大の苦手
ルナセラ曰く、効率良くレベルを上げるために考慮すべき点は主に三つあるという。
一つ目は得られる経験値の量。基本的にレベルが高く強い相手ほど倒した時に得られる経験値も多くなるが、稀に低レベルでありながら経験値の多い魔物もいる。彼の倒したレアエネミーもそれに当たるが、アレは元々の基礎能力値が高すぎるので例外だ。
二つ目は魔物の出現数。いくら経験値量が多くても、日に数回しか遭遇できないのであれば話にならない。なるべく複数体で出現し、且つ再出現までの時間の短い相手が望ましい。
「そして三つ目は、安全地帯が近くにあること。耐久値の下がった武器の交換だったり、MPやSPの回復だったりを安全に行える場所が確保できれば、ほぼ継続的にレベル上げを続けられるぞ。まぁ、リュウナはその点、武器の性能でゴリ押せそうだけど」
「だがMPは兎も角、SPの回復手段が無いのは問題だな」
「そこは安心して良いぞ。知り合いに頼んで弁当を何個か作ってもらったから」
サッと実体化させた木箱入りの弁当をルナセラが高々と掲げた。実に用意の良いことで。それもさぞ料理上手な人間が作ったのだろう。コンビニに並ぶモノよりも更に豊富な品揃えが顔を覗かせていた。
私達は今、レミニス平原を抜けた先の樹海『ヴェスティージア』の中を歩いている。当然ながら平原と比べて魔物との遭遇も多くなり、これまで何度か戦闘を行った結果私のレベルは 6 まで上がった。残念ながらスキルの獲得はまだできていないが、狩場に着く前にある程度魔物との戦い方を学べたのは幸いだった。
「話を戻すが、効率的なレベル上げにはさっきの三つが絶妙に重なることが重要なんだ」
「レベルに対する経験値量、出現数、安全地帯……そんなに都合良く重なるものか?」
「普通は無いわな。でも、これから向かう場所は見事に全部クリアしてる。しかも、知っている人間は俺以外に極少数だから他のプレイヤーとブッキングすることもない。ただ……」
「ただ?」
「……いや、これは着いてから話すよ」
彼は一瞬だけこちらを見てからそう言うと、何事も無かったように樹海の道なき道を先導した。その背中を私は怪訝な表情を眺めたものの、終ぞ彼の真意に辿り着くことは無かった。
それから十分程樹海を進んだところで、ふと辺りを埋め尽くしていた草木が消えて視界が開けた。どうやら目的地に到着したらしい。
「……いや待て。ちょっと待て。まさかとは思うが……アレが例の狩場なのか?」
「い、イエス、キリスト……」
「ボケで誤魔化そうとするならもう少し自信を持ってやれ。……それで? どういうことか説明してくれるんだろうな?」
私は背後で申し訳なさそうに縮こまったルナセラを振り返り、冷ややかな笑顔のまま親指を目の前の建物へ向けた。
それは端的に言えば洋館だった。イギリスなどでよく見られる煉瓦造りの壁に、一定の間隔を空けて並んでいる格子付きの窓。二階建ての割に一見屋根が低く感じられるのは屋敷が横に長い所為だろう。かつて名のある貴族が住んでいたのか、中央に聳えるドーム型の屋根の上には現実では見た事の無い鳥のオブジェが設置されていた。
そして、そのどれもに蔦や雑草が幾重にも絡みついており、手前に立つ背の高い鉄の門はまさしく植物園のそれであった。
「どう見ても廃墟だろう」
「……まぁ、廃墟かそうでないかと問われればそうと言えなくもな」
「真面目に答えろ、悠真」
「は、はいっ! おっしゃる通りです! 百年以上前から誰も住んでないみたいです!」
こちらの気迫に圧されて背筋を伸ばしたルナセラが、丁寧な言葉遣いで返答する。
「もしかしなくても、ここに出る魔物を倒すのか?」
「そうです!」
「……ちなみにどんな魔物が出るんだ?」
「あー……いや、そのぅ…………ストです」
「何だって?」
「幽霊……です。あとは喰人種とかゾンビとか……」
「…………はぁぁぁぁ……」
盛大なため息と共に私はその場にうずくまる。今この時程、自らの浅慮さを後悔したことはない。せめて街を出る前に、彼から行き先についてもっと詳細な話を聞いておくべきだった。
白状すると、私はホラー映画に出てくるような化物全般が大の苦手なのである。スプラッターではない。どちらも大概人死にが出るものだが、後者は比較的機械的というか、音と血飛沫に気を付けていればあとはIQを下げた状態で鑑賞するだけで良いので苦手ではないのだ。
しかし、ホラー映画はドッキリを主軸としている。壁からいきなり這い出てくる幽霊。無意味に襲ってくる喰人種やゾンビ。シンとした空間に響く大音量。どれも予想がつかず展開も読めない。先の読めないものは怖いのだ。
「というかお前……私がこうなるのを知っていてわざと黙っていただろう?」
「うっ……はい、その通りです。すみませんでした……」
ジト目を向けられたルナセラは素直に謝罪すると、依然うずくまったままの私に弁解するように両腕をわたわたと動かし始めた。
「い、一応効率は良いんだぞ? 低レベルの割に経験値量が多いし、再出現頻度も高い。それにリュウナの武器ならもっと簡単に倒せる。ほら、霊体や悪魔には有利ってあっただろ? だから幽霊全般苦手なリュウナでも安心してレベル上げできるんじゃないかと思って……」
「……それ、喰人種やゾンビにも適用されるのか……?」
「へ? うーん、どうだろう。ああいうのは基本的に不死系か人型の魔物に分類されるからなぁ……あ、でも広義的には悪魔系って話もされてたりはするぞ。どっちも聖水でダメージ入るし…………あー、やっぱり止めとくか?」
「…………いいや、せっかくここまで来たのに今更引き返したら無駄足だ。もとより今日の目的はレベル上げ。視界に入るモノ全てを経験値と思えば多分……大丈夫なはず……。だ、だが、いざとなったらお前を盾にして逃げるからな!」
「それくらいお安い御用だ。何ならゾンビ共に投げつけてくれても構わない」
「い、言ったな! 男に二言は無しだからな!」
よ、よーし。こうなったらとことんレベルを上げて鍛えたSTRでこいつを投げ飛ばしてやる。それまではどうか少数との接敵が続くように祈ろう。
「じゃあ、話もまとまったことだし、そろそろ行ってみるか」
「……! ま、待ってくれ。やっぱりあと五分だけ覚悟の時間を……」
「そうか。なら俺だけ先に」
「お、おおお置いていくなバカっ!!」
「どっちなのさ……」
※筆者は非常にふんわりとしたイメージで冒頭のレベル上げについて語りましたので、もしかすると有識者の方々の中には疑問を持った方もいるかと思いますが、ご了承ください。




