サンテツとマオ
「というわけで、ようこそ我らがゲーム同好会の秘密基地へ」
「歓迎するよ七弥ちゃん! いや、リュウナちゃん!」
「は、はぁ……お邪魔します」
何なら一時間以上前からお邪魔している。建造物に無断で侵入し、屋敷の住人(幽霊やゾンビ)を刀で斬りつけ、何人も天上送りにしてきた。普通なら家宅侵入罪や殺人など諸々の罪で投獄待ったなしだが、単に正当防衛しただけとも言えるし、そもそもここはゲームの中で奴らは意思無きポリゴンの塊である。そんな彼らに人権と呼べるものがあるだろうか。いや、多分無い。
いつの間に取り出したクラッカーをパァンと鳴らす猫戸先輩。早々に再出現した喰人種が破裂音に釣られて飛びかかってくるが、日野塚先輩の振るった戦槌によりその五体は一瞬で爆散した。
「そういえば、ちゃんとした自己紹介がまだだったよね。私は『猫戸駒音』。こっちのシロクマみたいなのが、『日野塚哲郎』だよ。よろしくにゃ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一人ずつ丁寧に握手を交わしていく。何気にこの世界で自分から人肌に触れるのはこれが初だ。ルナセラとのハグ? あれは服の上からなのでノーカウントだ。
暖かくも冷たい二人の手の平からは、こちらを忌避する様子が全く感じられなかった。
「一応BOOでの名前は、僕が【サンテツ】。駒音が【マオ】だよ」
「先輩呼びしても、他の呼び方でも好きなもので良いからね。ルナセラちゃんもそろそろ、私のことをマオお姉さんと呼んでくれてもいいんだよぉ?」
「冗談はやめてください。あと、ちゃん付けもできれば「君」に直していただけると」
「えぇー、せっかくこっちじゃ可愛いのに勿体無いじゃん。ほれほれ、りぴーとあふたーみー。マオお姉様!」
「勘弁してくださいって。なんか地味にグレードアップしてるし……」
猫戸先輩は、その名前にもある通り実に猫のようである。小柄な体躯に悪戯好きの性格、そして時折語尾に混じる「にゃ」。プレイヤーネームも猫なのは自分のそういう部分を自覚してのことか。はたまた単純に名前から取っただけなのか。仮面とそうでない部分の差異がまだはっきりとは分からない。
一方で日野塚先輩の第一印象は熊、あるいはパンダである。これを本人に言う事はできないが、温厚そうな雰囲気と背丈が相まって、海外の某有名アニメーションに出てくる魔人みたいだ。猫戸先輩とは別の意味で掴みどころが分からない。
「はぁ……それで、先輩方はどうしてここへ? “屋敷のギミック” がどうとか言ってましたけど、なんでわざわざ広間の壁を破壊したんです?」
猫戸先輩、もといマオ先輩から距離を取るように私の背後へ回ったルナセラが尋ねる。次いで彼の視線は先輩達の後方に積まれた瓦礫へと寄せられた。奥に見える景色は恐らく西側の部屋のものだろう。
二人は少しの間顔を見合わせると、日野塚先輩の方が「実は……」と口を開いた。
「前々からこの屋敷には怪しい点が多いって話してたよね? 正式名称が無いのもそうだけど、屋根裏部屋に続く階段とか魔物のレベル帯の幅とか、怪しいことだらけ。それでちょっと今朝から王都にある庁舎でこの辺について調べてみたんだよ。そしたら」
「にゃんと! 屋敷や土地の売買記録が一切存在していなかったのだ!」
「台詞盗られた……。まぁそういう話。それで急遽、もう一度調査することになったんだけど、その途中で変な女の幽霊に出会ってね。攻撃してこないどころか近づいて来もしない。人語は解すタイプみたいだったから、何か知ってるかもと思って追いかけてみたんだ」
「私とサンテツで挟み撃ちする感じでね。そしたらソイツ、あの瓦礫の奥の部屋に入っていったの」
「そういえば、あそこってレベルの高い魔物が出やすい部屋の一つでしたよね。二人だけで大丈夫だったんですか?」
「そこはモチのロン。私が改造した武器をこいつが使って大暴れって寸法よん」
「改造……?」
ファンタジーではあまり聞き慣れない言葉に思わず首をかしげる。それに気付いたルナセラが、背後から隣に並んで答えてくれた。
「マオ先輩は【魔改造師】なんだよ。手に入れた武器の性能とか見た目を文字通り改造できる。【改造師】の上位互換とも言われているレアジョブだ」
「説明サンクス、ルナセラちゃん。私の改造した武器はデメリットが付く分、性能が爆上げされる。普通の改造師と比べても数段上かにゃ。ただ、あっちは武器以外のアイテムも改造できるし、デメリットが付かないモノも作れるから、ハイリスクハイリターンって感じ。ちなみに万年金欠です!」
「高火力の攻撃手段がほぼ武器の使い捨てだからね……。あ、一応僕の方は【狂戦士】だよ」
「武器効果のデメリットを一部打ち消せる特性持ちのレアジョブだ。魔改造師とは結構相性が良い」
「むしろサンテツのジョブの方が意外だよね。こんな人畜無害な顔して、戦う時は誰よりも暴れるんだから。一瞬、誰こいつ!?って思う」
「あははは。日頃のストレスを解消するにはもってこいなジョブなんだけどねぇ」
そう言って朗らかに笑う日野塚先輩、もといサンテツ先輩はマオ先輩の顔をわざとらしく眺めていた。どうやらストレスの原因となっているのは、もっぱら彼女のようである。それでもこうして娯楽に付き合ってくれているのを見るに、余程懐が深いのだろう。
「話を戻すけど、部屋の魔物を全部倒したら例の幽霊がいきなり奇声を上げたんだ。もう屋敷全体が震えるほどの大音量で」
「なるほど。さっきの地震の原因はそれですか。でも、俺達の方は何も聞こえませんでしたよ?」
「多分その幽霊との遭遇自体が一種のイベントだったんだと思う。幽霊を認識していた僕達には聞こえるけど、イベントに参加していないプレイヤーには幽霊も見えないし声も聞こえない、みたいな。それでもここはインスタンスダンジョンじゃないから、揺れだけは伝わったっぽいね」
「けど、問題はその後だよ! あのヒステリックゴースト、ひとしきり叫んだら今度はそのまま部屋の壁をすり抜けてどっか行っちゃったの! それで後を追うために仕方なく壁を壊したら……」
「レベル上げ中の俺達に出会ったと。つまり、その幽霊はギミックだったわけですね。ふむ…………あ、すみません。そろそろ涌きが本格化するので少し手伝ってもらっていいですか? 続きは安地に戻った後とかで」
近くで復活した魔物数体をすぐさま斬り伏せながらルナセラが言う。その言葉を皮切りに広間の至る所で次々と蒼白い光の柱が上がり、先程倒した魔物達がポリゴンの肉体を取り戻した。
まるでB級ホラー映画のワンシーンのようだ。あっという間にこちらとの数的戦力差を覆した彼らは、中央で纏まっていた私達へ一斉に襲い掛かった。
「サンテツっ!」
「了解。【狂化】!」
マオ先輩お手製の改造武器を掲げたサンテツ先輩の肉体が赤みを帯び始める。直後、彼は肉食獣のような雄叫びを上げると、接近してきたゾンビ数体を一撃で床のシミへと変えた。
これが狂戦士の力か。まるで竜巻が意思を持ったかのような荒々しさである。確かに同一人物だとは思えない出で立ちだが、こちらに攻撃が向かないのを見るにあれは恐らく表面的なもので、理性も保たれているのだろう。
なんにせよ強力な助っ人が二人も増えたおかげで、魔物の掃討は私とルナセラだけの時よりも格段に速く終えることができたのだった。