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第二話『疑問を問う』



 形南(あれな)と運命の人の橋渡し役となることに決めた嶺歌(れか)は、その後も大人しくどこへ向かうか分からぬリムジンに揺られながら隣に座るお嬢様の形南と会話を続ける。


 自分の正体を何故彼女が知っているのか、そろそろ聞くべきタイミングなのではないだろうか。そう考えた嶺歌は「あの…」と言葉を発し、彼女に目を向けた。


 形南は直ぐにこちらに笑みを向けながらどうかされたのですかと言葉を促してくる。嶺歌はその問いにはいと答えると直ぐに本題の疑問を口にした。


「どうしてあたしが魔法少女って分かったんですか?」


 偶々バレてしまったという可能性は絶対に有り得ない事だ。魔法協会は一般人への口外を一切許していない。露見する事があっても数分以内には対処され、魔法少女の存在が知れ渡る事は一度もなかった。


 そのため魔法少女も安心して自身の活動に専念することが出来ているのだ。勿論、普段から正体をバレぬように注意を払うのも魔法少女の大事な使命であるがどうにもならない時もある。そのための記憶消去なのだ。


 嶺歌は、答えに皆目見当もつかぬまま形南の返答を待った。しかし形南の反応は思っていたよりも軽かった。彼女は子どものような無邪気な笑みをこちらに向けると「それはですね」と疑問の答えを口に出す。


「お調べさせていただきましたのよ。そうしたら貴女が魔法少女だと分かりましたの」


「いや……それは……」


 論点が少しばかりずれている。調べて分かるような簡単な情報ではないのだ。財閥であれどそれは同じだ。困惑した顔のまま嶺歌はそれを彼女に伝えると形南はくすくすと口元に手を当てながら上品に笑い出す。下品な笑いというのも見た事はなかったが、彼女の笑い方は今まで見てきた誰よりも品のある笑い方だ。すると形南は再び言葉を口に出した。


(わたくし)は高円寺院家の一人娘でございますの。金銭で動かせない情報はないのですよ」


「えっ……?」


 驚く嶺歌を横目に形南は言葉を続ける。財閥と言えど魔法協会の機密情報を知り得ることは不可能なはずだ。それは一度も疑った事のない事柄だった。しかし今、形南はそれを否定している。魔法協会はそんな簡単に口を開く組織であったのか。


 疑う事は良くないと思いながらも彼女は現に魔法少女の存在を認知している。嶺歌は次第に魔法協会への信頼を失いかけていた。だがそれを察したのか否か、形南は再三の声を上げ始めた。


「魔法協会が決して軽挙(けいきょ)な訳ではないのですのよ。誤解なきようきちんと説明いたしますわ」


 そう言って再びこちらに笑みを向けてくる。不思議なお嬢様だ。彼女はお嬢様として疑いようのない風格のある雰囲気を放ちながらも、時には子どものような無邪気な様子も見せてくる。まだ出会ったばかりではあるものの形南は総合的に見て掴み所のない不思議な女の子に感じられた。


 形南(あれな)の話を静かに聞いた。口を挟むのも無礼だと考えた嶺歌(れか)はそのまま彼女が話し終えるまでただただ話を聞く事だけに神経を集中させた。一番の疑問である、魔法少女の存在の認知についてはこのような回答であった。


 通常、財閥と言えども魔法協会の重要な機密情報を口外する事は有り得ない事だ。しかし例外としてそれが特別な財閥であれば話は別であった。そう、形南はただの財閥ではなく、世界中の誰もが知り得る大きな財閥グループの一つであるご令嬢であったのだ。その話を聞いて嶺歌も後にその名を明確に思い出す。


 テレビやネットでその苗字を聞いた事が少なからずあったからだ。忘れていたというよりはきちんと頭に入っていなかったのだろう。それは明らかに動揺していたからではあるのだが、何故この瞬間までその有名な苗字を聞き流していたのかと恥ずかしい気持ちになった程である。


 つまり大規模な財閥の一人娘である形南が、一般人には触れる事さえ叶わない程の額の金銭を魔法協会に渡したのである。いわゆる賄賂だ。念の為額を聞いてみるとそれは億どころではないとんでもない額の賄賂であった。確かにこれほどの額で、それを依頼した人物がとんでもない財閥のお嬢様であれば、魔法協会が口を開くのも頷くしかない。納得だ。


 ただし、特別であれども決して第三者に口外しないようにと条約を交わしたらしい。形南の執事である兜悟朗(とうごろう)はその場にいたため例外であるようだが、だからこそ形南は魔法少女の存在を知っており、嶺歌に関しての記憶を失くす事もない。それは記憶を失わないように魔法協会に特殊な魔法をかけてもらったからという単純な理由であった。


 ここまでの話を聞いて嶺歌は疑問が解消され、納得をする。だがもう一つだけ気になる事があった。


「そもそもの話なんですが、魔法少女がいるっていう情報はどこから得たんですか?」


 魔法協会の所までに足を運ぶのは、前提として魔法少女の存在を知らない事には無理な話だ。何故魔法少女が存在する事自体を知っていたのか、それに関しても大きな疑問点であった。


 しかし形南は先程と何ら変わりなく、落ち着いた様子でこちらに微笑みかけるとそのまま嶺歌の疑問に答える。


「カマをかけたのですよ」


「へっ?」


「魔法少女など空想の存在。ええ、それは昔からお母様に言われていましたもの。きちんと認識していますのよ」


 形南(あれな)はそう言うとこちらに向けていた視線を運転席でハンドルを握る兜悟朗(とうごろう)に向けて「貴方も覚えているわよね?」と問い掛ける。すると直ぐに運転席の方から「はい、お嬢様。覚えております」と執事の声が返ってきた。先ほどから彼の対応は一つ一つが早い。これが大財閥の執事か。そんな事を思っていると形南の次の言葉が繰り出された。


「けれどね、(わたくし)どうしても困っておりまして。だから手段を選ばない事にしたのですのよ」


 形南が告げた言葉は、魔法少女が本当に存在する事を知っているかのように魔法協会へ伝えたという事だった。つまり、魔法少女が実際にいるかどうかは分からない。だが、いると仮定して、しかしその仮定段階を悟られぬように自分は全てを知っているのだと魔法協会に釜をかけたということだ。


 魔法協会は彼女ら二人に一手取られ、そこで初めて形南は魔法少女の存在が確実なものだと認識できたそうだ。


 魔法協会の居所は執事の兜悟朗が自力で見つけ出したのだとか。自力でという点が不思議で仕方ないが、その方法は企業秘密のようだ。


 そして魔法少女の存在が明らかとなった後は直ぐに誰が魔法少女であるかを調べたらしい。これには再び驚かされたのだが、どうやら嶺歌(れか)の存在は魔法協会に聞いた訳ではなく、これもまた執事の手腕によって自力で見つけ出したようだった。


 そこまで話を聞いて嶺歌は魔法協会の対応に少し安堵した。魔法少女が誰であるかまでは自身で調べてほしいと、予め口を割らない方針でいてくれたみたいだ。魔法協会にも明かせない境界線というものをきっちりと持っているようだった。嶺歌はその事に安心し、魔法協会への信頼を戻す。単純な人間ではあるが、魔法協会にも守るべき情報があるという事が嬉しかったのだ。


 それにしても二人共、話を聞くと中々に度胸のある行動力である。暫くの沈黙を終えてから形南(あれな)は「他に気になる事柄は御座いませんか?」と尋ねてきた。嶺歌(れか)にはもう疑問点はなかった。


 流石にいるかも分からない魔法少女を探すために執事に見つけ出させる行為は明らかに常軌を逸しているが、それは単なる感想であり疑問ではない。嶺歌は首を振って質問がない事を告げると形南はにっこりと可愛らしい笑みを向けて自身の両手を合わせた。


「それは何よりですわ。また気になる事がありましたらお気軽に尋ねてくださいましね」


 すると彼女の言葉と共に嶺歌はある事に気がつく。いつの間にか車は停車し、窓の向こうには己の住んでいるマンションが見えていた。気が付かない内に到着していたようだ。


「こちら、(わたくし)の連絡先ですの。ご登録いただけると嬉しいですわ」


 そう言って形南が手渡してきたのは高級そうなメモ用紙だった。メモの端に金箔が散りばめられている。確実に高価な用紙なのだろう。嶺歌は無礼を働かないようゆっくりそれを受け取ると途端にガチャリと車のドアが開けられる音が耳に響く。執事の兜悟朗(とうごろう)がリムジンの扉を開けたのだ。


「和泉様、どうぞ」


「あ、どうも……」


 突如目の前に差し出された彼の手は妙にくすぐったさを感じた。異性に慣れていない訳ではないが、目上の男性にこの様にエスコートをされた経験はないのだ。だが断る訳にもいかずおずおずと兜悟朗の手を取るとそのままリムジンから降車した。すると背後から形南の声が聞こえてくる。


「では嶺歌さん、また伺いますわ」


「それでは(わたくし)も、失礼致します」


 形南が手を振りながらそう言い、兜悟朗が胸元に手を当てながら礼儀正しくお辞儀をする。それを目の前で呆気に取られながら見ているといつの間にか兜悟朗は運転席へと着席し、リムジンが動き出していた。動きに全く無駄がない。


 嶺歌は自身の目の前から立ち去った二人の姿を頭に浮かべながらとりあえず家に戻ろうと真後ろにあるマンションのエントランスへ足を向けるのであった。



第二話『疑問を問う』終


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