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グライダー〜技術水準のこと

「そういう発想に至らなかったもので、すみません、気づいていたらその荷物ゲートで運べたんですが」

「気にしないでください。言わなかったのは私ですから」シスターはニコニコしていた。こうなるとうっかりというわけではなさそうだ。


「伏せ、伏せ。乗るよ」ラトナは助走区画まで龍を引いてきて指示を出した。

 1人用の鞍といっても、造りが長めな上にデサント用の足がかり手がかりがあちこちについていて、3人くらいなら想定内といった感じだ。跨った感覚はビッグスクーターに近い。最も不慣れな僕を先頭に、ラトナが手綱を引いて2番目、シスターが最後尾だ。

「行くよ。――走れ、走れ。飛べ、飛べ」

 ラトナの龍は丸太に足をかけて踏み出す。最初の2歩が一番揺れた。

 掴まって耐えているうちに進空、あとは羽ばたきの反動、単調な縦揺れだけだ。

 家々の屋根の黒いスレートが足元を流れる。


 そのまま2人と密着して飛び続けるのもなんだか気恥ずかしいというか、いやむしろありがたいような気分だったけど、龍は低空を維持して城壁を西に抜けたところでむしろ高度を下げた。

「メサの森というのは南では?」

「見てみな」ラトナは眼下を流れる川を指差した。平原に流れる緩やかな川だ。川幅の5倍くらいある広い河川敷を従えている。

 そう、その河川敷が問題だった。

 僕は妙なものを見た。どう見ても飛行機だった。クランク状に掘り込まれた川岸に飛行機が並んでいるのだ。

「グライダーだよ」ラトナが言った。

 ラトナの龍は川岸に設けられた助走区画に降り立った。

 グライダーは近くで見ると布張りで、舟形の胴体下部が木製、背中の一部が鉄板張りだった。技術レベルは複葉機とか軟式飛行船の時代を思わせる。グライダーというだけあってエンジンはない。ついでに車輪もなかった。ソリで滑るか水上滑走なのだろう。川幅を広げてあるのは穏やかな水面を作るためだ。龍の鞍にジブがついている理由もわかった。ロープを繫いでグライダーを牽引するためだったのだ。

 グライダーの図体は龍が翼を広げたのと同じくらいで、オープンカーのような風防付きのコクピットがあり、その後ろに機内スペースが設けられていた。容積はワンボックスカーと同じくらいだろうか。やや細長い感じだが。

 色はどれも白く塗ってあり、背中の真ん中の鉄板部分に持ち主がわかるようにマークが描かれていた。

 我々はコクピットの開口部から荷物を運び入れた。驚くことに操縦装置も現世の小型機並みだ。造りの精度はともかく、ハンドルとペダルがついていた。

 すでに奥の方に積み込まれた荷物があるのを見るところ、ラトナは一度ここに来てある程度の旅支度を整えておいたのだろう。明らかに龍の背に載せ切れる量ではない。大荷物の時はグライダーを使う方が便利なのだ。


 機首を岸側に突っ込んでいるので翼の前縁を押して水面に押し出し、クランクの長手方向に機軸を合わせた。水に浮かぶと喫水線の高さは胴体の厚みの半分くらいだ。コクピットの縁に座って足を垂らせば爪先が浸かるくらい。

「走れ、走れ。飛べ、飛べ」ラトナが声をかける。

 龍がロープを引いて岸を走る。当然グライダーは岸に寄っていこうとする。ラトナがペダルを踏ん張って直進させる。船底が水面を叩いて揺れる。

 龍が飛び立つのに合わせてグライダーもふわりと浮き上がった。振動も消える。

「登れ、登れ」

 上昇はさっきよりもかなり緩やかだ。が、時間をかけてもっと高度を上げる。川のせせらぎが遠ざかり、鳥の鳴き声も聞こえなくなった。

 龍は気流を探して街全体を俯瞰できる高さまで登った。羽ばたきを止め、風に乗る。高度が下がっていく感じはない。ラトナはボンネットの上に走るレバーをこんこんと叩いて針路をやや左に調整した。牽引用のロープが2本に分かれていて、それぞれ振動が龍に伝わるようだ。ざっくりした指示は掛け声だが微調整には振動を使うわけだ。


 僕はグライダーに感じた違和感について改めて考えてみた。

 現世の中世には輸送用の実用グライダーなんか存在しなかった。当然だ。ドラゴンがいない。人が乗れるくらい大きなグライダーを牽引できるような大きな飛行生物がいなかったのだ。

 違いを生んでいる原因はほぼ間違いなくドラゴンだ。そもそもドラゴンを乗り物や輸送手段として使う文化があって、より多くの荷物を運ぶ要請からグライダーが発明されたのだろう。馬や牛に対する馬車・牛車と同じだ。

 現世にだってライトフライヤー以前にグライダーが存在しなかったわけじゃない。ただそれらは鳥の翼や鳥の全身を模したものがほとんどで、近代以降の飛行機の形態とは全然似ていない。原始的といってもいい。

 つまり僕が感じた違和感の出どころはグライダーの存在そのものではなく、その洗練された姿形にあるわけだ。

 僕はこっちの世界の馬車には違和感を覚えなかった。馬の違いはあっても荷車の技術が同じくらいのペースで発達してきたからだろう。飛行技術はそうではなかった。こちらの世界の方が進みが早いのだ。

 いや、逆だ。

 現世の中世に飛行技術の発達がなかったせいでこちらの世界が進んでいるように見えてしまうのだ。

 こちらの世界にとってみれば飛行技術は順当に進歩し、順当に洗練されてきたに過ぎない。決してオーバーテクノロジーではないのだ。

 現世の自動車がエンジンを乗せた馬車から始まったように、こちらの世界ではいつかエンジンを乗せたグライダーが飛行機になるのだろう。現世にあった飛行機の形態の試行錯誤・紆余曲折はたぶん飛行機械と動力飛行が同時に開発されていっために生じたものだ。きっとそんなものを経ずに一足飛ばしに発達していくことになる。


「降りるまでどのくらいですか」

「もう1時はかからないだろうね」とラトナ。

 僕はコクピットの日向にソーラー充電器を広げた。

「驚いていたわりにビビらないね。この高度、怖くない? テツヤの国では魔法で飛ぶのが普通だったりする?」

「いや、こういう航空機はありますよ。龍で引っ張るってのが新しいだけで」

「ふぅん」

 

 メールチェック。千手院部長からインバーターのDIYという題で1件届いていた。

 一見中世だけど、「始祖様」の文明といい、グライダーといい、進んだ技術を取り込む素地は思った以上にあるのもしれない。僕はこの世界の可能性を感じながらメールを開いた。

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