嘆きの屋敷 攻略編6
八方塞がり、万事休す、四面楚歌……果たして今の状況を簡潔に表現するにはどの言葉が正しいのか。きっとどれも正しいのだろうが、少なくともまだ孤立無援や絶体絶命とまでは行っていない。視界の端や背後から聞こえてくる仲間の声はいずれも枯れていなかった。
「ウオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ……」
「ガア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」
「はあっ!!」
こちらに向かってきたミイラと喰人種を【居合切り】で上下に両断する。そろそろ幾つかの補助スキルのCTが終わるころだろう。退避用に残しておいた【ステップフット】を起動し、バックステップで正面から迫り来る敵と距離を取る。
「今ので……十三体目ぐらいか」
ふぅ、と浅く息を吐いて敵を見据える。一応こっちにはマオ先輩の魔改造武器によるステータス強化があるはずなのだが、それでも何回か不覚を取りそうになる相手が紛れている。
恐らくレアエネミーというやつだ。強さはレミニス平原でルナセラが戦ったキメラと比べるまでもないが、単純に耐久力が高い所為で一撃で屠るには強化があと少し足りない。
「【ティタノブレイク】ッ!!」
「【風神裂破】っ!!」
すぐ近くでサンテツ先輩の放った範囲攻撃がゾンビ達を圧し潰し、ルナセラによる不可視の斬撃が幽霊達を細切れにしていく。二人共まだまだHPやSPに余裕はありそうだ。
一方のマオ先輩は、中央から少し離れた所で大量の剣を床に並べており、その一本一本を片手に握った金槌で叩いて変形させ、改造した端からどんどん奥にいる女の幽霊へ投擲していた。
あれもまた魔改造師の戦い方の一種なのだろう。衝突した武器は着弾点でたちまち爆ぜ、女と周囲の魔物に甚大なダメージを与えていたが、投擲した本人はその度に「ぎにゃーっ!!」と泣きそうな顔で叫んでいた。彼女の言っていた万年金欠とはすなわち、このブルジョワジーアタックの弊害なのだと私はようやく理解した。
「ふっ!!」
中庭での戦闘で獲得した新スキル【双月斬り】によって、左右からくる二体の魔物を素早く斬り伏せる。半月の交差のように放たれた二閃が視界で散った。
これで十五体目。上乗せされたステータスは魔物五体分になる。レベル差があるので正確には五体分よりも少ないが、VIT的にはほぼ安全圏と言っていいだろう。これなら一回ぐらい試す価値はある。
「マオ先輩! 少し代われますか?」
「……! 手前の敵だけでいい!?」
流石はBOO熟練者。たった二言とアイコンタクトだけでこちらの意図を全て察した彼女は、床の剣を仕舞って腰の短剣を引き抜くと、すぐさま私のもとへ駆け寄ってきた。
「はい、奥のは私がスキルでやります」
「りょーかい! サンテツ! ルナセラちゃん!」
「何ですかーっ?」
「ちょっと疲れてきたら、いい加減戸締りしようと思うんだけど!」
「あははっ、いいよー。素材も結構ドロップしたし、一気にやっちゃおうか」
「主力はどうします?」
「リュウナちゃんがやるってー!」
「「了解っ!!」」
刹那、二人が各々のままに返事をしながら範囲攻撃を繰り出す。それに合わせて私は魔物の群へ突撃した。
【影纏い】を起動しつつ亡者達の中を駆け抜ける。スキル効果により逸らされた攻撃はしかし、完全には回避できず肩や腕に当たったことで視界端のHPバーが二割程削れた。
「(———ここっ!)」
CTの終了した【霊鬼活殺】を再使用。刀に白いオーラが宿ったのを確認しつつ、次いで新スキル【瞬歩】を起動して跳躍する。目指すはただ一点。未だ女の幽霊の前で魔物達を吐き続けている虚空の裂け目だ。
私の目的を理解したのか彼女の方も片手を上げ、無数の幽霊達がそれに従うように飛来する。しかし、魔物五体分のステータス上昇と霊鬼活殺のスキル効果、更には聖刀に付属する攻撃優位性の乗ったこちらに彼らは成す術無く斬られていく。
「はあぁぁぁっ! 【金剛穿刺】っ!!」
虚空の裂け目を前にして放つは剣聖ジョブのオリジンスキルの一つ。瞬く間に正面三方向から斬撃の軌跡が描かれる。斬り抉られた裂け目からはガラスが軋みを上げるような音が鳴った。そして続く四連撃目……裂け目を維持せんと女が両手を掲げるよりも早く放たれた刺突は、そのまま空間を突き破った。
「……っ、今です!!」
「よくやったリュウナ!!」
「ガードブレイクすればこっちのものっ!!」
背後の敵を蹴散らしながら後続していたルナセラとサンテツ先輩が、各々の武器を掲げて女に迫る。私の知らぬスキルを幾つも重ね掛けた彼らは、獲物を狩る肉食獣の目をして不敵に笑んでいた。
「流星刃舞っ!!」
「地殻変動っ!!」
片や流星の如く霊体へ降り注ぐ無数の刃。
片や大地の怒りをもって霊体を砕く狂戦士の一撃。
この場の最高戦力による同時攻撃を受けた女の幽霊は、着弾と同時に壁際へと吹き飛んだ。
「よしっ、手応えありだ。このまま押し切———」
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ーッ!!』
「なっ……!?」
「うるさーいっ!!」
突如として上げられた女の叫び声にその場の全員が耳を塞いで立ち竦む。仮想世界だというのに脳が揺れそうなぐらいの大音量だ。ガタガタと建物全体が軋みだす。これが先輩達の言ってた奇声というやつだろうか。
〈Caution!!【■■■■■■ The Princess of Lament】が集怨状態へ移行しました。これより戦闘に制限時間が設けられます。制限時間内に【■■■■■■ The Princess of Lament】を討伐、または集怨状態を解除できなければ強制的に敗北となります。残り時間[30:00]〉
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
「そもそも集怨状態って何!」
「わかりません。けど、絶対にロクでもないってことだけはわかります!」
どうやらかなりイレギュラーな事態らしい。三人が耳を塞ぐのも忘れて叫ぶのを聞きながら、私は未だ奇声を上げ続ける女の幽霊を睨む。その時、ふと視界の景色に違和感を感じた。
「なぁルナセラ! これは私の見間違いか? 奥の壁が溶けているように見えるんだが!」
「へ? うっわ、本当だ! しかも溶けた端から魔物になってる!?」
いや、よく見ると壁だけじゃない。部屋に存在するインテリアやカーペットの一部までもが、徐々に溶解して魔物に変化していっている。
「どうして突然……そういえば、安全地帯でも同じ現象が起きて……まさか」
指輪の効果……集怨状態……夢幻……思い当たった結論に思わず青ざめる。
「この嘆きの屋敷そのものが、魔物で造られているのか……?」




