第二十二話②『公認尾行』
水族館の前へ到着した嶺歌たちは、形南のレインを見てから、形南と平尾が水族館の中へ入った事を肉眼で確認した。そうして兜悟朗と二人で後に続くように入場口へ歩いていく。
『平尾様と順調ですの♡ 兜悟朗、私と平尾様のツーショットを遠くから写しておいてちょうだいね』
形南からはそのようなレインが届いており、その主人の命令を忠実に守るように兜悟朗は一眼レフを構え、二人を撮影していた。
「音も光も出ないんですね」
嶺歌は率直に思った意見を口にする。
すると兜悟朗は穏やかに微笑みながら「はい。平尾様に気付かれぬようにと慎重に選び抜いたカメラで御座います」と言葉を発した。流石は有能な執事だ。
嶺歌は再び撮影を始める兜悟朗の背中を見つめながら彼の手を抜かない姿に何度目か分からない感心を示すのであった。
水族館の中は思っていた以上に人が多く、運が悪くない限り平尾にバレる心配はなさそうだった。
しかし慎重に慎重を重ね、嶺歌と兜悟朗は彼女らと一定の距離を保ちながら館内を歩いていく。
(あれな楽しそうだな)
暗闇の多い水族館ではあるが、嶺歌は夜目がきく。これは魔法少女の後遺症のようなものだ。
だが便利であるこの目はそのまま暗闇の中でも形南の表情を映し出してくれている。
「順調そうです、あれな笑ってますよ」
嶺歌は兜悟朗にそう言葉を向けると彼は柔らかげな顔をして「嬉しい限りで御座います」と言葉を溢す。
この彼の心底嬉しそうな微笑みは、兜悟朗にとって如何に形南という存在が大切で、守るべき人物であるかをよく知れるものであった。
形南と平尾の尾行に集中し、時にはツーショットを撮影する事に集中していた二人が私語を話す事はなかった。
形南に関する事柄だけを仕事のように話し、後は尾行に時間を費やす。二人は他者が付け入る隙も与えないほど尾行に専念していた。
そうしている間にあっという間に午前中が終わり、形南と平尾は館内にあるフードコードで昼食を摂り始める。
そうして平尾が席を立つと途端に形南からレインの新着メッセージが届いた。
『平尾様とランチですの♡ 嶺歌と兜悟朗もお疲れでしょう。十三時までは尾行をおやめになってゆっくりと休んでちょうだいな』
そんな内容のメッセージが届くが、それでいいのだろうか。
形南の気遣いは純粋に嬉しいが、形南の事だから食事中の尾行も是非お願いしたいですのっ! と言いそうなものである。
しかしそう思っている嶺歌とは対照的に兜悟朗は『畏まりましたお嬢様。ごゆっくりお楽しみ下さい』と迅速な返事を返し、嶺歌の方を見ると「それでは参りましょうか」と和やかな笑みで語りかけてきた。
「ほんとにいいんですか? あれなはああ言ってますけど、二人で食べている写真を撮っておいたら喜ぶのでは?」
嶺歌は率直な意見を口にすると兜悟朗は尚も笑みを崩さぬまま小さく一礼をして「お嬢様を思って下さり有難う御座います」と口にする。
そうしてそのまま言葉を続けてきた。
「ですがご心配には及びません。お嬢様にお付き合い下さった嶺歌さんへのお気持ちと思っていただけたらと思います」
そう言ってから兜悟朗はそっとこちらに手を差し伸べてきた。
「宜しければ私と昼食でも如何でしょうか」
「わ、かりました……」
瞬間嶺歌の顔は熱くなる。兜悟朗に触れるのは慣れないからだ。
しかし払いのける訳にも無視する訳にもいかず、大人しく彼の手を取る。それにしてもこの庶民的な水族館でこのようなエスコートは、中々に気恥ずかしい。
(いや、どんな場所でもこの人だと恥ずかしいんだったあたし)
そんな事を今更にも自覚して、嶺歌は兜悟朗にエスコートをされながら昼食を食べに足を動かし始めた。
昼食は形南たちと鉢合わせないようにフードコードから少し離れたレストランで食べる事となった。
兜悟朗は終始笑顔で「お好きなものをご注文下さい。ささやかながら私がご馳走させて頂きます」と胸に手を添えながら言葉にしてきた。
嶺歌は迷ったが、嶺歌がいやいやと奢られるのを渋ったところで最終的には奢ってもらう形になる気がしてならない。ここは有り難くお言葉に甘える事にしよう。
(今度お礼しよ)
しかしこちらもされてばかりでは気が済まない。やはり性分なのか貸しを作りっぱなしなのは自分の性格に合わなかった。
嬉しい思いよりも遥かに胸のもやが強まるのだ。
これは魔法少女としては正常な感情なのだと思う。味を占めて奢られる事に慣れるというのは、嶺歌にはない選択肢だった。
「ありがとうございます。兜悟朗さんは何を頼むんですか?」
メニューを広げ自身の好みの料理を選出しながら向かいの席へ座る兜悟朗へ問い掛ける。
すると彼は嶺歌と同様にメニューに目を落としながらとある一品を手で差してきた。
「私はこちらを。嶺歌さんはごゆっくりお選びになられて下さい」
兜悟朗は注文の品を選ぶのも早かった。彼が選んだのはサラダと豚肉がセットになったスタミナ料理だ。
このメニューにお米はなく、代わりに豆腐がついてくるらしい。
嶺歌としては、迷っておりますなどと口にしてまだ選び続けるものかと思っていたが、今のを見て改めて兜悟朗の俊敏さを実感していた。
彼にゆっくり選べぶよう言われてはいたものの、嶺歌も内心急いでメニューを決めた。
そうしてそのまま店員を呼び、注文した料理が運び込まれると二人は昼食を食べ始めた。
第二十二話『公認尾行』終
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