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孤狼の心は未だ冬の空

 五月下旬。春の風が遠のき、湿った空気とどんよりとした天気の多くなるこの季節は、決まって学校の教室内の空気も淀みやすい。今日は久々に晴れたとはいえ上空の雲は比較的分厚く、予報によれば夕方までこの状態は続くそうだ。


「ねぇ、あれが例の……」「ホントいつ見ても変な髪……」「不良なんでしょ? 噂じゃ中学校の頃に同級生数人を半殺しにまで追い込んで、その時浴びた血が落ちなくなったって……」「つうかなんで白いの……?」「さあ……?」「もうゴリラじゃん。何だっけ、毛が白いゴリラの名前」「シルバーバック?」「それそれ。髪も長いし、ピッタリだよね。ウケる」


 クスクスと小馬鹿にしたような女子達の笑い声が教室の前の方から聞こえる。実際、話の内容からして馬鹿にしているのは確かだ。地味にゴリラに知見があるのはツッコミどころだが、それを含めて反論ができるほど私という人間は活発ではない。

 全く朝っぱらからいい迷惑だ。そんなに陰口が好きならちゃんと陰でやればいいものを。わざとホームルーム前の教室で話すのは、自分達以外の同級生にも会話内容を聞かせたいためか。それとも何か別の理由でもあるのか。その疑問は、一人の男子生徒が教室に入ってきたところで確信へと変わった。

 正確には、その男子が一直線に私へ向かって来た瞬間、女子達がまるで親の仇でも見るかのような目付きでこちらを睨んだためである。


「おはよう、七弥(ななみ)。今日も綺麗な髪だな」


「……おはよう悠真(ゆうま)。お前は今日もいつも通りだな……」


 爽やかな笑みをこちらに向ける男子———月影悠真(つきかげゆうま)に、私は読んでいた小説から顔を上げて引き攣らせる。高校一年生にしては比較的高い身長に、整った顔立ちを合わせた彼の容姿は端的に言って好青年のそれだ。加えて、どんな相手にも臆することなく好意的に接する人の良さは、男女問わず高い人気を誇っている。

 私が彼と十年来の幼馴染でなければ、他の女子と同様に顔を赤面させて照れているところだが、生憎と腐れ縁の感覚に慣れて久しい今日この頃。とはいえ、毎朝嫉妬に狂った女子達の怨念の的となるのもそろそろ限界なので、彼にはなるべく冷淡に接するようにしているのだが……効果は見ての通り今一つである。

 というか何故こいつは毎朝私の髪を褒めるんだ? おかげであらぬ噂がさらに酷くなる。


「どうした七弥? そんな眉間に皺寄せて……何か悩み事か?」


「いや、何でもない。それよりも昨日の話だが……」


「ああ。ちゃーんと持ってきたぞ。ほい」


「まさか本当に持ってくるとは……言っておくが、今更取引を反故にするのは無しだからな」


 茶色の紙袋に入ったVRヘッドセットとゲームパッケージを確認し、若干引き気味になりながら言う。だが、それに対して悠真は何のためらいも無く首を縦に振った。


「もちろんだ。俺としてはむしろ七弥の方が心配なんだが」


「安心しろ。約束はちゃんと守る。破ったらその……寝覚めが悪いだろう」


「……お前って本当に素直じゃないよな」


「うるさい。全くお前は……人の気も知らないで暢気なもんだ」


「だって話してくれないじゃん」


「一々説明していたらキリがないからな。お前も察する努力ぐらいしてみろ。そら、もうすぐホームルームが始まるぞ。そろそろ席に着いた方がいいんじゃないか?」


「えー、まだ話そうぜー。予鈴までまだ二分もあ」


「散れ」


「あい……」


 私は彼の言葉を遮りながら読みかけの小説に栞を挟み込むと、念のため防水加工の袋に入れてから学校指定の鞄の中へ仕舞う。それを一瞬無感情な目で眺めていた悠真だったが、観念したのかそそくさと前の方へ歩いていった。

 幼馴染というのは面倒だ。今年の春に互いの年齢が十六となってからも、悠真は引き続き昔と変わらぬ態度で接してくる。それが煩わしいというわけではないが、せめてもう少し適切な距離感を保って欲しい。他の男子からの好奇の目に女子からの刺すような視線が加わると、なまじ精神的に疲れるのだ。


「お節介焼きめ……」


 やはり幼馴染という関係性は言葉以上に互いを縛りつけるのかもしれない。彼の魂胆をおおよそ察していた私は、窓際の自席から得も言われぬ感情を吐き捨てるように呟いた。

 ふと目をやった前方の席に座る悠真の背中は、他の男子と遜色なく大きかった。いつかあの背中が見れなくなる日が必ず来る。それは同時に、今まで不本意ながらも頼ってきたあの影を私が完全に拒絶することを意味する。

 果たしてその時、彼は私を幼馴染以外のどんな存在として見るのだろうか。不意に浮かんだそんな疑問に、私の脳はついぞ明確な答えを出すことはできなかった。

で、できればラブコメありで行きたい所存……

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