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嘆きの屋敷 攻略編4

 大抵の人間は土壇場において咄嗟の判断を誤るものである。特に個人の脳の許容量を超すような事態に陥った場合には、思考が復帰にどれだけ時間を要するかでその後の運命が左右される。

 その点において、先輩二人とルナセラは長年培ってきたゲームの経験故に、難無く事の対処に当たれたのだろう。だが、私はBOOを始めてまだ一日ちょっとの初心者だ。他人より動体視力と身体能力が優れた身体(キャラ)を得ていたとしても、全てが脳に紐づいている以上、ある程度の硬直は免れない。


 視界を埋め尽くすは腐乱と狂気振り撒く死人の集団。正面向こうに左右と背後、自分達を取り囲む魔物達が毒牙をちらつかせながら襲い来る光景を、私はスローモーションに引き伸ばされた世界でただ茫然と眺めていた。


「リュウナっ!!」


「へ……?」


 およそ数秒にも満たない一瞬の後、私は不意に正面から片腕を掴まれた状態で浮遊感を味わう。気づけば、額に冷や汗を滲ませたルナセラの顔がすぐ近くにあった。ふと視線をずらした先では、今の今まで座っていたソファが魑魅魍魎の波に呑み込まれていた。


「先輩っ!!」


「西っ!! 階段っ!!」


 たった二言。それだけでも全員が意味を悟るには十分だった。

 サンテツ先輩の振り上げた戦槌(ウォーハンマー)が部屋の扉ごと魔物達を吹き飛ばす。それに合わせてマオ先輩が先頭で飛び出し、次いで私の膝を抱え上げたルナセラが廊下に出る。


「ふぇ、あ、ちょっ……」


「すまん、もう少しだけ我慢しててくれ」


「サンテツ代わって! 爆薬で吹き飛ばす!」


「了解!」


 濛々と立ち込める煙の中から大きな影が飛び出す。魔物達の手から何とか逃れてきたサンテツ先輩と入れ替わるように、前へ進み出たマオ先輩が煙の中へ先のダイナマイト擬きを投げ入れた。

 直後、後方からの爆風と爆音が屋敷の廊下を軋ませる。


「撤退撤退! うにゃーっ!」


「ああもう、こんなことならAGIもう少し上げておくんだった!」


「……る、ルナセラっ! いい加減下ろせ!」


「そうは言ってもすぐ後ろから敵がだな」


「自分で走れると言っているんだ!!」


「あ、そういうこと」


 こいつめ。脱出時はあんなにも咄嗟の機転が利くくせして、何故こういうのには鈍感なんだ全く。

 走行中のルナセラの両腕から逃げるように飛び起き、ト、トッと足の運びを速度に合わせてそのまま三人と並走し始める。


「いきなり抱えて悪かったな、リュウナ」


「も、もういい。すぐに反応できなかった私にも非はある……」


「いやぁ、まさか安地の壁が溶けて魔物が現れるとは。あれは流石に想定外だよ」


「マジ間一髪パートツー。けど結果的にいいモン見れたのでヨシ」


 私達のやり取りを目撃していたのか、両側からヒョコッと顔を出してきた先輩達の口角はやや上に曲げられていた。その羞恥に顔を覆いそうになる私とは対極に、ルナセラは至極真面な表情で口を開く。


「でもなんでいきなり出てきたんですかね? まさかアレもギミックの一つとか?」


「うーん、多分原因はこの指輪と箱じゃないかにゃ。元々指輪には救われない魂を呼び寄せるみたいな効果があるっぽいし、元の位置に戻った影響で更に力が増幅されたとか?」


 マオ先輩は足の速度を落とさず、懐から例の指輪の入った小箱を取り出して見せた。


「即席のモンスターハウス製造機ってことか……って、何で持ってきちゃったのそれ!?」


「だって折角面白そ……重要そうな効果が付いてるのに、あんなので失くしたりしたら勿体ないじゃん」


「まったくもー……元の場所に返してきなさい」


「私にあの混沌(カオス)の中へ突っ込めと!? 鬼畜かにゃ!?」


 彼女が親指で差した背後は、もはや冥界への入口かと思うほどに魔物達で溢れかえっていた。私達は長廊下の角をレーシングカーさながらにドリフトして曲がると、そのまま前方右側に見えた階段の踊り場へ駆け込んだ。


「やっぱり。前に来た時はあった黒い膜みたいなものが消えてる。これなら屋根裏部屋に入れるかも」


「あのっ、本当にこのまま行って大丈夫なんですか? もしこの先でボス戦が待っているのなら、もっと仲間を集めたり作戦を立てたりしてからの方がいいんじゃ……」


「いや、それは多分難しい。この屋敷が先輩の言う通り、フラグを立てたプレイヤーとその同伴者にしか入れない仕組みなら、仲間を集めるには一旦屋敷の外に出る必要がある。けど、マオ先輩とリュウナの話じゃ外には変な白い靄が陣取ってるんだろ?」


「人を招き入れるどころか敷地を出るのも一苦労、ってことだね」


「はい。加えて、今の屋敷は内も外も魔物だらけ。綿密に作戦を練っている時間は無いと思います」


「それに、仮に全員が屋敷の外に出られたとしても、進行途中のギミックがどう影響するのか予想が付かない。作動前ならまだしも、作動しちゃった以上は時間制限とか色々懸念は多いからね」


 なるほど。つまり下手に動くとクエストが失敗になる可能性があると。ゲームシステムは常にプレイヤーの味方ではないということか。


「だから進む以外に道は無いと……?」


「そう。とはいえ役回りぐらいは決めておこう。敵の攻撃を受けるタンク役はこの中で一番VITの高い僕がやる。STRとAGIの高いルナセラ君とリュウナさんはアタッカーを。マオは都度皆の状況を把握して後方から支援を頼みたい」


「はいよ。それと二人共、もし状況を立て直したくなったら遠慮なく言ってね。少しの間なら交代(スイッチ)できるから」


「わかりました」


「了解です」


「よし、それじゃあ行くよ!」


 サンテツ先輩の号令に三人揃って「了解!」と答える。追い付いてきた敵方の魔物にマオ先輩が煙玉を投げると同時に、私達は勢いよく屋根裏部屋へ続く階段を駆け上がっていた。

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