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放課後ストーリー

作者: ざるうどんs

「お前、幼馴染いたよな?」


「いますけど……?」


「今度の選考会、俺が勝ったら紹介してよ。」


──放課後のチャイムが、一日の終わりを告げる。鳥籠から放たれた鳥の如く、教室から各々の目的の地へと飛び出す。閑散としていた廊下が息を吹き返し、賑わいをみせはじめる。足早に帰宅する者、部活に向かう者、教室に残り青春を謳歌する者。全てにストーリーがあり、かけがえのない時間なのだ。


私はそのかけがえのない時間を、ある男の子と過ごしていた。彼は野球部で、幼稚園から高校まで一緒の幼馴染だ。私は彼の勇姿を目に焼きつけるべく、グラウンドに向け駆ける。


グラウンドに着くと、既に野球部はアップに入っていた。フェンス裏には女子が集い、黄色い声援でグラウンドを包んでいた。うちの高校はいわゆる強豪校と言われる部類で、女子に人気を博していた。


その中でも、特にエースは人気者であった。顔良し、頭良し、性格良しの三拍子揃った完璧超人である。ここにいるほとんどの女子は彼が目当てであるという。そんな完璧超人と付き合うのはどんな人なのだろう。そんなことを考えながら、私は幼馴染を探す。私はグラウンドから少し離れたところで腰を下ろす。


今日の彼はどこか浮かない面持ちであった。それもそのはずである。この後、大会に出るメンバーの選考会があるのだ。彼だけではなく、野球部全体の空気が重いのをひしひしと感じていた。重苦しい空気の中であっても、刻一刻と時間は経過した。そして選考の時が訪れた。


彼のポジションはショートという守備の要であり、選考では守備力とバッティング力が評価される。監督を中心に輪を形成していた選手達が、自分のポジションへと散らばる。監督が打ったボールを捕球することで、守備力を測るようだ。


緊張を紐解くように、選手が声を上げる。彼の番になり、監督がボールを放つ。ボールは土煙を纏いながら彼の元に鋭く転がっていく。彼はグローブを構える。しかし、ボールは無常にも急に軌道を変えて跳ね上がる。


「あっ!」


私は思わず声を上げ、立ち上がっていた。そんな私とは裏腹に、彼は冷静であった。少し前に詰め、ボールが跳ね上がった瞬間にグローブに収めたのだ。ショートバウンドという、少し難易度の高い捕球方法だ。私は胸を撫で下ろし、座り直す。その後もボールを逸らすことなく捕球し続け、守備力の選考を終えた。


少しの休憩を挟んだ後、バッティングの選考が始まった。エースが投げたボールを打ち、バッティングを評価するようだ。


彼がバッターボックスに向かう。一瞬神妙な面持ちでこちらを見た気がするが気のせいだろうか? エースへの黄色い声援が飛び交う中、エースがボールを投げる。強豪校のエースなだけあり、素人目でもわかる完璧な投球であった。それでも彼は食らいつきバットに当てたものの後ろにボールが飛ぶ。その後も食らいついていくが、なかなか前に飛ばない。しかし、彼の目は諦めていなかった。そんな彼の表情に、全身に鳥肌が立つ。


「頑張って!」


私は気がつくと黄色い声援を遮り、叫んでいた。私らしくもない……彼は、私の声に気がついて少し驚いた表情を浮かべる。彼は返事の代わりに大袈裟に親指を立てると、私に微笑みかけた。


──「ダメだったわ……」


無理やり作った笑顔で、彼はそう言い放つ。


「そっか……」


私は、彼の好物のパルムが入った袋を握りしめる。


「あと、この人うちのエースなんだけど今度一緒にお茶でも行って……」


エースと共に私の元に来ていた彼が、エースを指さしながら話す。


「いや、ちょっと待って! 前に話した賭けの話は嘘だよ。」


エースが彼の言葉を遮る。


「えっ? どういうことですか?」


彼は呆気に取られている様子であった。


「詳しくは言えないけど、なんか勘違いして不貞腐れてたから、ちょっと利用させてもらっただけだよ。誰の為に、いつも応援に来てくれてたのか幼馴染ちゃんに聞いてみな。俺はもう行くね。おつかれ。」


そう言うとどこかへ行ってしまった。


「ねえ、今の話どういう意味?」


私は彼を問いつめる。


「……あのさ、いつも応援来てくれるのってなんで?」


彼は今まで見た事ない、真剣な眼差しで私を見つめる。


「幼馴染が頑張ってたら応援するの当然じゃん。」


少しの間を置いて私は口を開く。


「うちのエースを見に来てたんじゃないの? なんか勘違いしてたのダサいな……しかも、結局負けちゃったし、ほんとダサい……俺ってほんと何もかもダメダメな奴だな……」


「 違う! 今日粘ってたじゃん。それは今までの積み重ねがあるからだよ。私は知ってるよ。雨が降ろうと、雪が降ろうと毎日、バットを握りしめ素振りに勤しんでいるの。何度も何度も手にたくさんの豆を作って、今では硬くなってるのも知ってる。そんな頑張ってる人がダメなわけないじゃん! 私の好きな人を悪く言わないで!」


私は彼を抱きしめる。また、らしくないことをしたなと思いながらも衝動が止められない。恋は麻薬だ。恋に落ちたその瞬間から、彼の事ばかり考えてしまう。その後並んで食べたパルムの味は、いつも以上に濃厚に感じた。この味を一生忘れる事はないのだろう。これが私の放課後ストーリー。

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