嘆きの屋敷 攻略編3
「ふぇー……あーぶなかったぁー……」
「か、間一髪でしたね……」
「ありがとうね、リュウナちゃん。おかげで助かったよ」
お互い緊張と一緒に力も抜けた私達は、玄関の長廊下に寝転んだ状態のまま顔を見合わせた。
「そういえばこっちにも爆弾ってあるんですね。いかにもファンタジーな世界観しているのに……」
「ううん、あれは自前で配合したやつだよ。私のサブジョブは【錬金術師】だから。元々は武器の改造に使えないかと思って習得したジョブなんだけど、ああいう化学薬品とかも再現できるって最近知ってさ。それっぽい効果の素材とネットで調べた合成方法で試してみたの。そしたらなんか作れっちゃった、ダイナマイト」
「えぇー……」
まさか本物のニトログリセリンだったとは。いや、この世界の素材を使っているので厳密には本物と呼べないが、それでも彼女が投げた小瓶に入っていた量であの規模の爆発だ。現実世界ならまず間違いなく人一人ぐらい確実に殺せる威力だっただろう。
「仮想世界に爆発物使用罪が無くて良かったですね……」
「にゃははは。ちなみにさっき使ったのは聖水入りの液体だから、不死系の魔物にも効果は絶大だよん」
「…………おいくらですか?」
「んー、材料費だけで軽く一万ゴールド以上はかかってるし、何なら合成方法がめちゃ面倒なのでその倍々……一個あたり最低でも四万ゴールドってとこかにゃ」
お高い……非常にお高い。しかし妥当な値段だ。
私は眼前のメニュー画面に表示されていた所持金額を見て小さくため息を吐いた。どうやらこの屋敷の魔物からはあまりゴールドが稼げないらしい。その分素材のドロップ数が多いのだろうが、一度街に行って換金する必要がある。
「またの機会にします……」
「むふふ、いつでも待ってるからねん」
こちらを見る彼女の目は、賢しい商人がするように細められていた。
○ ○ ○
束の間の休息を終えた私達は、予め念話によって事情を男子勢に伝えると、そのまま二階の安全地帯へと帰還することにした。幸い道中は例の靄が現れることも無く、再出現した魔物達を二人がかりで蹴散らしながら戻ると、意外にもサンテツ先輩とルナセラの方が先に部屋へ到着していた。
話を聞くと、どうやらあちらも早急に相談したことがあったようで、私達はペアで向かい合うように各ソファへ腰を下ろしていた。
「まずはこれを見て欲しい」
そう言ってサンテツ先輩が机の上に置いたのは、所々に虫食いの穴が空いている古びた本と、表面が埃やカビで汚れた小さな木箱だった。
「午前中に僕とマオが件の幽霊と遭遇した部屋を再探索して見つけたものだ。あの時は気付かなかったけど、壁際の小物入れが数センチ手前に開いていてね。その中に入っていた」
「本は前にも幾つか見つけたよね。ほとんどが日記とかただのメモ書きだったけど、これもそうなの?」
「いいや、どうも違うみたいだ。とりあえず読んでみるといいよ」
「ふーん、どれどれ……」
手渡された本を開いて私とマオ先輩は並んで読み始める。中身は外側と同様虫食いにやられていたが、辛うじて読めるページもあった。その一つにこんなことが書かれていた。
〔あの御方は王ではない。民に重税を課し、奴隷を幾人も殺め、部下を虐げている……私はそんな人の■■■にはなりたくない。■■■■■は私の真意を汲んでくれた。かの■■■■に仕えた■■■■■だからか。それとも……ああ、こんなことになるなんて……私はどうすればいいの……? ■■■■■■■はただ俯くばかり……けれど、私はあの御方についていくことなど……〕
「……これは、今まで見たやつとは明らかに違うっぽいね」
「この、王ではないとか……民に重税をとか、結構重い話が多いですね」
「そうなんだよ。これはもう日記というより懺悔を書き連ねた感情ノートみたいなものだ。そのページ以外にも似たような事が幾つも書かれているけど、肝心な『王』についてと他の空白に関してはほぼ謎のままだった」
「これが屋敷のギミックに関係しているのかはまだわかりませんけど、少なくとも過去に何かしらの良くない事があったのは間違いないかと……」
「なるほどねぇ……」
それほど手掛かりらしい手掛かりではなかったが、どこか引っかかる部分がある。本の内容からしてある程度身分の高い者が書いたのは間違いない。ここが元々貴族の屋敷だったというのなら、こういった類の物も出てくるだろう。しかし、それではこの土地と建物の売買記録が存在しないことと矛盾する。確認された事実同士が衝突するのはおかしい。
こちらが一人腕を組んで考え込む一方、マオ先輩は別の方へ意識を向けていた。
「ちなみにこっちの箱の中身は?」
「それも空だったよ。けど、何かを安置するための凹みと緩衝材みたいなのが敷かれていた」
「凹み……それってもしかして……」
「うん。多分だけど、君達二人の見つけてきたっていう指輪が元々この箱には入っていたんじゃないかな?」
つまり、この小箱はリングケースなのだ。そう考えてみると確かにそれっぽい形をしている。
「ごめん、ちょっとこれ借りるね」
そう告げるが早いかマオ先輩は木箱を掴むと、同時にアイテムボックスから例の指輪を取り出した。
「もしもこの二つがセットで効果を発揮するギミックアイテムなら、この凹みに指環を戻すことでフラグが進行するはず……やってみてもいい?」
「僕は構わないよ。もとより同じ意見だからね」
「先輩達の判断に任せます」
「私も同じく……」
「よし……じゃあいくよ。せーのっ」
開かれた木箱の中央の凹みに金の指輪が置かれる。直後、まるで時が巻き戻るかのように木箱表面の汚れが消えていき、中の緩衝材共々卸したての新品の如き質感を取り戻していった。全員がその摩訶不思議な現象に目を奪われていると、次いで指輪から淡い光の粒が漏れ出て、そのまま天井へと昇って消えてしまった。
〈特殊ギミックの解除を確認しました。条件を達成しました。ユニーククエスト『夢幻の跡にて姫は嘆く』を開始しますか? 【はい】【いいえ】〉
「クエスト表示……まさか本当に———」
「よーっし! ようやくクエスト受注までこぎ着けた!!」
突如、ソファから勢い良く立ち上がってガッツポーズするサンテツ先輩に、マオ先輩の声がかき消される。その光景があまりに意外だったようで、彼女も一瞬口をポカンと開けて彼を見上げていたが、すぐに調子を取り戻して笑い出した。
「にゃっはははっ!! サンテツってば喜び過ぎ! どんだけ嬉しいの」
「あ、いや、あははは……つい気分が舞い上がっちゃって」
「先輩もあんな風に叫ぶことあるんですね。俺、初めて見ましたよ」
「そ、そうかな? まぁ普段の僕はあまり大声出さないからね」
とりあえず他の皆には内緒に、と彼から念押しされた後、私達は再び目の前のクエスト表示について話し始めた。
「ギミック解除って書かれてるのを見るに、例の屋根裏部屋へ続く階段が通れるようになったのかもしれない。恐らくはそこが屋敷の最奥であり、何らかの秘密が隠されてるんだと思う。さっきの本に書かれていた事と関係する何かか、あるいは……」
「ボス戦とか?」
「その可能性も高い。クエストタイトルもなんか不穏だし、相応の危険はあるだろうね」
サンテツ先輩の台詞に私を含めた他の三人は神妙に頷いた。
それにまだ他にも懸念は残っている。正確には、明かされていない謎と言うべきだろうか。第一に私とマオ先輩が中庭で遭遇した白い靄。あれは一体何だったのだろう。指輪の持ち主だと自称していたが、今も箱に納まっているそれはどう見ても女性用である。対して聞こえてきたのは男性の低い声だった。
そしてもう一つ、先輩方が出逢った女の幽霊だ。件の木箱が見つかった部屋で奇声を上げた以外の情報が無い。たとえ屋敷のギミックだったとしても、建物全体を震わせるほどの力を持つ魔物だ。白い靄と同様、警戒するに越したことはない。
「とりあえずクエストは受けてみようか。何かあったらその時に考えよう。幸い、聖水はルナセラ君が大量に補充してくれたから、今この瞬間に魔物に襲われてたとしても僕らなら十分応戦できる。ま、安地だからそんな心配は無いんだけども」
軽口を交えながらサンテツ先輩が正面の画面の【はい】のボタンを押す。
「にゃははは。なんかそれフラグみたいだよねー」
マオ先輩もいつも通り明るい笑い声を上げながら、同じようにボタンを押す。
「でも、フラグって現実じゃ滅多に回収されませんよね」
ルナセラは何故かガッカリした様子でボタンをタップする。それを見ながら私も自身の人差し指を前に伸ばし……ふと、彼の言葉に他愛もない台詞を返していた。
「ここは仮想世界だがな」
果たして誰の言葉が原因だったのだろうか。サンテツ先輩がフラグを立て、それをマオ先輩が言及し固め、さらに補強するように二本目のフラグがルナセラによって立てられた。そして、それをまるでドミノ倒しの先頭のように小突いたのはきっと私なのだろう。
四者が各々の画面から人差し指を放した直後、部屋を囲っていた扉側以外の壁が全て溶解し、その向こうから無数の魔物達が姿を現したのだった。




