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嘆きの屋敷 攻略編2

 BOOにおけるアイテムドロップには二つの要素が関与している。一つはアイテムそのものの希少性を鑑みたドロップ率。もう一つはプレイヤーのLUK(幸運値)を参照して適用される加算補正である。前者が固定であるのに対し、後者はLUKが上昇すれば上昇するほど加算率も大きくなるが、最終的な合算値がアイテムごとに決められている上限を超えることはない。

 故に、必ず落ちるドロップアイテムは存在しない。その点で言えば、大量の魔物を倒した後でドロップアイテムが一個も無いという状況も理論的には存在し得るのだ。


 しかし、それはあくまで理論的な話。仮にドロップ率 30 % のアイテムを落とす魔物を十体倒したとして、一個もアイテムが落ちない確率は僅か 3 % 未満だ。加えて、LUKの成長係数を優先的に上げていた私である。

 まず落ちないわけがない。というか、これで単に不運なだけなら私は今すぐログアウトしてふて寝する自信がある。


「確かに一個も落ちないのは妙だねぇ……。相手が幻影とかだった感じでもないもんね?」


「はい。ちゃんと肉体を斬った感触はありました」


「そっかぁ……ごめんね。せっかく倒してくれたのに骨折り損みたいになっちゃって」


「いえ、先輩の所為ではありませんから全然気にしないでください。それに元々は新スキルと武器の試用が目的でしたし、損害も無いので」


「それはそうだけどさぁ……うーん……むむっ?」


 その時、地面に這いつくばらん体勢でウンウン唸っていたマオ先輩が素早く前方へ跳躍する。そのまま雑草の生え散らかった庭園の一点で立ち止まった彼女は、おもむろに何かを摘まみ上げてこちらを向いた。


「何だろ……これ。魔物が落としたのかな?」


 彼女の掌に乗っていたのは、女性用と思われる内径の小さな指輪だった。目立った装飾は無いものの、その独特な意匠と金色の見目からして非常に高価な代物だと窺える。


「微かに魔力が宿ってる。色的にデバフ……呪いのアクセサリーっぽいね。えーっと詳細は……なになに? “とある姫の悲嘆と憎愛の宿った指輪。混沌とした想いはやがて怨念と化し、周囲に救われぬ魂を呼び寄せる”。アイテム名が……うわっ、なんか文字化けしてる」


「もしかして、これが魔物の発生原因ですか……?」


「かもね。残る問題はこれがどんなフラグを持ってるのかだけど、こういうのはやっぱりサンテツに聞くのが一番早いかな。VRゲーム歴だけならルナセラちゃんにも負けにゃいし…………よし、とりあえず一旦中に戻って男子達と合流を———」


「……マテ……」


「……? 今何か言ったかにゃ、リュウナちゃん?」


「え? いえ、何も……私はてっきりマオ先輩かと」


「ソ、レハ……ワレ、ノ……ワレノ……モノダ」


「「———っ!?」」


 今度ははっきりと聞こえた。背筋を震わせるような冷たい声だ。私は思わず上げそうになった悲鳴を何とか口元を覆うことで抑える。隣では、短剣を抜いたマオ先輩が周囲を警戒するようにゆっくりと視線を動かしていた。

 すると突然、私達の正面数十メートル先に白い靄のようなものが現れた。


「ふむ……この指輪、お前のかにゃ?」


「ソウダ……カエセ……カエセ……カエセ……!」


「んー、置いてけ堀はホラーの定番だけど、生憎とこっちはMMORPGの真っ最中なわけ。気前よく返してあげるわけにもいかないのよねん。あと単純にもうちょっと性能とか検証してみたい」


「せ、先輩……!」


「大丈夫。こういうのは大抵、フラグ進行時に発生する特殊イベントだから。私達が襲われることは……」


 マオ先輩がそう言いかけた直後、白い靄の中央に黒いシミのようなものが浮かび上がる。それを起点に段々と靄が人型を形成していくと、先よりも聞き取りやすい明瞭な声が聞こえてきた。


「返セ、盗人メ……我ガ指輪ヲ………返セェェェッ!」


「こ、こっちに向かって来……!?」


「やばっ、ごめん多分コレ脱出イベント的なアレでうわあああリュウナちゃん、撤退!!」


「ひっ……ひぃやあああっ!!」


 今度こそはもう我慢できない。情けない悲鳴を上げながら私は来た道を猛スピードで駆け戻る。

 白い靄は私達の後ろを着実に追いかけてきていた。途中、何度か白い腕か触手のようなものを伸ばして捕まえようとしてきたため、仕方なく半泣きで聖刀で迎撃したが、通常の魔物と違い怯む様子も見られなければその接近速度が緩むことも無かった。


「リュウナちゃん! 多分アレは指輪を持ってる私の方を追っているんだと思う! ここは私が一旦囮になって引き付けるから、君は先に玄関でドアを開けて待ってて! 上手く引き離して飛び込むから!」


「わ、わかりました!!」


 マオ先輩は私の返事を受け取るよりも早く右に跳躍すると、それに合わせて後方に聖水の入った瓶を投げつけた。彼女の予想通り、私ではなく先輩の方を追うようにして浮上した白い靄は、浴びせかけられた聖水に一瞬攻撃の手を緩めたものの、速度は落とさずに彼女を追いかけ始めた。

 私はその隙に屋敷の玄関へ向かい、外開きの両扉の片方を開いた状態で待機する。


「じゅ、準備できました!」


「ちょーっと待っててねー! あーもう、しつこいって……のっ!!」


 彼女はアイテムボックスから聖水とは別の橙色の液体の入った小瓶を取り出すと、それを靄めがけて投げつけた。数秒後、投擲により撹拌された瓶の中身が発光すると同時に爆ぜる。恐らくニトログリセリンのような、少しの衝撃で爆発する溶液だったのだろう。

 爆風によって今まで変わらなかったマオ先輩と靄の距離が僅かに開く。その刹那、スキルによって脚力を強化した彼女が大地を蹴り、直角に曲がりながら玄関へと滑り込んだ。


「今っ!!」


 すかさず玄関の扉を閉じる。その隙間から僅かに見えた向こうでは、怒り狂ったように黒いシミをうねらせる靄の姿があった。

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