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レベル上げと書いて惨劇と読む

 屋敷の中は想像通りの薄暗さであった。しかし、壁の所々にある傷や窓から差し込む陽が光源となっているため、俗なお化け屋敷のように辺り一面真っ暗闇というわけではない。それが逆に恐怖心を煽りそうと言われればそれまでだが、持続的よりも瞬間的な恐怖をこそ嫌う私にとっては、幸先の良い話だった。


 この洋館には正式名称、すなわちダンジョンネームのようなものが無いのだとルナセラは言う。一度はバグか、専用クエストを受注しないと名前が判明しない類かとも考えたらしいが、いつまで経っても変化が無いので勝手に『嘆きの屋敷』と名付け、今では専用の狩場兼秘密基地として利用しているのだとか。

 何故そんな無駄におどろおどろしい名前にしたのかと文句を言いそうになったが、発案者は彼ではなく彼のフレンドだというので仕方なく口を噤むことにした。


「一階と二階は両方共廊下がカタカナのロの字に通っていて、その内側に幾つも部屋が並んでいる構造だ。階段は全部で三つある。このエントランスホールに一つ。屋敷の東西に一つずつだ。ここのは二階までだが、東西にある内の片方は屋根裏まで続いているらしい」


「らしい?」


「ああ。階段はあるんだがその先には進めないんだ。ゲームのギミックなのか、それとも単にマップが続いていないのか知らないけどな。ま、あんまり気にするもんでもない。俺達が使う狩場は一階だしな」


「なるほど……」


「まずは二階にある安地(安全地帯の略)に向かう。そこだけは魔物が出ないから、いつもは昼飯やトイレ休憩とかでログアウトが必要な時に使っている。そこから狩場へは東側の階段を降りて向かうのが一番早いルートだ」


 そう言って前を歩き始めるルナセラ。その足取りが比較的軽いように見えるのは、きっと何度も此処へ来ているからだろう。彼にとってはこの屋敷もまた、先の樹海と何ら変わらぬゲームのいちフィールドなのだ。その視点が今は少しだけ羨ましい。


「あ、ちなみに喰人種(グール)やゾンビは兎も角、幽霊(ゴースト)は壁とか床とか全部すり抜けてくるから、いつでも戦闘態勢を取れるように…………なってるな」


「ふん。脅かすならもっと捻った方法を……ひっ」


 足を踏み込んだ先の階段が、ギィ……と家鳴りを立てると同時に肩がビクッと跳ねる。それを見たルナセラが一度小さく「ぷっ……」と吹き出すのを私は見逃さなかった。


「おい、貴様……人の弱点を笑うとは良い度胸だな」


「いや、悪い悪い。普段中々見ない七弥の姿がちょっと新鮮でな」


「くそっ……いつかお前の弱点も暴いてやる」


「アハハハ」


「だから笑うな! なんならこの場で斬ってやっても私は」


「待て待て待て! 今のは俺じゃない!」


 刀の柄を握りかけた私にルナセラはそう言って両手を振った。


「はぁ? 何を言っている。お前以外に誰が」


「アハハハハ! アハハハハハハハッ!!」


 ……なんだこれは。目の前のルナセラは口をピクリとも動かしていないのに、その笑い声だけが周囲からまるで立体音響のように聞こえてくる。しかもその音量は段々と大きくなってきていて、ついには屋敷全体を震わすほどの爆音になっていた。


「オッキャクサン……イーラッシャイ」


 耳元でそんな囁きが聞こえると同時に私は両足を蹴って階段を駆け上がっていた。


「ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「ちょ、リュウナっ!? 五分も経たずに有言実行て!」


 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理っ!!


「無理いぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 背後で何か聞こえた気もしたが、それすら悲鳴でかき消しながら疾走する。


「バアアアアッ!!」


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!?」


「ウア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」


「〇×△☆#♭●◇▲★%※=+!?」


 もはや声にも悲鳴にもならない叫びを上げながら私は無我夢中で走った。右手に握った聖刀を四方八方に振り回し、何を斬ったのか感触すらも思考から追い出すようにしてひたすら床を蹴る。ルナセラを遥か後方に置いてきてしまったが、そんなことはもうどうでも良かった。


 空気を斬った———驚かされざまに幽霊を両断。

 窓を斬った———俊敏な動きで襲ってきた喰人種を十七分割。

 壁を斬った———床を這ってきたゾンビを細切れに。

 音すらも斬った———その他、進行方向上に立ち塞がったあらゆる魔物を駆逐。

 斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って…………斬りまくった。


 やがて周囲からの笑い声や唸り声がぱたりと止んだ頃、私は一人屋敷の廊下でへたり込んでいた。


「あ…………ああ…………あはっ、あははは……!」


「あちゃー……ドロップアイテムがこんなに……あ、いた! やっと見つけた。探したぞリュウ……なっ!?」


「あははははっ!!」


「お、落ち着けっ! 俺はっ、悠真だ! 幼馴染のっ! ああもうっ!」


「あははっ、ゆ、ゆゆ、ま……ゆ、うま……悠真……あ、あれ……? 私は一体何を……んむっ」


 なんだこれは……? 何故ルナセラが私を羽交い締めに……いや、これはむしろ抱きしめ……待て待て待ていったいどういう状況だ? 私はさっきまで階段を登っていて、そこで変な声が聞こえて、それから……思い出せない。ゲーム内でも記憶障害にはなるのか。いや、それよりも早くこの状況から抜け出して……足に力が入らない。くそっ、何なんだもう。


「落ち着いたか……?」


「……お、おひふいた。らから、はなへ。くるひい」


「おっと悪い。俺としたことが、普段はこんなもの無いから忘れていた」


 この……二重セクハラで訴えてやろうか。ちょっとムカつくので叩いておこう。


「あたっ!?」


 ルナセラの無駄に豊満なそれから逃れると、私は次いでキョロキョロと辺りを見回した。


「……何処だここは?」


「屋敷の北側の廊下だ。さっきまでいたエントランスホールとは逆側に当たる」


「?????」


「その様子じゃ何も覚えてないみたいだな。全く……とりあえず先に安地に入ろう。丁度真ん前の部屋だから。その後で今までのことを教える」


 ルナセラは呆れた様子で言うと、おもむろに膝立ちの状態から立ち上がった。程度は分からないがとにかく迷惑をかけたようだ。それを察した私は、申し訳なさそうに彼の服の裾を引っ張った。


「あの、ルナセラ。すまないが肩を貸してくれないか? どうやら腰が抜けたらしい」


「やれやれ……」


 彼が渋々といった表情を作るのを私は生まれて初めて見た気がした。

 リュウナの記憶喪失は、恐怖による感情の制御不能と立て続けの戦闘による情報の濁流による一過性のものです。たまに物凄い悪夢見たのに覚えていないことってありますよね。要はそれです。

 躊躇いなく同年代の女子を抱きしめられる悠真は恋愛強者……。

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