第四十一話①『海』
長期休暇である夏休みの宿題を終えた嶺歌はそれ以降、魔法少女活動を続けながら友人と遊ぶ日を繰り返し夏休みを謳歌していた。
そしてあっという間に夏休みの最終日がやってくる。嶺歌はこの日を今か今かと待ち侘びていた。
(兜悟朗さんにようやく会える)
あれ以降会う事は勿論、連絡すら取っていない嶺歌は彼と何かしらのことをできるという事実に喜びを隠せずにいた。
家では終始口元が緩み、母からは訝しげな目を向けられたりもした。だがそれほどまでに嶺歌の心は天にも昇る思いであったのだ。
(そういえば平尾も来るって言ってたな)
形南と長電話をしたあの日、平尾も誘っていいかと相談をされていた。もはや断る理由はない。
今度こそ形南と平尾がくっつくチャンスなのではないかと思う。
嶺歌はすぐに了承すると形南も嬉しそうに喜んでおり、お互いにとっての大切な日となるであろうその日を楽しみにしていた。
「これでいいか」
嶺歌は日焼け止めを塗り終えながら自身の持ち物を再度確認する。
今日の服装は涼しい素材のトップスにウエストリボンでしめる短パンスタイルだ。靴も海ということでサンダルである。
水着は衣服の中に既に着用しているものの肝心の下着を忘れていないかの確認も兼ねて、他にも海に欠かせない必需品を事細かくチェックしていた。
海に出向くということで荷物もそれなりにある事から今回は形南の強い提案で車での移動になっている。
しかし今回はリムジンではなく乗用車を使用するらしい。
これは形南の平尾への配慮なのであろうと予測できた。平尾は目立つのが嫌いな人間なため、形南も彼の気持ちを優先したかったのだろう。
形南と平尾を見ていると本当に互いを思い合っている事がよく分かる。もどかしすぎるこの状況も、しかしこの両片思いの二人がどのようにしたら交際までに至れるのか、そう遠くない未来に知る事ができるのかもしれない。
そんな事を考えていると約束の迎えの時間がやってきて、嶺歌は急いで玄関先に向かう。
すると珍しく早起きの嶺璃が「れかちゃん行ってらっしゃ~い」と眠そうな目をこすりながら見送りをしてくれていた。嶺歌は可愛い妹の頭を撫でながら行ってくるねと笑みを向け自宅を出る。
そして鍵を閉めると、足を進めてエントランスの方まで向かう。
嶺歌の足は自然と浮き足立ち、思わずスキップを踏みそうになる程軽やかで楽しさが溢れ出ていた。
「嶺歌! おはようございますですの!」
久しぶりに会った形南は嶺歌のよく知っている形南であり、可愛らしい朗らかな笑みを向けてこちらに挨拶をしてきた。
嶺歌もそんな友人の形南に笑みを向けて元気よくおはよ! と挨拶を返す。
自宅の位置関係的に平尾の前に先に嶺歌の家に来てくれたようだった。
嶺歌はいつものように形南の後ろに控えている兜悟朗に目線を向けて「兜悟朗さんもおはようございます」と声を出す。
兜悟朗は目が合った瞬間から柔らかな笑みをこちらに向けており、優しい声色で言葉を返してくれていた。
「嶺歌さん、お早う御座います。本日は宜しくお願いいたします。お荷物をどうぞこちらに」
そう言って嶺歌の手荷物をそっと受け取ると、彼は車のトランクを開けて嶺歌の荷物を丁寧に乗せてくれる。
今日の彼は海に行くせいか、いつもより爽やかな青年に見える。嶺歌はそんな兜悟朗の姿に見惚れながら、横にいる形南の視線を感じた。
彼女はキラキラと零してしまいそうなほどの瞳をこちらに向け、両手を絡めて嶺歌たちの様子を見つめていた。
途端に嶺歌は冷静になり、一つ咳払いをするとそのまま車の中へと乗り込む。
今回乗車する車は以前兜悟朗に乗せてもらった私用車ではなかった。高円寺院家の所有物らしい。
光沢のある綺麗なシルバーのベンツは見ただけで高級車なのだと理解できる程に輝いている。
手入れが行き届いているのが素人目でも分かるくらい、汚れひとつ見当たらない美しいベンツだった。きっとこの車の管理も兜悟朗がしているのだろう。
嶺歌の荷物をトランクに入れた兜悟朗は迅速に運転席へ乗ると、そのまま車を発進させる。
(兜悟朗さんの運転て……本当落ち着く)
車に揺られながら嶺歌はそんな事を思った。今回嶺歌と形南は後部座席に座り、平尾が助手席に乗る形となっている。
嶺歌は後ろから見える兜悟朗の姿を気付かれないようにそっと盗み見るのであった。
next→第四十一話②




