「カウントダウン」
あの絵に描いたように真っ赤に輝いていた月食の日から、すべてが変わった。その誇らしげな月とは対照的に、私の人生は新月のように暗くなった。
「中島君、一緒に帰らない?」
あの日。11月の中旬、間も無くテスト2週間前に入る所だった。私はふと、幼馴染の中島を誘ってみた。
彼は現生徒会長で成績優秀、まさに欠点なしの主人公タイプと言える男の子だった。なんだかんだ自分語りにはなるが、物心つく前に両親が離婚し、私は母親について行った。それでゴキブリがちょくちょく出るようなこの街のボロアパートに移り住んだ時から、中島君には世話になっていた。
少々貧乏だった私にお菓子を分けてくれたり、鉛筆を貸してくれたり、まさに弁財天の如く優しい心を持った人だ。今は収入が安定してきたため引越しをし、少々家は離れてしまったが、クラスは一緒。
話を戻そう。一緒に帰ろうと誘ったはいいものの、彼はいつも生徒会やらなんやらで非常に忙しい。どうせ今日も厳しいのかなー、と少し尻込みしていたが、
「いいよー。」
と軽い返事が返ってきた。それを聞いて、私は速攻で靴を履き替え、校門を飛び出した。
中学校から家までの通り道に、分倍河原という駅と駅前商店街、そして小さなショッピングセンターがある。駅付近の踏切は、某カルタ漫画の舞台になった場所らしい。兎に角、商店街を抜けるまで、私たちは帰り道が一緒だ。
今年も秋が過ぎ、いよいよ本格的な冬がやってくる。寂しさを感じるほどひんやりした体感温度も、日本の美しい季節を感じれてどこか心地よい。短い針は4と5の間当たりを指し、空は微かに茜色が残っているが、みるみるうちに紺色が空の主導権を握っていく。その様子を見て、昼がこんなにも短くなったのかと、ふと考え込んだ。
それを私を横目に、ぼんやりとショッピングセンターを通る中で、中島君は聞こえよがしに言った。
「今日の午後7時ごろからは皆既月食が始まって、月が赤色に照らされるんだって」
これはチャンスだ。先述の通り、もうすぐテスト二週間前に入って、受験期の私たちは遊んでる場合ではなくなる。そもそも遊ぶなと言われそうだが、なんかするなら今しか…ない。
「本当?じゃあ夜集まって見に行かない?」
「うーん、今日は暇だし…いいよ。行こう。」
よっしゃあ。デートだデート。別に付き合っているわけでもないが、彼といる時間はなんだかんだ楽しいものだから。それを囃し立てるかのように、電線に止まったカラスはかあかあと声を上げた。
「何時にする?」
彼はそう聞いた。私は深く考えず、
「さっき始まるのが7時頃って言ってたし、7時のちょっと前ぐらいでいいんじゃない?」
「じゃあそれで決定!」
今日の7時、月を見る。けど後一つ情報が足らない。
「場所は…?」
「とりあえず、《《あの》》公園でいいよ」
あの公園とは、家から若干歩いた場所にある市民公園だ。そんな大きくはないが、マンションなどは建っていないので、見晴らしは良い。
「わかった。あそこね。」
これで揃った。あとは、その時を待つだけ。
そのあとは、帰りながら色々と他愛もないような話をした。例えば…月は世界でどう見えているのかとかだった気がする。…曖昧だぞ。
まあそんなこんなで、あっという間に私達は商店街を抜けてしまった。別に引き止めてまだ話すことはできたが、それは夜にお預けしようと思い、それぞれの帰路についた。
「ただいまー」
とは言ってみるものの、家には誰もいない。それもそのはず、母さんが帰ってくるのはいつも終電ギリギリだ。母さんはいつも労働基準法など、まるで存在しないかのようにバリバリ仕事をしている。言い方を変えりゃワーカホリックだ。
んなことより、どんな服を着ていこうか。そんなに服を持っているわけではないが、まあ一応何着かはある。黒めのパーカーとかもいい。だが、それだと私は暗過ぎて夜の深淵に消えてしまわないだろうか。逆に白いワンピースはどうだろうか…いや、今度は目立ちすぎる。てかそもそもそれだと寒すぎるだろ、今は11月だぞ?
ふと我に返った。言い換えりゃ近所に散歩しにいくだけなのに、どうしてこんなに私は服装で悩んでいるのか?逆に飾った服で行って相手がスウェットなんかできたら、中島君に恥をかかせることにならないだろうか。しかし、その逆も然りだ。私がだらしない格好で来て彼はお高いスーツなんて着てきたら、恥をかくのは私だ。幸いにも、私は服を着替えていない…詰まるところ、制服だ。それが最適解だと導いた。
時計の針は5を少し超えた当たりを指す。さほど時間は経っていない。
ならば少し家事をやって、母さんを助けるほかないな。
「だって私いい子だもん——」
デケェ独り言が、虚しく暗い部屋に響き渡る。なんだこれ。まいいや、まずは溜まっていた食器洗いをやる。食器乾燥機を買うほど裕福ではないので、一つ一つ手洗いだ。制服が濡れると嫌なので、一応エプロンをした。
いったい何日溜め込んだのかは知らないが、見るだけで気が滅入る量はある。むしろ洗剤が足りるのか心配になるレベルだ。
今日学校でやった内容を頭で復習しながら、黙々と作業を進める。時間とかを気にしなくちゃいけないので、ヘッドホンはしなかった。
——少しすると、突然インターホンが鳴った。その音で集中が切れてしまったのでふと時計を見ると、6時45分を表していた。時間がやべぇ。てか皿も終わってねえ。しかしながら、まずは来客の対応が先である。
そしてインターホンの画面に映っていたのは、ペスト医師を彷彿とさせるマスクを被った男だった。こんなの、どう考えなくても怪しい。見事なまでの不審者のコスプレだ。なぜこんな格好のやつが、私の家をアポのなしに訪問してきたのか、私は脳みそをフルスロットルにして考え始めた。
例えば、こういう服を着て人を怖がらせる趣味を持った宅配の人の可能性だってある。それだったらただの居留守だし、宅配の人にも悪い。いや現実見ろ、そもそも人を怖がらせるために宅配やってる人なんているか?モ●スターズ・インクやん。
もしかしたら、心霊現象の一つかもしれない。それなら、滅多にないイベントだなーっと思ってしまう。
どっちみち、出ないのはどこか忍びない。けど、なんかしらの危害を加えられる可能性だってある。すでにインターホンがなって数十秒経っている。それを天秤にかけてる余裕はない。私は咄嗟に倉庫がわりの部屋に駆け込んで、父さんが残していったごついエアガンを装備し、家のドアを開けた。
ドアを開けた後、その不審者は解読不可能なデスボイスのようなものを小さく発して、私にトランプのようなもの1枚、裏で差し出した。
てっきり私のことを襲いにくると思っていたので、どこか肩透かしを食らった気分でいると、いつのまにかそのトランプは私の右親指と人差し指の間に挟まっていて、ペスト医師のコスプレをした人は跡形もなくなっていた。
脳の整理が追いつかない中、時間に追われる中、私はそのトランプを表にして、その数字を確認した。
「24?」
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