招く猫の手
簡単な昼食とトイレ休憩の他に、今晩の夕飯の下準備を済ませてきた私は、窓の向こうの止みそうにない大雨を一瞥して再びBOOの世界へダイブした。集合時間にはまだ十分程早かったらしく、部屋のソファでダラダラとくつろぐマオ先輩以外の姿は無かった。
「おっ。おかえりリュウナちゃん」
「マオ先輩、早いですね」
「ううん、そうでもにゃいよ。あとの二人なんてニ十分ぐらい前には戻ってたらしいし」
「そうなんですか? なら今は何処に……」
「ルナセラちゃんは聖水を買い足しにアインツトーンの教会へ。サンテツは私の改造した新武器を試し斬りに一階へ行っちゃったよ。本当に男共はどこでも血気盛んだよねぇ」
「ははは……」
二人の姿を思い浮かべて苦笑する。どちらも普段は落ち着いているように見えて、中身は案外思い立ったら即行動タイプなのだろうか。もしくはこのゲームの中だけの話なのか。今の私には到底推し量れない。
マオとは反対側のソファに座ると、私はメニュー画面からステータスの項目を開いた。
先のレベル上げの効果は重畳で、つい数時間前まで 21 だったそれは 29 にまで上昇していた。コモンスキルは戦闘系と補助系がそれぞれ三つずつ追加され、元々あった【居合切り】と【ステップフット】のレベルも上がっていた。新規の方に幾つか習得の心当たりがあることからも、コモンスキルにはレベルアップではなく戦闘経験そのものが影響しているのだろう。
そしてなんと、あれほど悩みに悩んでいたウェッポンスロットの数が一つ増えていた。
「もう一つに柞木の白刀をセットしてと……よし」
これで少しは被ダメージが減らせるし、いざとなれば自害もできる。ルナセラが怪訝な顔で見てきそうだが、私としてはある意味死活問題なので無視するしかない。左手でそっと刀の柄頭を撫でる。
「……いや、待てよ?」
いざ自害することになったとして、要は一撃で致命傷を負う必要があるわけだ。つまりは即死…………確か、聖刀の武器効果に “即死判定時の食いしばり” といったものがあったはず。悠真は、即死魔法や呪いの類を受けた時にのみ発動するのではと言っていたが、もしもこれに “HPが何割以上残っている状態で死亡する” といった条件も含まれていたらどうする。
ヒットアンドアウェイが主な戦闘スタイルの私は、その動体視力も相まって被弾を最小限に抑えることができる。故にHPの減りはルナセラやサンテツ先輩よりも格段に少ないだろう。となれば、食いしばり効果の発動条件に該当してしまう可能性が高い。
「くっ……」
あくまで推論に推論を重ねるようなものだ。しかし、どこからどこまでが即死判定されるのか明確に分からない以上、やはり未検証のまま信用するのは非常に危うい。
ならばいっそ試してみるか? と再び刀の柄頭に触れたその時、くつろぎモードを終えたマオ先輩が身を起こしてこちらを向いた。その金色の瞳は、まじまじと手元の聖刀を見つめている。
「うむむ……? リュウナちゃん、その武器って……」
「あ、これは……私の専用武器です。剣聖はこれ以外の武器を装備できなくて」
「うひゃー、防具だけじゃなく武器も縛りかぁ。なるほどにゃ……道理で私の鑑定眼でも読み取れないわけだよ。唯一無二……それってもしかしなくても始原級の武器でしょ?」
「はい。道中もこれのおかげで何とか魔物を倒せてきた感じですね」
「へぇー……。リュウナちゃん、できればなんだけど……ちょっとだけ性能とか見せてもらってもいいかにゃ?」
「ええまぁ、構いませんよ」
私がそう言って頷くと、マオ先輩はキラキラした目で向かい側から文字通り跳んできた。ボフッとソファが弾んで埃を立てるのも余所に、彼女は頭と肘がくっつくほど身を寄せてきた。
「ふおぉぉ……これが始原級の武器かにゃ。初めて見た」
「ルナセラもそう言ってましたけど、やっぱり珍しいんですか?」
「当然。一コ手前の神話級の武器だって、まだ数えるほどしか確認されてないからねぇ。始原級ともなればそれこそ、君みたいにゃ激レアジョブにしか与えられないんじゃないかな?」
彼女はそう言って腰の聖刀を観察し終えると、次いで可視共有された武器項目の画面を凝視した。何やら心の内を見透かされている気がして落ち着かない。稲穂のように柔らかな髪が肩で弾み、感嘆の息がこちらの服の袖を揺らす。
「ほほう……ウェッポンスロットとな? 随分と面白そうな機能があるじゃにゃいの」
「面白そう、ですか?」
「うん。例えば、種類が違う所為で同時に装備できない二つの強力な武器があったとする。もしその二つに付けられたデメリット同士が互いに効果を打ち消し合えるものだったとしたら、このウェッポンスロットにセットするだけでシナジーが得られる。どう? 浪漫あるでしょ?」
「確かに……それにデメリットの打ち消しだけでなく、メリット同士の相乗効果も期待できますね」
「そうそう!! でさぁ、物は相談なんだけど……」
マオ先輩はそこで言葉を切ると、金色に光るその双眸をまるで誘うように細めた。
人間の欲というのは往々にして目に現れる。彼女の場合は、魔改造師というジョブ故の探求心と遊び心が綯い交ぜにされたようなそれであった。
現実の彼女とは似ても似つかない。しかし、確かに像を結ぶその不思議な雰囲気に圧された私へ、彼女は口元を二ッと曲げながら続けた。
「……私の改造した武器、条件付きで試してみない?」




