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現実(いま)に見る過去(ゆめ)

 ゲームの環境設定というのは非常に奇妙なものである。何度倒しても敵は復活するが、それでも一定数以上は増えない。戦いの最中に放った斬撃で床が削れようが、ハンマーで無数のクレーターを作ろうが、全ての損傷は最終的に何事もなかったかのように元の状態へ戻る。先輩達が空けた壁の大穴も、広間を出る間際には跡形もなくなっていた。


「夢でも見ていたかのようだな……」


「まぁ実際、精神没入(フルダイブ)技術は脳に偽物の夢を見せ続けることで、精神と肉体の同期を極限まで薄くするって仕組みらしいからな。簡単に言えば、覚めにくい明晰夢ってところか」


 私の独り言を耳聡く聞きとったのか、ルナセラは真面目な顔で返してきた。

 現代になってようやく脳の仕組みも解明されてきた一方、一昔前のSF映画のような倫理的懸念は増すばかりだ。例えば、自らの過ごす日常がまがい物と言われて即座に納得する人間がいないように、夢と現実の境界を失うことは、その人にとっての人生……すなわちアイデンティティの否定を意味する。

 故に、現実に近い物理演算で成り立っている仮想世界であればこそ、ああいった非現実的な機能は自身の内に明確な線引きをする上で重要なのだ。


「ところで、リュウナちゃんのメインジョブって何なの? さっきから私、気になっちゃって。刀持ってるから侍? それとも剣士とか?」


「け、剣聖です……」


「へぇぇぇっ! カッコイイじゃん! やっぱり珍しいジョブなの? 性能とかどんな感じ?」


「ある人曰く、激レアだそうです。ただ、性能がその分かなり偏っていて……」


「リュウナはジョブの特性で動体視力とか反射神経とかは良いみたいなんですけど、代わりに防具を一切装備出来ないんです」


「にゃんとっ!? そーれはまたピーキーだねぇ……。大丈夫? 何か困った事があればいつでも言ってねん。主に防御面」


「ありがとうございます。でも、今のところはルナセラがサポートしてくれてるので苦労はしてません」


「ふーん……ははぁーん……」


 マオは視線を左右へ動かして交互に私達を見ると、何やら意味深な表情を浮かべて顎をさすった。

 この顔どこかで見たような……あ、思い出した。高校の入学式の日に、校門前で悠真と写真を撮った時の母さんだ。実に愉快な光景を見れたとばかりに細められた目元も、愉悦を食むかのように歪められた口元もそっくりである。


「マオ、そろそろ止めなよ。リュウナさんが困ってるから」


「にゃはは、ごめんごめん。とにかく、頑張ってねリュウナちゃん! ルナセラちゃんも!」


 彼女は後ろ向きに歩きながら両手でサムズアップすると、要領を得ない台詞を残して先を歩くサンテツ先輩の方へ戻っていった。


「悪い、リュウナ」


「ん……何がだ?」


「剣聖の話。一応武器については黙っておいたけど、勝手に話しちまった」


「ああ……いや、別に気にしてない。もとより私はそういう方面に疎いからな。無駄に事を荒立てないのであれば、お前の判断に従うまでだ」


「お、おう……何かお前、さっきよりも雰囲気が柔らかくなってないか?」


「そうか? まぁ、人数が増えたからな。これならもう自が———」


「キャハハハハッ!!」


「ひぃい゙っ!?」


「わ、ちょ、リュウナ待て! ノー自害っ! ストップ自害っ!!」


 唐突に横壁から現れた幽霊(ゴースト)に驚いて錯乱する私を、ルナセラが必死になって抑える。それを前方から微笑ましく眺めていた先輩達に、彼が助力を求めるまで五秒とかからなかった。


             ○   ○   ○


「なるほどね。リュウナちゃんはドッキリ系が苦手にゃんだ。可愛いー」


「……その、できれば忘れていただけると……」


「ふふふ、どうしよっかにゃー」


 安全地帯となっている二階の客室。そこに置かれたソファに座りながら、マオ先輩が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 非常にまずい。悠真同様こちらの弱みを握られてしまった気がする。これを餌に何か面倒事を要求されたりしなければいいが。


「んー……そうだ! リュウナちゃん、フレンド登録しない?」


「あ、それなら僕もお願いしたいな」


 バレないようにほっと息を吐く。それくらいなら別に何の支障も無いだろう。

 ルナセラの時とは違い、互いにフレンド承認機能を用いて登録を行う。フレンドリストに新たに二人の名前が追加された。


「そうだ。君達二人が良ければなんだけど、これから一緒に屋敷を探索しないかい?」


「探索ですか。俺は別に構わないですけど、リュウナはどうする?」


「私は、先輩方が良いのであれば……」


「全然大丈夫よー! パーティープレイは賑やかでなくちゃね!」


「同感だ。せっかく後輩とゲーム内で会えたんだから、交流を深める意味合いでもこの機会は逃せない。それに丁度、人手が欲しいと思っていたところだし」


「というと?」


 壁際にもたれかかってメニュー画面を操作していたルナセラが首を傾げる。サンテツ先輩は彼の問いに太い首を動かして頷くと、全員の顔が見える位置に移動して話を続けた。


「結論から言おう。僕はこの屋敷に何らかの隠しクエストがあると睨んでいる」


「隠しクエストですか」


「まぁ、これだけの広さがあって何も無いなんてことはまずあり得にゃいからね」


「それにいくつか怪しい点も見つけた。さっき言ったこの屋敷の記録についてもその一つ。これは恐らく、ここがクエストに紐づけられた特殊なインスタンスマップだからだろう。ここを最初に見つけた時に何かしらのフラグが立ったのか、あるいはフラグを立てたから来れたのか。条件はまだはっきりとは分からないけど、今まで僕ら以外の人間が屋敷を発見していないのもそれが理由かもしれない」


 つまり、フラグの立っていない人間(プレイヤー)はどうあがいても屋敷を見つけられず、逆に私のような、既にフラグの立ってる者と一緒に訪れたプレイヤーには同様のフラグが立つのだろう。


「他にも、レベル帯の幅とか屋根裏部屋へ続く階段とか色々と謎はあるけど、僕が隠しクエストの存在を確信したのは例の幽霊(ゴースト)と遭遇してからだ。あんなイベントは後にも先にも無かったからね」


「だとすると、それ自体がクエストに繋がる何らかのフラグだった可能性もあるわけですか?」


「そうだね。屋敷の発見を含めれば、幽霊(ゴースト)との遭遇で計二つのフラグを発見したことになる。典型的な隠しクエストなら、少なくともあと一つぐらいはあるはずなんだけど、生憎とそこまではまだ分かっていなくてね。人手が欲しいって言ったのはそういう理由だよ」


「なるほどです」


「フラグ……フラグにゃぁ……何か見落としがあるってことだよねん。うーん、なんだろ」


「部屋は粗方調べたし、地下室とかの存在も無さそうだったからね。他に怪しい点というと……」


「…………魔物。あっ」


 不意に口をついて出た言葉に我ながら驚いてしまった。殺到する皆の視線から逃れるように和服の袖で顔を隠す。視界の端で捉えたルナセラの顔が、一度だけゆっくりと縦に振られた。


「その……先程彼には話したんですが、百年以上前に住人が去った屋敷に何故魔物がいるのか、ずっと疑問だったんです。それで、多分ここを今の状態にした原因が何処かにあるのではと、思った次第で……」


「俺はてっきりゲームの仕様だと思ってたんですが、リュウナの言う通り、冷静に考えてみればおかしいんですよ。何か曰く付きの物件ならまだしも、魔物を除けばごく普通の古びた洋館なんですから。幽霊(ゴースト)なら兎も角、ゾンビや喰人種(グール)がいるわけがない。少なくとも、一家惨殺事件が何回かあったぐらいの数ですよあれ」


「言われてみれば確かに……」


「てことは、それが三つ目のフラグの鍵ってこと? お手柄じゃん、リュウナちゃん!」


 そう言って顔を輝かせたマオ先輩が、こちらの背中をバンバンと嬉しそうに叩いてきた。


「うっ、まだ本当にそうと決まってわけではないので……」


「けど、いいヒントになった。今後はそっち方面で屋敷内を探索してみよう」


「ですね。具体的に探すとなるとやっぱり西側ですか?」


「そうだね。念のため外も探してみよう。中庭っぽいものもあったし。二人もそれでいいかな?」


「私はいいよ」


「大丈夫です」


「よし。それじゃあそういうことで。そろそろ十二時近いし、とりあえずここで一旦昼休憩にしようか。多めに一時間くらい。その後からいよいよこの屋敷を本格的に攻略していこう」


 現在時刻は《11:56》。そこから約一時間後の《13:00》にこの部屋に再集合という形に落ち着いた。

 各々がメニュー画面を開いてログアウトしていく。それを見ながら私はふと物思いに耽る。こういう風景が現実の部活動でも広がっているのだろうか。自分は今その輪の中に入れているのだろうか。

 もしも()()()()()のなら……私はどんな顔をしていたのだろうか。

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