嘆きの屋敷 攻略編5
たった一階分登るだけなのに、何故かその階段は異様に長く感じられた。踏み出す足は鉛のように重く、しかし下に目を向けてもそこには普段通りに動く両脚しか見えない。ならばこれは私にしか感じ得ない幻覚なのだろうか。そう思い始めた矢先、ふと視界が開けた。
「ここが……屋根裏部屋?」
「かなり広いですね。しかも天井がガラス張りのおかげで全然暗くない」
「ていうかなんか全体的に丸くない? ほら、壁とかも地味に歪んでるし」
「そういえば、外から屋敷を見た時にいつもドーム状の屋根みたいなものがあった気がする。ということは、多分ここはその中ってことになるのかな」
私も薄っすらと覚えている。確か天辺付近に変な鳥の彫像が立っていた所だ。遠目には分からなかったが、まさか内部がこんな構造をしていたとは驚きである。
部屋の面積は先の大広間と同じぐらいだろう。一階や二階と同様、老朽化した床は足が置かれるたびにギシギシと軋みを上げ、敷かれた絨毯の裏に穴が空いていないか不安になる程だ。
私は不意に廃墟となった礼拝堂を思い浮かべた。壁に空いた小さな風穴からは神聖な空気がほとんど抜け出て、残った僅かなそれも既に風前の灯火と化している。遥かな過去に失われ、決して回帰しない何かをそれでも待ち続ける。そんな寂れた空気感がこの部屋には満ちていた。
「……ねぇ皆、あれ何だろ……?」
おもむろにマオ先輩が部屋の奥の方を指差して言う。そこには巨大な木製の直方体が白色のベールに囲まれて置かれていた。いや、むしろ安置されていたと言うべきかもしれない。
「もしかして……棺?」
灰色のそれは所々に腐食が見られるものの、部屋の内装と比べればやや劣化が少なかった。四方をベールに囲まれた姿は一見、天蓋付きのベッドのようにも見える。
「元住民の……じゃないよね」
「見つけた日記には住居を移すって書かれてましたからね。家族の遺体をこんな場所に置いていくとは考えにくいです」
「じゃあ、あれはいったい誰の……」
そう呟いた直後だった。今まで天井から射し込んでいた太陽光が突如として陰り、ガラス窓から覗く空はみるみるうちに分厚い黒雲に覆われていった。遠方では微かに雷鳴が鳴っており、ザワザワと屋敷の外の木々が風に揺れる音が壁越しに伝わってくる。
「皆、気を付けて。多分これイベントシーンだ。それに……ほら」
サンテツ先輩の指差した部屋の奥では、例の棺が淡く光を発していた。
隙間風とは明らかに異なる空気の移動が棺を中心に巻き起こる。耳を掠めた風切り音はまるで怨嗟の声のようで、薄暗くなった空間で舞い上がる埃と塵に私は思わず目元を覆った。
『……ああ……煩わしい……』
「……!」
中庭で聞いたものとは別の、臓腑を震わせるような高い女性の声。小さな嵐の巻き起こる室内でも十二分に耳に通るその声からは、果てしない悲しみと怒りが感じられた。
『私と……■■■■■様の……屋敷を荒らす……匪賊め……』
「何か今妙なノイズが入ったような……ん?」
嵐が止みだす。否、収束していく。渦巻く膨大なエネルギーが徐々に棺の上へ集められ、同時に淡い光がその中央へと移動していく。きっとあれは魂の光だったのだろう。先の白い靄よりもはっきりと人の形を取り始めたそれは、やがて一人の女の幽霊を生み出した。
『……あの方は……もういない……あの時も……もう戻らない……それでもまだ……奪うの……』
「……? 何を言って———」
「ああっ! あいつ、私とサンテツが見失ったやつだ!」
「うわぁ、そういう展開か……って感心してる場合じゃない。全員、戦闘準備!」
各々が一斉に武器を構える。それを見て完全に敵対する意思有りと判断したのか、女の幽霊は宙に浮いたままその片手を虚空へと掲げた。パキキ……と薄氷が砕けるような音と共に空間にひびが入る。その裂け目の奥から覗くものの正体に、この場の全員が勘づいていた。
「まさか……モンスターハウス・リターンズかよ」
ルナセラの呟いた通り、虚空の裂け目から安全地帯の時以上の数の魔物達が溢れ出す。ゾンビに喰人種、包帯巻きミイラに色違いの幽霊も混じっている。どうやら彼女は、この屋敷に出現し得る全ての魔物を従えることができるらしい。
『なら……私は……守らなければ……この場所を……■■■■■様がいつか……帰るまで』
〈【■■■■■■ The Princess of Lament】に遭遇しました〉
「The Princess of Lament……直訳で『嘆きの姫』だね。肝心な部分が潰れていて読めないけど……」
「クエストタイトルにあった『姫』と同じやつかな?」
「十中八九そうでしょうね。姫っぽい見た目してますし」
幽体故か全体的に灰色のため分かりにくいが、確かに腰の辺りが膨らんだ華美なドレスにティアラらしきものを身に着けている。頭上に浮かんだエネミーネームだけが血のように赤黒く、周囲に従えた魔物達以上の威圧を放っていた。
『あの方の敵を……全て葬る……だから…………夢幻の渦に溺れなさい』
「来るよ皆! 作戦通りにね!」
「いやこれ大盤振る舞い過ぎませんか!?」
「だね! でも、レアエネミーみたいなものも混じってるから、見方によってはラッキーかも。倒したら素材落とすかな?」
「あの数の敵を全部倒せたらの話だけどね!」
こちらは四名。対してあちらは数十体にも上る魔物の群。
何の説明も無ければ違和感の理由もはっきりと分からないまま始まったボス戦は、初っ端から波乱を極めることとなった。
異空間から魔物が出てくる……コレ、かの有名な「そうか……死ね!」のシーンみたいじゃね?
気付いたのは書き終わってたった五秒後でした。(虹龍カッコイイよね)




