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第三十五話①『デートとして』



 それからも夏休みはあっという間に時間が過ぎていき、八月を迎えていた。


 嶺歌(れか)は早朝の魔法少女活動に出向きながらそこで形南(あれな)がいつも乗車している黒いリムジンをとあるビルの屋上から目にする。


 この近辺でリムジンを見掛けることは形南のリムジンしかない為、彼女が乗っている事は間違いなかった。


(あれ、こんな朝からどこに行くんだろ)


 形南との家は決して遠い距離ではないが、形南が嶺歌に用でもない限りこの辺りに彼女が足を向ける事はなかった。


 平尾の家も嶺歌とは真逆であるため嶺歌には心当たりがない。形南が連絡もなしにこちらの元へ訪れる事もなかったため疑問は更に深まる。


(今日はとりあえず切り上げるか)


 数件の依頼を達成していた嶺歌は急ぎ足で自宅に戻るとすぐ人間の姿へと戻り始めた。


 そして起きたての寝癖を付けた元の姿に戻ると、スマホを手に取り形南にレインを送ってみる事にした。


『あれなのいつも乗ってるリムジン見掛けたけど、今日は何かあるの?』


 このような内容のメッセージを送るとすぐに形南から返事が返ってきた。


『嶺歌おはようございますの! 本日は偶然こちらでお稽古があるのですよ。まさか嶺歌が見られていたとは思いませんでしたの! 嬉しいですわ』


 形南(あれな)の絵文字付きのその返事に嶺歌(れか)は頬が緩むのを感じながらそうなんだと返事を返す。


 すると形南は次にとんでもない提案をしてきた。


『嶺歌の本日のご予定はありますの? もしないのでしたら(わたくし)が不在の間に兜悟朗(とうごろう)とデートでもなさるのはどうかしら?』


「でっ!!!? デート!?!?!?」


 思わず声に出てしまう。まさかすぎるその展開にしかし嶺歌の胸の鼓動は一気に高まり、他でもないそれを望んでいる自分がいる。


 それに今日は本当に一日何も予定がなく、まさに打って付けの日であった。


 嶺歌は慎重に形南のメッセージを見返しながら思考を巡らせていると形南は立て続けにこのようなメッセージを送りつけてきていた。


『兜悟朗には嶺歌をエスコートするように指示を出しておきましたの。(わたくし)はこれからお稽古ですので、お返事が出来なくなるけれど、ご予定がありましたら遠慮なく兜悟朗に仰ってね!』


 そんなメッセージの後に『ファイト!』と書かれた小動物のスタンプが送信される。


 形南は嶺歌と兜悟朗の関係に積極的だ。とても嬉しい事だが心の準備が一切なかった嶺歌は柄にもなく緊張感に襲われながら形南にお礼のレインを送り返し、そうして兜悟朗にもレインを送るのであった。




嶺歌(れか)さん、お暑い中本日はお越し頂き誠に有難うございます。お暑いですがいかがお過ごしでしょうか」


 兜悟朗(とうごろう)には数十分の間待ってもらい、急いで準備に取り掛かった嶺歌は自身を完璧な体制に整え着飾ると意気揚々と自宅を出る。


 今日は白いワンピースにくすんだグリーン色のシアーシャツを羽織って、足元は歩きやすように真っ白なレースアップのスニーカーで挑んでいた。


 カバンは持ち運びやすいよう肩掛けの小さなアイボリー色のショルダーバックを身に付けている。


 髪の毛をまとめる時間はなかったため、寝癖が目立たないよう編み込みをしてからゴールドのヘアピンをこめかみに施していた。


「兜悟朗さん、こちらこそありがとうございます。暑いけど元気です。兜悟朗さんも変わりないようで」


 兜悟朗は猛暑にも関わらずいつもと変わらないかっちりとした執事服を逞しく着こなしている。暑そうな様子が見えない彼は涼しげな表情で爽やかにすら見えてくる。


 ドキンドキンと胸が弾むのを体感しながら嶺歌は兜悟朗にエスコートされるがままにリムジンの中へと乗り込んだ。


「本日はご希望の行き先などありますでしょうか」


 嶺歌がリムジンに入ると兜悟朗も素早く運転席へと戻り、そんな問い掛けをしてくれる。


 形南(あれな)に急な予定を言い渡された彼は、しかし柔軟に対応しており、そんな姿勢にも嶺歌の好感度は高まり続けていた。本当に、兜悟朗ほど完璧な人間を見た事がない。


「えっと、すみません。あたしも急な事だったのでちょっと思いつかなくて」


 兜悟朗(とうごろう)と行ってみたい所は数え切れない程あるのだが、今の状況に胸がいっぱいな嶺歌はそれ以上の事に頭を働かすことが出来ずにいた。ゆえにここは兜悟朗に選んでもらいたいというのが本音である。


 それに兜悟朗と二人でデートができるのなら、どこだって嬉しい。


 これは紛れもない嶺歌(れか)の本心だ。


「それでしたら僕がご提案しても宜しいでしょうか。僭越ながら先程本日の予定を組ませて頂いたのです」


「え……っ」


 驚いた。兜悟朗はそこまで想定して案を考えてくれていたのだ。


 嶺歌は嬉しさのあまりに言葉を失いながらも兜悟朗のにこやかな笑みに大きく頷いて、彼の提案を肯定した。


 兜悟朗が自分との為だけの予定を考えてくれた事がとてつもない程に嬉しい。


 そんな嶺歌の姿をバックミラー越しに見た兜悟朗は、和やかな声を発しながらありがとう御座いますとお礼の言葉を告げてくる。


 そうして目的地に辿り着くまで黒いリムジンに揺られながら嶺歌は兜悟朗との時間に胸を躍らせていた。



next→第三十五話②(今後は毎日1ページ更新になります)

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