最終話③『特別』
嶺歌が再びそう問いかけると、兜悟朗は柔らかい笑みを向けながらその問いに答える。
「そうですね、嶺歌さんが高校をご卒業されましたら問題ないかと思います」
(それまで待つって事……!!?)
あまりにも長すぎるお預けを食らった嶺歌は心底がっかりな思いを抱きながらも、しかし兜悟朗の真面目すぎるその対応にひどく納得もしていた。
(兜悟朗さんて、本当に紳士だ)
すぐに彼とは行えない事に残念な気持ちが先走ってしまったが、彼のその貫かれた紳士力にこそ嶺歌が惹かれているのも事実だ。
恋仲になっていようと適切な距離感を保とうとする彼の強靭な精神力には、再び感心してしまう。
「嶺歌さん」
すると兜悟朗がこちらの名を呼び、何かを言いかけたところで彼のスマホが突然鳴り出した。
彼は「申し訳ありません」とこちらに一言添えてから俊敏な動きで電話に応答する。どうやら相手は形南のようだ。
『兜悟朗!』
「はい、お嬢様」
『嶺歌に想いは伝えましたの!?』
「たった先程、ご意思を確認致しました。お気に留めていただき有り難う御座います」
形南の声はスピーカーになっていないにも関わらず、こちらにまで声が漏れていた。興奮した様子の彼女は普段以上に声量が大きく、声が上擦っていたからだ。
嶺歌は二人の会話が自然と聞けてしまっているこの状況に羞恥心が芽生えながらも耳を傾けずにはいられなかった。
『よくやったわ兜悟朗! それで、口付けは交わしましたの?』
ど直球な質問だ。執事に遠慮のないその問いかけに嶺歌は再び恥ずかしい思いに駆られながらも兜悟朗の返答を傍らで静かに聞いていた。
「お嬢様。以前にも申しました通り、そのような事はまだお早いかと思います」
彼は嶺歌に先程告げたままの事を形南にも話すと、電話口から『何ですって!!?』という形南らしくない大きな怒声が響いてきた。
一体何が彼女をそこまで熱くさせているのかと思う程に大きな声を出した形南は、続けてこのような言葉を述べてきていた。
『何故嶺歌と口付けをしないのですのっ!? せっかく想いが通じ合えたのですから、男性らしく、腹を括りなさいなっ!!』
(ダダ漏れだ……)
嶺歌も先程まで形南の意見に同意したい思いであったが、兜悟朗の一貫した紳士的な姿勢には同調する他なかった。
彼とスキンシップを深めたいという思いは強いが、それでもこちらを気にして先に延ばそうと考えてくれる兜悟朗の思いもとても、本当にとても嬉しかったのだ。
だからこそ嶺歌は、彼とのお預けになったキスもその時まで待つ事が出来ると思い改まっていた。
『いいですか兜悟朗! 貴方女性を待たせるだなんてそんなことはなくってよ!! 私今人生で一番に怒りが湧いてきましたのっ!!! エリンナを連れて今からそちらへ向かいますからそのままお待ちなさいなっっ!!!』
そう言って一方的に電話を切った形南は本当に彼女らしくはなく、だがその理由は嶺歌も分かっていた。
これまでずっと形南に相談してきた嶺歌の恋バナを常に近くで聞いてくれていたからこそ、形南はあのように憤ってくれているのだ。それで兜悟朗の気が変わるとは思えないが、嶺歌を思ってあのように声を上げてくれる形南は本当に良い友達だ。
嶺歌は数分後に来るであろう形南の姿を思い浮かべながら小さく笑みをこぼす。
「嶺歌さん、聞こえておりましたでしょうか」
通話を一方的に切られた兜悟朗はそれでも柔らかな表情を一切崩さず、こちらに穏やかな雰囲気でそう言葉を発してくる。
嶺歌は笑いながらはいと声を返すと兜悟朗もこちらに合わせるように笑みを返してきた。
「あれな、めちゃ怒ってましたね。でもあたし、待てます。考えが変わりました」
「嶺歌さん……」
「兜悟朗さんのそういう紳士的なところが好き……なので。それに待つ事があたしの為っていうのは分かるし…ありがとうございます。あれなが来たらあの子にもちゃんと伝えて説得します」
嶺歌がそう素直に口に出して照れながらも再び笑ってみせると、兜悟朗はこちらの右手を両手で持ち上げながら口を開く。
「嶺歌さんが僕とそのようなスキンシップを取りたいと思って下さっている事は、純粋に嬉しく思っております。本当に、とても幸福なお話です」
兜悟朗はそう言ってから握り始めた嶺歌の右手を優しくきゅっと包み込むと、そのまま距離を詰めて嶺歌の前髪に触れ額に口付けを落とす。
「!!!!!!!???????!?」
「…この場でお誓い致します。貴女様がご卒業された際には必ず、僕の方から口付けを。少々お時間を頂いてはしまいますが、どうかお許しいただけないでしょうか。そのこと以外で貴女様に我慢を強いるような事は決して致しません。貴女に心細い思いは誓ってさせません」
それは初めての兜悟朗からの愛情表現だった。彼の真っ直ぐな台詞と相まって嶺歌の顔は真っ赤になり、兜悟朗の視線に目を合わす事が出来なくなってしまう。
そうして視線を足下に向けたまま、赤く染まり上がった表情で小さく、声を漏らすのだ。彼の気持ちには嬉しい思いだけで満たされ、つい先程まで僅かに残っていた我儘な思いが綺麗に消え去っていた。
「……はい。分か、りました…」
表情だけで嶺歌の照れ具合が読み取れてしまうその返答を前にして、心底嬉しそうな笑みを溢す兜悟朗を見つめ返す。
そして嶺歌は無意識に彼の両の手を自身の両手で握り返していた。
兜悟朗の大きく温かな体温をその手元から感じ取りながら形南が到着するまでの数分間、恋人になった紳士的な男性と優しい時を過ごす――――。
夕焼けが赤く染まり、いつもは五月蝿いカラスの鳴き声すらも、愛おしく感じられていた。
end
ここまで閲覧いただきありがとうございます!
お嬢様と魔法少女と執事、略しておまほし、ようやく完結しました。とても嬉しく、少し寂しいです。
後書きが思っていた以上に長くなっています。半年分の執筆期間があったので思っていた以上に書きたい事がありました。
興味がある方は最後まで読んでいただければ幸いです。
このお話を考えたのは新作を考えようと思い至ってからなので、今年の一月あたりでした。魔法少女ものにしたくて、最初は魔法少女と不良の案を考えたりもしていました。
実はこのお話を考える前は、お嬢様と執事ものの恋愛を書こうと考えていたのですが、それはまた別の機会にしようと考え、せっかくなら魔法少女と主従を組み合わせようと思い至り、今回のストーリーが出来上がった次第です。
お嬢様と執事の作品は数多くありますが、魔法少女とのトリオは中々見ないのではないかと思い、新鮮な気持ちで執筆できました。
思っていた以上に長い期間執筆していました。一月から書き始めていたものの、中だるみしてしまい、進まない時期もありました。
そしてようやく六月に完結まで書き上げられた次第です。書き終えた時はもう本当に嬉しくて、気分が上がりまくっていました。
このお話では青春をテーマに書いていましたので恋愛だけでなく、主従の強い親愛や、男女の友情にも意識して執筆しました。
その為内容量はこれまで以上のものとなり、自分の作品にしては一番長い小説となりました。
当初嶺歌と平尾の関係は、友情に発展させるか曖昧だったのですが執筆している内に仲良くさせようと思い、恋愛対象外の男女として書いていました。この二人の関係も個人的に凄くお気に入りです。
意識していた事は、兜悟朗の視点を書かないようにしていた事です。
彼がいつ頃から嶺歌を好きになったのかを主観的に捉えてほしくなく、なので客観的にしか分からないように彼視点のエピソードは避けました。
そのため兜悟朗は嶺歌を好意的には見てるだろうけどほんとのところはどう思ってるのだろうという演出になってます。
感情が分からないキャラがいるというのも面白いなと思います。
兜悟朗の性格なのですが、自分は二面性のあるキャラが好きなので彼もそうしようかと考えた事があったのですが、それは止めて結果的に今回の性格になりました。
大正解だったと思います!笑
二面性の場合怒るととても怖いのがいいなと思っていたのですが、彼は二面性がなくとも普通に怒れば威圧感があると思います。
大事な人を守る時の怒りですからね、裏表のないまっすぐな人物像におさまり、これで良かったです。
そして兜悟朗というキャラクターに関してなのですが、もう本当に最強の人間を生み出してしまったなという感想です笑
勿論気に入っているキャラクターの一人であり、このようなキャラを生み出せた事を嬉しく思ってます。それを大前提として、彼のスペックの高さが作者ながらに感心しか出来なくて、不思議な感じです。
強くて優しくて歪んだ心が一つもない敵なし最強執事。執事であるからにはハイスペックさを意識していたのも事実ですが、二面生の可能性をなくしたことから更に彼の欠点がなくなりました笑
きっとこれから自分が生み出していく作品の中で一番敵なしのキャラクターになったのではないかなと思います。多分兜悟朗ならバトルものに移行してしまっても難なく生きていけそう…笑
人間業では絶対無理でしょうとつっこまれるような場面も多々あったと思いますが、フィクションという事で、兜悟朗のスペックがあまりにも高いのだなと思っていただければと思います。
それと、今回のメインとなる男性キャラが兜悟朗だった事から、自分が大好きで作品に入れがちなお決まりのラッキースケベ的シチュエーションは書く事ができませんでした。
これは兜悟朗があまりにも完璧すぎるが故に、嶺歌を不注意で押し倒してしまう失態を犯す想像がどうしても出来なかったからです。
彼は運動神経共に反射神経も抜群なので、コケることもなければ、逆に嶺歌がコケて押し倒される事もないのです。
嶺歌がたとえ足をよろけさせて兜悟朗に直撃しそうになっても彼は素早い行動で嶺歌を支えて、転ぶ展開を回避するのでしょう。
作者的にはラッキーシチュエーションはほしいところでしたが、兜悟朗なら無理だなと、諦めがつきました笑
ちなみにこちらは補足なのですが、形南が序盤の時に嶺歌に「兜悟朗と恋仲になりなさいな!」と言ったあの台詞は、実はとても重要な台詞となっています。
と言いますのも、嶺歌も兜悟朗も形南のあの言葉がなければそういった目線で互いを見ることはなかったからです。
見る事はないと言うと、語弊があるかもしれません。
形南が仮にあの台詞を言わなければ二人は互いをそういった目で見ないよう《《無意識に自身を制御していた》》筈なのです。
きっと心のどこかでは惹かれ合っていたと思いますが、形南の言葉がなければ二人が恋仲に発展する事はなかったと思います。
嶺歌視点では『友人の大切な執事』、兜悟朗視点では『大切な主のご友人』という認識が強い為、そのような目で見ては失礼に値すると思っている節があるからです。(嶺歌に自覚はなく、兜悟朗にはあります)
なので、形南には強く背中を押していただく必要がありました。
そして作者的に、これは二人の物語ではなく三人の青春を題材としていたので、形南にも関与していて欲しいと思っており、このような感じで形南のあの台詞が生まれています。
ここで言うのも何なのですが、解説する最適な場はここが一番だろうと思ったので、どうかご理解下さると幸いです。
少し話が逸れますが、今回の物語では三人の強くて格好良い部分も意識して書いています。
例えば形南の貫禄の強さが現れた復讐編ですが、あそこは最初、嶺歌が竜脳寺に一喝して終わる予定でした。ですが、形南の強さを表現したかったのもあり形南に華を持たせる演出にしています。
嶺歌が決して弱い訳ではなく、形南のお嬢様としての格の大きさを読者様に見て欲しかったのです。
復讐編の補足をもう少しさせていただきます。
反省の色を見せた竜脳寺に罵倒を浴びせる野次馬を放っておく事は嶺歌の性格からして有り得ないのではないかと考え嶺歌には最後、野次馬から竜脳寺を守るような展開を描いております。
これは如何に嶺歌が魔法少女として相応しい人間であるのかを体現する話だと思っています。
あのまま周りから責められ続ける竜脳寺を放っておく事は嶺歌が許せなかったのでしょう。矛盾しているかもしれませんがたとえそれが自分で仕掛けた事だとしても、彼が反省した以上は本来の目的である謝罪を形南本人にして貰えば復讐は終わりだと判断していたのです。
嶺歌は自分に害のある人間でも反省してくれればそれを応援するそんな女の子です。本当、素敵な性格だと思います。
形南も同じです。弱い者いじめは決して許さない。二人が仲良く出来るのは根本的な思考が似ているからだと思います。女の子の友情、いいものです。
そして話は戻りますが、嶺歌には子春が登場するところでかっこいいところを見せたいと思いました。
あの展開も、本来であれば万能な兜悟朗が助けてくれるだろうと考えるところなのですが、兜悟朗に助けてもらうよりも嶺歌自身が敵対関係にある子春を撃破する強い面を書きたいと思ったので、兜悟朗の出番にはしませんでした。
嶺歌は人の助けがなくてもきちんと物事をはっきり述べられる強い心を持っています。作中でも兜悟朗が何度も言っているように嶺歌は本当に強い主人公です。復讐編では力を使いすぎたために形南の力を借りる事になっていますが、あくまでも強いという意味であり完璧人間ではないのであのシーンに後悔はありません。
子春の嶺歌に向ける醜悪な憎悪に気付けなかった兜悟朗は完璧ではないのではないか、と思われるかもしれませんが、兜悟朗は高円寺院家に忠誠を誓うはずだった子春が犯罪と言えるほどの愚行を犯すとは想像できなかったのです。だからこそ嶺歌への懺悔を聞いて兜悟朗は自身の鈍感さを嘆いてもいます。
その点に関しては兜悟朗唯一の失態になるのですが、そこは人間らしさが出たのかなと思っています。しかし彼は今回の件を得てからまた更に成長を遂げています。どこまで成長するのか、作者にも分かりません。
そしてそんな兜悟朗の強いところもきちんと見せたいという思いから海での救出や、ラストの魔法協会の鎮圧を書きました。
最後の最後に兜悟朗の強さ、勇敢さ、そして万能さをお伝えできればと思い、ラストの活躍を彼に任せて良かったと思います。
続いて主従の二人です。形南と兜悟朗の主従関係はどれだけ二人の絆が強いのかを感じていただけていたら嬉しいなと思います。
この二人も嶺歌と平尾のように決して恋愛に変わることはなく、しかしとても互いを大切に思い、幸せを願っています。そんな親愛がまた好きなのでこの二人を書けてとても嬉しかったです。
そして大事な嶺歌と形南の友情も、次第に二人の絆が深まっていく様子を感じ取っていただけていたなら幸いです。
この二人は今後も仲睦まじく友情を育んでいくのだと思います。
最後に嶺歌と兜悟朗の関係についてなのですが、執筆したての時は二人の未来を考えてはいたものの、実際に二人がくっついた時のイメージというものが中々思いつきませんでした。
最初は完全に二人とも形南を中心にして繋がっていたので、想像しにくかったのかもしれません。
ですが、物語が進んでいく内に嶺歌と兜悟朗の甘い空気感を想像することができるようになり、それがまた嬉しかったです。
二人の歳の差がまた新鮮で、しかし兜悟朗は紳士な男なので最後にキスをさせるのは止めておこうと考えました。
ファーストキスの後日談もおまけで公開しておりますので、興味のある方は是非そちらもご覧いただけますと幸いです。
それと執筆を続けていて新たに気が付いた事がありまして、序盤の嶺歌視点の話では形南不在時の兜悟朗との場面でも形南の名前がほぼ出現していたのですが、後半になっていくにつれて、形南の名前が出ないページが増えておりました。
これは、嶺歌が兜悟朗の存在を形南抜きで認識して考えるようになったという変化なのだと思い、それに気付けたことが嬉しかったです。
意識して執筆していた訳ではないのですが、修正を繰り返している内に気がつきました。
最初は形南との友情にしか興味のなかった嶺歌が、次第に兜悟朗に惹かれて、だからこそ彼の名前だけが出現するページが増えたのだなと思うと、何だか感慨深い思いになれます。
この三人の物語を無事に書き終えられました事、本当に心から嬉しく思います。時々おまほしのキャラクターを思い出していただけたら作者冥利に尽きます。
最後となりますが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
2023年9月16日 星分芋