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上空〜着水

「メール見ました」僕は千手院部長に電話をかけた。

「ああ、電源の件ね。端的に言うと交流電流を作るためのインバーターの前に直流電流を141ボルトに整えるためのコンバーターが必要なんだね」

「コンデンサやダイオードの作り方もありましたが。というか洒落にならない分量でしたが」

「買って送るわけに行かないんだもの。一応DIYとは銘打ったけど、そういうレベルじゃないかもしれないね。いや、安直なことを言っちゃったなと思ったよ」

「見事に騙されましたが」

「ごめんごめん」

「いや、どちらかといえばすごく感謝してるんですが」

「どちらかといえば、ね」

「回路図はまああとで見直すとして、材料としては、極論、導体と絶縁材とハンダがあればいいわけですか」

「極論ね。まあ、具体的にはリストのとおりなわけで」

「ええ、ちょっと待ってください。――シスター、仕事で入用なものの話なんですが、銅線って手に入りますか」

「銅線? 針金みたいなものですか」

「そうです。ぐるぐる巻けるくらい長くて軟らかい金属線です。素材が銅だと嬉しいんですが」

「ないことはないと思います」

 絶縁体、つまりガラスやゴムはすでに見た。問題ない。

「スズを溶かして金物をくっつける技術はありますね?」

「ええ、はい」

 何の質問なのか気になっているようだけどシスターは訊かなかった。

「部長、一応大丈夫そうです」

「うん、了解」


 僕は息抜きにコクピットの開口部から顔を出した。風が冷たい。が、風圧はさほど感じない。体感では高速道路よりも遅いスピードだ。

「仕事の話?」ラトナが訊いた。

「ええ」

「ヤな顔してる」

「え?」

「また面倒なことを頼まれたって顔してるわ」

「頼まれたんじゃなくて、僕が頼んだことの答えが返ってきたんです」

「その答えが面倒臭かったと」

「まあ、想定よりは」

「想定外?」

「想定内の上振れです」

 ラトナはけらけら笑った。前からくる風のせいでなんとなく清々しかった。


「何を頼んだの?」とラトナ。

「僕の仕事は電気が生命線なんですけど、今のところ電気を起こせる道具が1つしかないんです。予備の手段を用意しようとするとかなり難しくて。いや、不可能ではないんですが、手間がかかる」

「ああ、だからシスターに訊いてたのね。何が必要だとか」

「そうです。銅線とスズです」

「鉱物ね。ベタからは採れそうにないな。電気だったら、電撃を飛ばしてくるベタもいるけど」

 とりあえず僕はソーラー充電を活用する方向に思考を切り替えた。

「光るベタはいないですか」

「光るベタね……。図体そのものがっていうのは見たことないな。電撃も光じゃなくて?」

「強くて、時間的に長いこと光ってる――要は明かりになる」

「強いことは強い。でも時間か。魔法なら明かりはあるんだけど」

「それだって何時間も持つものじゃないでしょう。マナが枯れたり……」

「ベタがうようよしているような場所ならマナが溜まってるから枯れることはないはずだ。まあ、でも、魔法を使うと眠くなるとか」

「そう。だからベタから直接搾取できたらと思ったんです」

「捕まえて、家畜みたいに、か」


「しかし勤勉だね。いい口実になりそうなのに」

「口実?」

「予備が間に合わないまま生命線が切れたら、合法的に休めるわけでしょ」

「そういうことはしたくない。やることやって仕方なし、というのならまだしも」

「道義だ」

「ええ」

「道義なら騎士にもある。始祖の時代にモディと戦った12勇士が騎士階級の端緒だからね。いくら面倒でもモディの相手はしてやるんだよ」

「口のわりにあなただってよく働く」

「それ褒め言葉?」

 ラトナは頭の後ろで手を組んでボンネットに足を乗せた。


「下れ、下れ。あの池を目指そう」ラトナは地図と眼下の地形を見比べながら指示した。

 メサの森は台地の上にある広大な原始林だった。上から見るとよくわかる。木々が切れているのは川や池の周りだけだ。

 ラトナの龍は高度を下げて細長い池の周りをぐるりと旋回した。

 僕がこの世界で最初に見たのとは別の池だ。

 岸に他のグライダーが引き上げられていた。

「先客がいますが」

「あっちの管轄は池の左側だよ。私たちは右側」

 龍は池の軸線に合わせてロープが弛むくらい低速で飛ぶ。あとはラトナの仕事だ。ハンドルを引いて機首を上げ、着水。飛沫が透明なカーテンのように広がり、機内にはドンと重い衝撃が走る。

 がくんとスピードが落ちる。さすがに龍も滞空できない。かといって近くに陸もない。龍は反動でやや喫水の浅くなったグライダーの背に飛び乗った。そうか、このために補強の鉄板を打ってあったのか。

 グライダーは惰性で進んでいく。頃合いでラトナが人間離れした跳躍で岸に飛び移り、ロープを引いてグライダーを引き寄せた。

「おいで」と龍を岸に移らせ、「引け、引け」とパワーを借りてグライダーを陸揚げした。先客のグライダーとはちょうど対岸の位置だ。

「お疲れ様、しばらく休みな」

 龍は一度味見してからがぶがぶ池の水を飲み、前足を浸して体を冷やした。

 その間に陸側を切り開いて周囲を確かめる。ラトナは短刀を振って慣れた手つきで下草や低木を払っていく。

 ただ、背の低い植物が茂っているのは森と岸の間の細長いエリアだけで、森の方に入っていくと一面の落ち葉、時々地衣類といった具合になる。日当たりが悪すぎて何も育たないんだな。木々の枝葉で蓋をされたみたいに暗い。幹も太く歪なものが多く視界を塞いでいた。

 ラトナは手頃な木を選んでひょいひょいと幹を上り、樹冠のすぐ下の高さから辺りを見渡した。

 指笛。鋭い音がこだまする。聞き覚えがある感じだな、と思ったけど、テレビ電話のマイクエラーで聞こえるハウリングに似ていた。

「見てみな。あそこに電気シカのはぐれオスがいる」とラトナ。

 一応目を向けてみたけど、真っ暗な空間が広がっているだけだ。登るとそれだけ視界が広がるということか。

「そっちに少し高くなったところがある。そこにキャンプを張ろう。あまり低いと床がしみるからね」


 我々はグライダーから荷物を下ろして森の中に運び入れ、丘の上に天幕を張った。布にステインとニスを塗り込んで防水性を持たせてある。6畳1間といった広さだ。甲冑を着込んで入ることも想定しているのか天井も十分高い。

 ところで寝る場所は分けるのだろうか。シスターとラトナが天幕で、僕がグライダーの中か。逆ということはなさそうだ。

 とりあえず池の前でしばらく休んでから森の奥に分け入る支度に取りかかった。

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