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鑑定〜時間のマナ

鑑定(シャント)を頼めるかしら」とシスター。

「おいで」ラトナは僕を奥の小部屋に案内した。木彫の壁で八面が囲われていて、サイズ的には懺悔室のような空間だった。もっとも2人の間に仕切りはなかった。

「初めて?」とラトナ。

 金色の目が僕を見た。瞳孔が縦長だ。

 唇にかかった髪をふっと吹いた。

「ええ」

「シャントはとてもマナの影響を受けるんだ。だからまじないをかけた壁で囲ってある」

 膝が当たりそうな小さいテーブルを挟んで座った。そうしてみると彼女の脚がすごく長いのがよくわかった。

 彼女はテーブルに置いてあったほぼ正四面体の水晶を自分の額に押し当てた。

「水晶にはマナの成分を分析する性質があるんだ」

「スペクトル分析。光ですか」

「スペ……、よくわからないけどたぶん君のイメージしたもので方向性は合ってるよ」

「マナにも成分とかあるんですね」

「知らなかった?」

「意識してなかったというか」

「まあいいや、じゃあ、始めるから」

「はい」

「――叡智の主、水の精、この者に与えられた恩寵の業を我が瞼裏に写せ」

 ラトナは目を瞑った。なんだ、水晶に直接映るわけじゃないのか。こっちは彼女の実況で察しをつけるしかない。

「なんだ……空気がぐにゃぐにゃして……手か。わかった。これは収納だ」

「アイテムボックス?」

「そう。そういう言い方をしてもいい」

「あの、亜空間に何でも放り込むことができて、重さは感じないっていう」

「なんでもかどうかは、キャパシティ次第かな。試しに何か入れてみようか」

 魔術を使うと僕は気絶するはずだ。レートにもよるだろうけど、短時間なら問題ないか……。

「まあ、やってみます」僕はとりあえず手を上に向けて火の魔法を使った時のポーズをとった。「でも、どうやって呼び出せば?」

「いいよ、お手本を見せてあげる」

「お願いします」

 ラトナは「ポーチ」と唱えた。するとその手元に真っ黒いひずみが生まれ、手を近づけると剣の柄のようなものがにゅっと顔を出した。ラトナが引き抜いたそれはレイピアだった。「ホール、ゲート、チェスト、文言は人によって色々あるけど、スキルは固有のものだからね。そもそも何か言わないといけないのかというのも絶対じゃないし」

 僕はとりあえず腰の高さに手を翳して、今見たとおりのものを念じてみた。

 何も起こらなかった。

 それから、「ポーチ」、「ホール」、「ゲート」と唱えて、「ゲート」で空間が開いた。

「いいね。安定してる。何か入れてみよう」ラトナはレイピアを差し向けた。

「ちょっと待って」ゲートを突き抜けたら脇腹に刺さる位置だ。いくら鞘に入っているといっても痛いに違いない。

「大丈夫、先っちょだけだから」

「ゆっくりやってください」

「おお、全然キツくない。もっと入るよ」

「先っちょだけって言ったじゃないですか」

「ゆっくりやるから大丈夫」

「やめっ……」はじめから壁に背をつけているようなものなので逃げ場がない。

「ほら、入る入る。これは私のより深いかもしれないわね」ラトナは両手でレイピアを支えた。

「まさか、中で抜いてませんよね?」

「わかってるわかってる。ちゃんとかぶせたままにしてるって」

 中の様子は見えないけど振り回しているみたいだ。ラトナの手首までゲートに突っ込まれていた。

「すごいね、全然奥に当たらないよ」ラトナはそう言ってやっとレイピアを外に出した。

 僕はほっとして腰を下ろした。ゲートが消えた。集中を切らすとゲートも閉じるようだ。

「中に何が入っているかとか、重さとか、そういうのは僕自身にも感じられないものなんですね」

「そう。きにならないでしょう? だからキャパシティが大きければ荷物の運搬に重宝するのよ。装備もそうだけど、特に手練の冒険者になると狩れるのに持って帰れないという獲物が多くて1日の稼ぎが頭打ち、なんてことはよくあるから」

「重宝されると」

「収納スキル自体はそんなに珍しいものじゃないの。でもほとんどの場合キャパシティとしてはこれくらい、一抱えくらいかな。私でも大きい方よ。人より大きい獲物なんてまず入らない」

「なるほど」


 小部屋を出るとシスターが横の壁に寄りかかって待っていた。部屋の中の様子が気になっていたようだ。

「スキルの話をしていたのよね?」とシスター。

「ん? それはそうよ。シャント室だぞ?」

「密室でもあるわ」

「うん……?」

「入れるとか入れないとか、抜くとか抜かないとか、初対面でずいぶん気に入ったのね、と思って」シスターは首を傾げた。

 ラトナはそこでやっと気づいて目を泳がせた。瞳孔が丸くなった。

「収納スキルの話だよ、ばか、誤解だ」

「見えてる人たちはいいでしょうけどね。せめて声を落としたら……」

「わかってたなら止めてよ」ラトナは僕に肩をぶつけた。

「僕は一貫して嫌がってましたが」

「んなっ……」

 受付さんがカウンターの端からこちらを覗き込んでいた。目が合ったので僕は愛想よく会釈を返した。


 建物を出たところで僕はあることに気づいた。

「あっ」

「どうしました?」

「眠くならないな、と思って。スキルってマナを消費しないんですか」

「消費しない、というわけではないのですが、もともと自分の体の中に巡っているマナの流れを操作するのがスキルなので、外から吸い込んだり、逆に外に漏れ出すマナはごく微量なのです。それに対して、魔法は大地や空気中のマナに呼びかけ、集めて使うものです。極端な話、体内にマナがなくても、周囲のマナと(えにし)を持ってさえいれば魔法を扱うことができます」

「僕もこの世界と縁を持っている、と?」

「だとしたら、眠くなるという、私たちとは異なる反応が出るのは変です。だから、逆ではないかと」

「逆?」

「テツヤさん、もしかして向こうの世界でも時間の流れはこちらと同じではなかったですか?」

「ああ、そうですね。それは確かめました。こちらでも、むこうでも、1日は24時間、1週間は7日、月や年はまだ知りませんが、何より、持ってきた時計に狂いが出ていない」

「やはり、ですね。マナには時間の()をとるものもあるのです。テツヤさんはこの世界の大地や空気と縁を持たない。じゃあなぜマナを集められるのかというと、たぶん時間なんです。唯一かつての世界から引き継げた縁が時間で、時間からすべてのマナを得るために、使うと体の外側と内側に時間の歪みが生じて、実際的にはそれが眠気として感じられる、ということではないでしょうか」

「そうか、魔法の引き換えにできるものが時間しかないから」

「今朝話を聞いてから私も不思議だったもので、根拠があるわけではないんですが、そう考えるしかないかなって」

「なるほど。なんとなくですが腑に落ちました。ただ、縁というのが、どうなんでしょう、この先この世界に居続ければ結ばれていくものなのか……」

「それはなんとも言えません。伝承にも魔法の行使については特に記述がないのです。なので、結ばれるかもしれないし、結ばれないかもしれない。結ばれるとしても、それこそ時間のかかるものなのか、かからないのか……」

「まあ、構いません。いずれにしても魔法に頼らないというのが現行の方針ですから。そこは変わらない」

 シスターは敷地を出て道を渡った。

「市に寄っていきましょう。今夜の支度をしないと」

「ええ、助かります」

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