六話 二人の力
それはつまり──、
「好きってこと?」
「うーん、恋のこと?」
「違うの?」
ぼくは傾げてみせると、ウィンターは、ふふと鼻で笑った。
「ううん、違う。そうじゃあないよ。欲しいってのは体のことだよ」
カラダ………つまり肉体関係──
「──性行為のことでもない、文字通りの『体』だよ。彼の体が欲しいんだ。だから、出来ることなら傷をつけたくはないんだけれどね」
「意味がよく分からないんだけれど」
さっぱりだ。文字通り体が欲しいという言葉を文字通りに頭にぶち込んでも処理出来ないのは、その言葉の発生元が不明な存在だからに違いない。
「私は私だけれどこれは私のじゃあないんだよ」
自分の胸元を人差し指で突きながらこちらへとウィンターは歩み寄り、へたり込むように座るぼくの目線の高さに腰を屈める。
「なに?なぞなぞ?」
そう訊ねると、違うよと即答された。
──だって、意味が分からないんだもの。
「私はね、特殊な存在で、不思議な力があって、その力はね、他者の体を自分のものに出来るの──その存在になる、その存在として生きることができる──」
「そんなことができるのかよ。でもどうして──他者の体なんか手に入れて、そんなことなんかして何がしたいんだよ」
ぼくの問いにウィンターはすっと立ち上がりながら、
「こんなことをしないと私は死んでしまうから、私が私でなくなってしまうから」
その彼女の瞳は無機質なようで、しかし少し悲しげであるように感ぜられた。その所為か、その言葉の深い意味を訊くことをぼくは躊躇った。
「まあ、そういう設定かな」
ウィンターはぼくを見下ろす。
──なんだそりゃ。
ぼくはウィンターを見上げながら、
「キャラ、みたいなこと?」
ウィンターはキャラ、と繰り返して呟いた。そして満面の笑みを見せつけた。
「そうね、キャラ、キャラだね」
その無邪気な笑顔に、まるで真似るように、無意識にぼくの口角は吊り上がっていて、その言葉を理解しようだなんて考えはぼくの頭の中に芽生えることはなかった。
──否。
ただの戯言だとぼくは捉えていた──とてもそこに意味があるなんて思いも依らない。
ただそれだけのことだった。
変なの、とぼくは笑いながら言ってやる。ほんと変な奴だと思う。
はっきりしない。
しかし、それはそうと──、
「どうやって体を?」
「簡単さ、こうやるの」
ウィンターはぼくの頭に手を置いた。
「頭に手を置けばいいのか?」
「違う違う。触れるんだよ」
──触れるだけ。ただそれだけで相手の体、つまり存在を自分のものにできる。
本当だろうか、と頭上に疑問符が浮かんだけれど、徒者じゃあない、徒者以上の異常な彼女ならそんなことができてしまうのだろうと思った。
ふと、見てみたいと思った。
その瞬間を──。
「下手したら死んじゃうよ。それに他者から見れるのかどうか、分からないかな」
「どういうことだ?」
「触れた後の私の体が、この肉体が、この存在がどうなっているのか私は知らない──」
ウィンターは知らない。知りようがない。見ようにも見ることができない。
客観的立場に立って自分を見ることができない。それを他人は自己中心的だと言うのかもしれないけれども、これは決してそういうことではないのは言わずもがな。
単純な物理的な話。………いや、そうであるけれど、とても物理的な内容ではないだろう。
彼女が対象物へと触れる。その瞬間彼女の不思議な力が発動するわけで、その力の内容とは理解し難いもので──もっとも、ウィンター・ウォルガムという存在がそもそも理解し難いものであり、理解しようにもきっと理解できるものではないのだけれども──彼女の頭の中、ウィンターの脳味噌の中で構築された、つまりは想像によって創造された世界へと対象物を強制的、絶対的に引き摺り込むらしいのだ。
これは今在るこの世界へ彼女が創造した世界を存在させるというわけではなく、彼女が新たに構築した世界が存在する頭の中、つまりは脳味噌の中へと触れた対象物と自分を存在させるのである。
適当な例えではないのかも知れないけれど、言うなれば異世界へと自らと他者を転生させるみたいなことだ。
自分で言っていて正直全く理解していないけれども、だからこそ見たいのである。見たからと言ってきっと理解できるものとは思えないけれども、それでも──。
「まあ、ものは試しだね、やってみるかな。やったことはないけれど」
「できるのか?」
「さあね、だからやってみるのさ」
ただ──、とウィンターは後ろへ振り返って再びベランダへと出ると煙草を吸い始め、続けて、
「──彼もまた、特殊な奴でね。面倒なんだよねー」
そう言えば、あの時も面倒だと言っていたなと僕は思い出す。
「アイツも、ウィンターと同じ力をもっているのか?」
「いや、違うけれど、面倒なのはヴィクターは触れると厄介なやつってこと。まあその点では、わたしもそうなのかも知れないけれどね」
深く吸った煙草から、ポッと音を立てて唇を離すと上を向いて深く煙を吐き出して、
「触れられる或いは触れる行為を彼が視認した場合のみ彼の力は解放される。すると彼を守護する呪いの何かが現れて、相手にしなきゃならなくなる」
「呪いって?」
「彼の力のこと。彼は寿命が短いんだけれど、それは力を得たことによる代償なんだ。力を貰う、といより、そうね、その身に備える、と言うべきかな、力をその身に備えるその代価として自分の寿命の半分をその力へと支払った」
ウィンターは煙草を灰皿に押し潰して壁に凭れると頭上を見上げ、とても小さく、小鳥の囀りにさえ掻き消されてしまうようなほとんど息を吐いただけのような声量で、バカなやつ、と溢した。
「でも、自分があとどれくらい生きられるのかなんて誰にも分かりやしない。自分のことを一番に良く理解している筈の自分自身でさえそのことを理解はできない。どれだけ健康な人間でも、どれだけ安全に気を配っていたとしても、とても小さなことで、ほんの小さな些細なことで、或いは不可抗力な災害によって、誰かの手によって呆気なく死んでしまうことは往々にしてある。いつものようにベッドに横になって目を閉じて、当たり前のように目を開いて眠りから覚める保証なんてありやしない」
確かにそれはそうだと、ぼくは思う。
「だからヴィクターは気が気でない。不安で焦っているのさ。あの呪いから逃げる為にどうするか。その方法は一つ、新しい体へ──呪われていない新品の肉体を手に入れること。その為に必要なもの、それを可能にする為の力──つまりはわたし」
ウィンターはそう言ってぼくを見つめるけれど、何処かで鳴り響く建物が破壊される音へ些かの関心を示すことはない。きっとその音はアイツがぼくたちを──いや、ウィンターを捜して矢鱈滅多と建造物を破壊してまわっているに違いないだろう。
「繰り返しになるけれど、ヴィクターはわたしを狙っている、が、わたしも彼の体が欲しい。その為にはやっぱりやり合わなくてはいけない──そうする他ない」
そう言って跳ねるように壁から背を離すとこちらへ歩み寄り、
「じゃあ、行こうか。ここにいつまでいても仕方ないしね」と、今更に破壊音へと耳を傾ける。
「この部屋を壊されては住む場所がなくなって困るでしょ」
ウィンターはぼくへと手を差し伸べるが、その口ぶりはまるで、ここが彼女の住む家であるかのようで、一体いつまでここに住み着こうとしているのだろうかと思ったが、美女と一緒に暮らしていけることに全くもって嫌な気分が芽生えなかったものだからそんな疑問は当然ぼくの口から出てくることはなかった。
ぼくはウィンターの差し伸べる手に捕まりながら立ち上がる。
「とりあえず、ハルは彼に触れないようにしてね。でないと、すぐ殺されちゃうから」
それにぼくは頷き返す。
「わかってる」
こうしてぼくとウィンターは破壊音の元へと向かう。