこの状況でいちいち二の足を踏むわけにはいかない。
アイテム譲渡申請により指輪を受け取ると、そのままアイテムとして人差し指に嵌める。生憎、ジョブ特性によりアクセサリーすら装備できないため今はこの方法しかない。これで何も無ければマオ先輩に任せるしかないだろう。
「……ダメです……何も起こりません。やっぱり装備欄から着けるしか———」
「待って。もしかしたら指が違うのかも。これって多分婚約指輪でしょ? なら……」
「嵌めるのは左手の薬指……やってみます!」
果たして……マオ先輩の予想は正しかった。
指輪を左手の薬指に嵌めた直後、不意に視界内の色調がまるで万華鏡のように変化し始める。それはやがて元の色へ近づいていくと、キィィィン……というスキルの駆動音のようなものを脳内に響かせながら、一本の光の糸を映し出した。
「これは……」
「どう? 何かわかった?」
「糸みたいなものが見えます……部屋のあちこちに絡まって……それでも全部繋がっています」
「……! それ、最終的に何処に繋がってる!?」
「えっと……あ、あそこです! 棺の近くにある……何かに!」
「グッジョブ、リュウナちゃん。あとは任せて!」
彼女はこちらの肩をポンッと叩くと、おもむろにアイテムボックスから一本の剣を取り出した。それは先の戦闘において投擲されていたモノとは異なり、既に改造が施されているようだった。
「魔改造師の奥の手を見せてあげる」
再び彼女の金色の瞳が肉食獣の如く見開かれる。
万華鏡な写○眼じゃないですよ。




