春の息吹
「ただいま戻りましたー」
「今回の武器も良い使い心地だった。ありがとう、マオ」
「にゃははは、それはなにより」
「ん? なんか機嫌良さそうだね。良い事でもあったの?」
「ふっふっふ、乙女の秘密をそう簡単に明かすと思ったら大間違いだよ。ねー、リュウナちゃん」
「え、ええまぁ……」
つい数分前までの記憶を再生しながらたどたどしく頷く。個人的には若干鉄さびの匂いのしそうな話だったが、秘密という点では強ち間違いでもない。
湛えられた彼女の不敵な笑みに、サンテツ先輩とルナセラが揃って首を傾げる姿は少し新鮮だった。
「いつの間にそんな親し気に……ていうか、むしろリュウナがマオ先輩に懐かれてる?」
「みたいだね。ま、どちらにせよ交友を深められたのならそれで良いんだけども」
サンテツ先輩はそう言ってメニュー画面を操作すると、アイテムボックスから一枚の紙を取り出して目の前の机に広げた。それはこの屋敷の間取りを簡単に書き記した図面だった。
「さて、定刻になったことだし早速作戦会議を始めよう。一時間前にも話した通り、僕達はこれから屋敷内を探索して魔物の発生原因を突き止めるわけだけど、見てわかる通りこの建物は非常に広い。中庭も含めると大体ウチの高校の体育館四棟分に当たる」
「改めて聞かされるとマジで広いですね。流石は貴族の元邸宅」
「零落れみたいだけどねぇ」
「前に三人がかりで調査したとはいえ、あれも数日かかった。だから今回は怪しい所に探索場所を絞ることにする。主に屋敷の西側を内と外から、二人一組に分かれて調査しようと思う」
「二人……一組」
私としてはあまり少人数で行動したくない。というのも、映画やドラマでもそうだが、行動人数を減らすのはホラー系における一種のタブーなのだ。特に二人一組など、もう片方の仲間が行方不明になるだけで背後から化物に襲われるリスクが高まる。
あれらは所詮フィクションだ。しかし、先に受けた二回の経験から、私は未来予知さながらに三回目の悲劇を予感していた。
もしもの未来を想像してぶるっと背筋が震える……と、その時、一際明るい声が部屋の中に響いた。
「はいはいはーい! それなら私はリュウナちゃんと組みたいでーす!」
フワフワの癖っ毛を揺らしたマオ先輩が、その片腕を真っ直ぐに伸ばして両目を輝かせていた。
「うーん、でもマオは生産職だし、リュウナさんはまだBOO始めて間もないんでしょ? 戦力偏らないかな?」
「それは無問題。何せこっちには秘策があるからね」
彼女は自信満々にキメ顔を作ると、それをこちらに向けてパチッとウィンクした。
どうやら秘策というのは先程話していたモノのことらしい。一応彼女の説明を聞いた限りだと運用に支障は無さそうだが、試し斬りも無しにぶっつけ本番は少々行き当たりばったり過ぎるのではなかろうか。
サンテツ先輩もその懸念を無意識に感じ取ったのか、やや心配そうな顔つきで続けた。
「ちなみにリュウナさんは? こんなのと一緒で平気?」
「こんなのとはにゃんだ! こんなのとはーっ!」
「あー……た、多分大丈夫です」
むしろ私が先輩の足を引っ張らないかが不安ではある。
「じゃあ、二人は比較的魔物の弱い中庭の方をお願いしようかな。僕とルナセラ君は西側の部屋を細かく当たってみるから。何かあったら念話で連絡してほしい」
「りょーかい!」
「わかりました」
何かあったら……というか、絶対に何かが起こる予感しかしない。先輩達にバレないよう最小限の動きで息を吐く。
「……!」
突如、脳内に響いた特有のアラームに思わず目を見開く。念話だ。しかもルナセラから。顔を上げると、彼は先輩同士の話を傍らで聞きながら人差し指を上げた。
『バカなのか?』
『一言目から辛辣だなおい。でも否定はしない』
『全く……何の用だ?』
『いやな。お前があまりにも不安そうな顔してたからさ。和らげてやろうと思って』
『余計なお世話だ。私は別に…………』
『…………猫戸先輩はああ見えて部活以外じゃ結構大人しい人なんだ。前に休み時間にすれ違って挨拶した時も、今みたいに活発な感じじゃなくて、単に無言で片手を振り返してくれただけだったよ』
『……?』
いきなり関係の無い話をし始めたルナセラに、私は怪訝な表情のまま首を傾げる。それを余所に彼はなおも念話で続けた。
『逆に日野塚先輩は有名でさ。二年生に滅茶苦茶タッパのある先輩がいるって噂されてて、部活でもよく教室の扉の縁に頭掠めそうになってる。あと、かなり勉強できるみたいで女子からも注目されてるんだけど、何故か本人はそういうのに一切興味が無いんだよ。変だよな』
『……悠真、お前一体何の話を』
『俺が言いたいのは、誰にも裏表があるって事。隠しているように見えたり、逆にさらけ出しているように見えたりするのも、実は全部その人なりの防衛本能で、つまりは相手との距離感を測りかねている証拠でもある。七弥だって経験あるだろ?』
視線だけを寄こしながら脳内で勝手のたまう彼に、私は何か言い返そうと見つめ返し……一瞬、胸の奥がキュッと詰まる。これがどういう感情なのかは分からない。悔しいような、寂しいような、それでもどこか安心する…………彼の眼は蒼穹に伸びる飛行機雲のように真っ直ぐだった。
私は無意識のうちに目を逸らして、首を小さく縦に振っていた。
『ん、なら大丈夫だ。少なくともあの二人はお前の知らない人間じゃない。ちゃんと受け入れてくれるし、受け入れたいって意志も無駄にはならない。この世界はそういうのの後押しもしてくれる。変に自分を低く見積もって、気負うようなことしなくていいんだぜ』
『……ああ。わかった。忠告感謝する』
『おう。困ったらいつでもこうして念話してきていいからな』
そこで彼からの念話は一方的に切れてしまった。本当に最後まで何もかも身勝手である。
気づけば先輩二人の会話は終わっており、装備やアイテムなどの確認を行ってから安全地帯を出立する運びとなった。私はもう一度メニュー画面を開き、自らのステータス欄を見つめた。
「お前の所為なんだぞ……全く」
ふと口をついて出た言葉は誰の耳にも届かない。ただ、疑似的に吐き出された仮想の息の感触だけが私の唇をほのかに温めた。




