猫は熊で熊は猫
まさしく青天の霹靂の如き轟音がビリビリと部屋の空気を震わす。何事かと私達が破壊された壁の方を見やると、濛々と上がる灰色の砂煙の中からおもむろに二つの影が躍り出た。
一方はルナセラの肩ほどまでしかない背丈に、ミルクのたっぷり入ったカフェラテのような色合いの短い髪をした少女だった。今しがたの爆発にも負けず劣らずの癖っ毛を揺らし、身軽な動きで手前の瓦礫を飛び越えてくる。手元には細身の剣を一振りと金槌のようなものが握られていた。
その後ろから緩慢な動きで彼女の後を追うもう一方の影は、対照的にずんぐりとした熊のような体躯をしていた。しかし、その表情には隠しきれぬ人の良さが滲み出ており、男らしい角ばった髪型と低い声がむしろミスマッチに思える。外見年齢は高校から大学生の中間あたりだろうか。
「あーっ!? 見失っちゃったー!!」
「もー、だから言ったでしょ。アレは単なるギミックで、追いかけようが追いかけまいが結果は同じだって。僕がわざわざ壁を破壊する必要も無かったんだよ」
「にゃんだとぅ? じゃあ、もしそうじゃなかったらシロクマはどうするつもりだったっての?」
「どうするも何も、その可能性が無かったからああ言ったわけで……あとそのあだ名やめてね。ここじゃ一応【サンテツ】で通ってるんだから。マオだって『キティ』なんて風に呼ばれたくないでしょ?」
「うぐぐ……シロクマの癖に生意気な。同じ猫科にゃのになんでお前は熊なんだ! 私だってタイガーとかカッコイイあだ名が欲しかったのにーっ!!」
「そういう問題じゃないって……」
一見すれば猫と熊の口喧嘩。しかし、外見と中身が完全に真逆なのは火を見るよりも明らかである。互いに睨み合っているが故に未だこちらに気付かぬ様子の彼らだったが、その数秒後にルナセラが一歩踏み出した途端、まるで獰猛な肉食獣の如き視線が寄こされた。
「ちょ、いきなりその目は止めてくださいよ。先輩達のソレ、毎度毎度肝が凍りそうになるんですから」
若干引き気味になりながら両手をひらひらと振るルナセラ。それを見た二人の目から圧倒的な野生の圧が消えた。
「んんん? その声はもしや悠真君……もといルナセラちゃん? にゃんでこんなトコに?」
「昨日の放課後ぶりだねー。もしかして君もこの屋敷のギミックを調べに来たのかい?」
「いえ、今日はレベル上げです」
「レベル上げ? 君ならもっと先のフィールドの方が経験値も素材も稼げるんじゃにゃいの?」
「俺のじゃないです。俺の知り合いのレベル上げのために、ここを使っていたんですよ」
「へぇ……もしかして君の後ろにいる子がそうなのかな?」
「うわメッチャ可愛い……って、うん? あの子どっかで見たようにゃ……?」
再び二人の視線がこちらに殺到する。先刻の射殺すようなそれではないが、純粋な興味で身体をつつかれているようなくすぐったさを感じる。普段からこういう類の視線には慣れているが、彼らは特に遠慮というものが欠けているような気がした。
「んー……あっ、思い出した! 龍宮院七弥ちゃんだ! ウチの幽霊部員の!」
「ああ、あの子か! 確か今学期初めに悠真君と入部届を出しに来た!」
なるほど。これは無遠慮よりもむしろ正直過ぎると言うべきだろう。瓦礫の山を勢い良く駆け下りた彼らは、まるで小学生がするように揃って私を指差してきた。
幽霊部員ときて入部届とくれば、もう思いつくのは極限られたものしかない。
ふと、数分前のルナセラとの会話が脳裏に蘇る。
———ふぅん……それはお前一人でやったのか?
———まさか。部活の先輩達と一緒に調べたんだよ。
彼とこの屋敷を調査すると共にレベル上げの拠点としても共有している人間。すなわち、彼が現実で所属している『ゲーム同好会』の部員にして、一学年上の先輩に当たる二名。かつて見た事のある面影が段々とその顔に重なっていく。
「七弥、覚えているか?」
「……ああ。なんとか苗字だけは」
残念ながら下の名前はどちらも思い出せないが、そのキャラの濃さは顔合わせから一ヶ月以上経った今現在でも、私の海馬の奥にこびりついていた。私はゆっくりと視線を少女から青年へと動かしながら続ける。
「確か、猫戸先輩と日野塚先輩だったはず……」
「「当ったりーっ!!」」
果たして先の喧嘩も仲が良いことの裏返しなのか。息の合った動きで両腕を上げて丸を作ると、背の低い癖っ毛少女と背の高い小太りの青年は、双方満面の笑みを浮かべた。