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第十三話②『復讐』



* * *

 出来れば口にはしたくなかった。悲しい過去の記憶など、言葉にするだけ時間の無駄だとそう思っているからだ。


 同情は勿論のこと、慰めの言葉すら形南(あれな)にとっては不要なものだった。


 外理(がいすけ)の事は婚約者として信頼しており、一人の人間として好いていた。


 それが恋ではなかっただけで、そうであったとしても二人で将来籍を入れ、子を作り、幸せな家庭を築きあげ幸福な日常を送る事に何の疑問も抱かなかった。


 恋でなくとも、いずれは恋に変わるかもしれない。そもそも尊敬に値する人物で彼と過ごす時間は嫌いではなかったのだ。


 ただ自己主張が高い節があるというだけで目を瞑れば気にならないところだった。ゆえに婚約を解消する理由は形南の中では存在しなかった。


 彼の綺麗に整備された高級な部屋で、服が散らかされ、ベッドの上で身体を寄せ合う二人の男女を目にした時は、吐き気が催したのを今でもよく覚えている。


 目にした瞬間頭に浮かんだのは、ショックでも悲しみでもなく「すぐに婚約破棄しよう」という気持ちだけだった。


 その後川を流れる水のように彼への嫌悪感、裏切られた喪失感、憤りが次第に生まれ、最終的に彼の事を人間だと思えなくなっていた。


 名前を呼ぶ価値すらない。簡単に人を裏切れる残酷で残忍で自分勝手なモノ。そこに感情が宿っただけの人間ではないソレ。形南の世界に外理という人物は粉のように消えていた。


 未練などない。取り返したいとも思わない。ただもう、本当に会いたくなかったのだ。


 だというのに、彼は家が近いせいで顔を合わせることが少なからずあった。


 それだけが本当に苦痛で仕方がなかったのだ。


(困りましたわ)


 そこまで考えて形南(あれな)は眉根を下げる。過去の事はもういい。問題は嶺歌(れか)をどう止めるかだ。


 彼女は真剣な目で復讐をすると口にした。冗談などではない事は彼女の目の奥に宿る抑えきれていない怒りが十分すぎる程に物語っている。


 嶺歌の気持ちは本当に嬉しいものだったが、それでも復讐をするのは問題があった。彼らを案じているのではない。できるものなら復讐はしている。それが出来ない理由が形南にはあるのだ。


兜悟朗(とうごろう)、嶺歌を止めて下さいな。このままでは本当に嶺歌は復讐をしてしまうわ」


 運転席で黙々とハンドルを握る執事に形南は前のめりになって言葉を放つ。


 しかしいつも従順な兜悟朗はその時だけ何故か、主人である形南の言葉に頷きはしなかった。


「お嬢様、申し訳御座いません。(わたくし)は嶺歌さんをお止めするつもりは御座いません」


「……何故ですの?」


 その返答は高円寺院家を裏切るという事だと口にしようとしたところで兜悟朗は再び言葉を口にする。


「嶺歌さんならば、《《そちらの問題に影響が出ない》》ためで御座います。ですので(わたくし)が嶺歌さんをお手伝いするつもりも御座いません」


「あら……?」


 そう告げられ、形南は首を傾げる。暫し思考すると彼が何を言わんとしているのか理解できていた。そういう事だったのだ。


 婚約者に浮気をされたからと、事を大きくし復讐を果たすのは財閥として相応しい対応とは決して言えなかった。


 それが遺憾するものであったとしても、復讐という、財閥に似つかわしくない行動は控えるべきだとそう教育を受けていた。


 家族から大事にされていると自負している形南が、父に懇願すれば復讐の許可を得られることは分かっていた。だがそれでは駄目なのだ。


 家族が、親族がこれまで守り抜いてきた一族の誇りを形南の私的な感情で汚す事は許されない。それは形南自身の願いでもあった。


 だからこそ、浮気を知った兜悟朗が柄にもなく怒りをあらわにし、復讐の許可を求めてきた時も彼を宥め、制した。


 形南としても彼に対する怒りは中々収まる事がなかったが、家族のためを思うと黙っている事しかできなかったのだ。


 しかし復讐に介入するのが高円寺院(こうえんじのいん)家の人間ではなく、嶺歌(れか)ただ一人なら話は別である。


 嶺歌が高円寺院家と親しいという事実を知る者はごく僅かであり、知られたとしても彼女自身が行うのであれば、一族の名に傷がつく事はないからだ。


 この抜け道にすぐ気付く事ができなかったのは彼女の言動に動揺し、失念していたからだった。


――――――『あれなの立場に迷惑はかけないから安心して!』


 先程の嶺歌の言葉を思い出す。嶺歌のあの台詞も今考えれば容易に理解ができる。


 彼女は、形南(あれな)が復讐を躊躇う真の意図を理解してくれていたのだ。


 高円寺院家の者ではない自分が復讐の実行者であれば問題はないだろうとあの短時間で考えてくれたのだろう。


 そんな彼女の聡明さに敬意を示しながら形南は胸の奥が熱くなるのを感じる。


 だからこそ、それを察知した兜悟朗(とうごろう)は嶺歌の行動を止めようとしなかったのだ。


「心情的には大変お力になりたいところではあるのですが」


 形南がそこまでの回答に辿り着くと兜悟朗は珍しく残念そうな声色でそんな言葉を口にする。彼がこのように感情を表に出すのはなかなか珍しい事だった。


 形南は兜悟朗の背中に視線を向けながら「辛抱なさいな」と声をかける。ここまで理解できれば形南も嶺歌の復讐に反対する気は起きなかった。


(嶺歌、(わたくし)のために憤ってくれたのね)


 友達になってまだ日も浅い。自分はともかく、嶺歌からすれば自分が付き合いにくい存在だろうとは思っていた。


 彼女が好意的に接してくれているのは分かっていたものの、嶺歌の方にはまだ境界線があると思う。いや、あると思っていたのだ。


 形南の話を聞いて彼女が宣言した言葉は、魔法少女の力があると言えども簡単に口に出せるものではない。


 それを嶺歌はその場で口に出してくれた。嶺歌自身のためではない。利益も何もない。それなのに、形南の気持ちを汲んで復讐してくれると、そう口にしたのだ。


 それがとても――堪らなく嬉しかった。復讐だなんて、諦めていたのに。

* * *


第十三話『復讐』終


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