第二十八話③『ドライブ』
そして嶺歌の了承を得た兜悟朗がそのまま車を発進させた先の場所は、夜景が綺麗に見える静かな河川敷だった。
どことなく神秘的な背景は、都会とは少し異なって見え、そんな幻想的な場所に嶺歌は思わず息を呑んだ。
「綺麗……」
リムジンが停車すると直ぐに兜悟朗が嶺歌のエスコートをしにドア付近まで来てくれる。
丁寧に彼から手を差し出されて自身の手を重ねる行為はいつまで経っても慣れそうにない。きっとこの先も、嶺歌は照れながら兜悟朗に手を合わせるのだろう。
兜悟朗は優しい手つきで嶺歌を降車させるとそのまま背後に広がる綺麗な夜景に焦点を当てた。そして隣に立つ嶺歌に言葉を発する。
「こちらの夜景は、形南お嬢様がお一人になられたいと仰られた際に僕がお連れする場所で御座います」
「あれなが……」
「はい。お嬢様がお気に入りの御所なのです」
目を開いただけで全てが美しく見えるその風光明媚な情景に、嶺歌は目を奪われる。
形南がよく訪れる場所であると聞いて、彼女のお気に入りであろうこの景色を嶺歌にも共有しようと思ってくれた兜悟朗の気持ちがまた嬉しい。
兜悟朗が何を思ってここまで連れてきてくれたのかは分からない。それでも彼と二人で来られた事や、嶺歌を連れてこようとしてくれたその気持ちが酷く喜ばしく、その嬉しい思いは日を追うごとに膨らんでいた。
「凄く綺麗で感動しました。街のはずれにこんな所があったんですね」
嶺歌が率直な感想を告げると兜悟朗は穏やかな笑みをこちらに向けたまま嶺歌の言葉に声を返してくる。
「お気に召して頂けたようで何よりです。嶺歌さんも日頃の活動でお疲れでしょうから、こちらの景色で癒していただければと思い至ったのです」
「……」
(え?)
兜悟朗は和やかな笑みを見せながらそんなとんでもない言葉を口にする。
彼が嶺歌の事を労ってわざわざこんなところまで連れてきてくれたという意図を知り、嶺歌は嬉しさでどうにかなってしまいそうな思いに駆られた。
「僕の身勝手な気持ちではありますが、お付き合いいただき有難うございます」
そう言って綺麗なお辞儀をしてくる兜悟朗は、やはりどこまでいっても紳士的で、眩しく見える。
嶺歌は丁重にお礼の言葉を告げてくる兜悟朗に対して言葉を繰り出した。
「身勝手だなんて思ってません、嬉しかったで、す。あたしの方こそありがとうございます」
そう口にすると、兜悟朗は柔らかく微笑んでから体を川の方へ向けて「深呼吸をするととても心地よいですよ」と提案をしてくれた。嶺歌は彼の言葉に倣ってスウッと深呼吸をしてみる。
すると、心地よい空気と共に自身の中に流れていた日々の疲れが一気に吐き出されているかのようで、想像以上に気持ちが良かった。
あまり体感した事のないこのような感覚を、嶺歌は身をもって体験し、兜悟朗の方を見て笑みを向けた。
「凄く良いですねこれ。気持ちがスッとなりました」
「それは何よりで御座います」
嶺歌の感想に兜悟朗は嬉しそうに言葉を述べる。
彼と一言一言を交わしていく中で、嶺歌の心は先程よりも遥かに温かくなっている感覚がしていた。
兜悟朗との時間は優しく穏やかに過ぎていき、しばらく川辺を眺めて空気を味わっていると「良いお時間ですので、そろそろ戻りましょうか。お送り致します」と彼の方から声を掛けられる。
あっという間に感じたこの時間を、嶺歌は名残惜しく感じながらもしかしそれを表には出さずにはいと答える。
名残惜しくはあるが、それでも帰りの時間で兜悟朗と少しでも一緒にいられる事をまた嬉しく思うのであった。
第二十八話『ドライブ』終
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