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最終話②『特別』



 兜悟朗(とうごろう)は儚げな視線をこちらに向けると途端に胸元に手を添え、まるで何かを訴えかけるようにこちらに小さく会釈をしてきた。そうして、耳を疑う言葉を彼は発したのだ。


嶺歌(れか)さんは、僕にとって特別なお方です」


 嶺歌は視線を返す事しか出来ずにいた。


 彼の一言一句を逃さまいと、終始耳を傾け続けてはいるものの彼のその言葉にどう反応したらいいのか分からなかったのだ。


 そのため嶺歌は沈黙を続けながら兜悟朗に視線だけを返し続ける。


「特別という意味は、以前申した内容とはまた異なります。僕は、誰か一人を愛するという本当の意味を、お恥ずかしながらこの歳になって初めて知る事ができました」


 もう何が何だか分からない。そう思ってしまう程に嶺歌の心臓は五月蝿く高鳴り、頭も混乱し始めていた。顔の熱が熱くて仕方がない。


 しかしそう自覚する前に兜悟朗は続けてとんでもない言葉を繰り出していた。


「嶺歌さん」


「貴女をお慕いしております」


 まるで空想の世界に飛び込んでしまったヒロインに向ける言葉のように、彼は丁重な言い方で言葉を紡ぐ。


「僕にとっての特別な貴女は、一人の女性としての『特別』で御座います。形南(あれな)お嬢様に感じる特別とは大きく異なります。嶺歌さんの事を……心から想い、僕は一人の男としてお側に居たいと強く感じているのです」


「………………」


 言葉が出ない。出ないのだが――――溢れ出してしまいそうな思いを嶺歌は表情に出し、そこで気が付いた。


 もう隠さなくてもいいのだと。


 性格に似合わず、確信が持てないからと未だに現状の関係を維持していた弱い自分は――もう、終わりにしていいのだと。


 嶺歌がそう悟り、口を開きかけた時だった。


「ですが貴女は僕の言葉にお気を遣わず、ご自分の率直な返答をお申し付けください。歳の離れた男の戯言だと、そう思われても貴女にはその権利が御座います。ご迷惑であるならば、どうか遠慮なくご放念下さい」


 そのように彼が口にするのをはっきり耳にして、嶺歌(れか)は一歩前へ出た。


 彼との距離感は適切な間隔を保たれており、決して近距離に近付いた訳ではない。


 それでも嶺歌は己の思いを、もう一歩踏み込んだ段階でどうしても伝えたかった。手を伸ばせば届く位置に、兜悟朗(とうごろう)がいる。嶺歌は彼の目を真っ直ぐ捉えながらようやく言葉を発していた。


「あたしは……あたしにとっての兜悟朗さんも、ずっと特別です。誰よりも素敵で、意識しちゃう…そんな人なんです」


「兜悟朗さんの気持ちがずっと知りたかった。でもあたしの都合のいい解釈が違ってたらどうしようって考えると怖くて、でも……嬉しいです。あたしも、兜悟朗さんの事が凄く……もう本当に凄く、めちゃくちゃ好きなんです」


 嶺歌はそう言うと彼から視線を外して真っ赤になっているであろう自身の頬に手を当てる。顔が熱い。それでも自分の心臓が、一向に鳴り止まないままもう一度言葉を続けた。


「本当は、兜悟朗さんはあたしの気持ちに気付いていると思ってました。でも何も言われないから、確信がないと動けなくて……年上のあなたが学生のあたしを見てくれるのか自信がなかったのもあったんです……だけど、あたし、あなたの恋人になってもいいんですか? あたしを一人の女として、見てくれるんですか?」


 嶺歌がそう言ってもう一度兜悟朗の視線に顔を向けると、目が合った兜悟朗は胸がとろけてしまいそうな程の、慈愛に満ちた笑みを見せてこちらの手に優しく触れてくる。


「勿論で御座います。僕と同じ想いを抱いて下さる貴女様を、とても嬉しく思います」


 彼に触れられた手は熱いのに、絶対に離してほしくないという思いが湧き起こる。そのまま優しく握られた手を彼に委ねていると兜悟朗は再び言葉を口にする。


「ご不安な思いをさせてしまい、大変申し訳ありません。僕は貴女の仰る通り貴女からのお気持ちに気が付いておりました。ですが、直接言われていない事柄に自惚れてしまうのは浅はかだと、そう判断したのです。ですから僕は、直接的に嶺歌さんのお気持ちを確かめたく思いました」


 兜悟朗は目を細める。


「貴女様のお気持ちをこうしてきちんとご確認できました事、大変喜ばしく感じます」


 そこまで口にした兜悟朗は続けて踏み込んだ台詞を言葉にしてきた。


嶺歌(れか)さん、どうか僕とお付き合いいただけないでしょうか。何処かにお出掛けする為の言葉ではありません。これは、貴女と恋人関係に発展させる為のお誘いで御座います」


 彼からの正式な交際の申し込みに、嶺歌の胸は熱くなる。そのまま握られた手をゆっくり握り返すと、嶺歌は笑みを向けて「はい、喜んで」と言葉を返していた。


 嶺歌の返答を耳にした兜悟朗(とうごろう)は心底嬉しそうに口元を緩ませ、そのままありがとう御座いますと穏やかな声でこちらを見つめる。


 嶺歌は彼との関係が大きく進展した事実に、喜びを感じながらこの後間違いなく訪れるであろう展開を、その雰囲気から感じ取り気を引き締めていた。


「…………」


(…………………あれ?)


 しかしそれは嶺歌の勘違いであった。だが納得がいかない。この雰囲気はどう考えてもそうくるはずだろう。疑う事なく意識していたその展開に、だがしかし何も起こらない事を悟った嶺歌は困惑していた。何故何もしてこないのだ?


「嶺歌さん、どうかされましたか?」


 するとそんな嶺歌の様子を察知した兜悟朗は、すぐにこちらへ尋ねてくる。嶺歌は堪らず直球で問い掛けていた。


「キスは? しないんですか……?」


 告白と言えばキスがセットだろう。


 ドラマでも友人の恋バナでも、告白の後はそれが鉄板であると何度でも耳にしてきた展開だ。


 それに今、まさに兜悟朗と嶺歌の想いは通じ合っており、見つめ合った視線は互いが互いを求めていた。そんな空気感を間違いなく感じていたのだ。


 しかし兜悟朗は、そんな嶺歌の直接的な発言にこう予想外の言葉を口にしてきていた。


「嶺歌さん、僕は成人した大人で貴女はまだ十六歳です。そちらはまだお早いかと」


「ええっ!?」


 思わず声が漏れる。それはあんまりではないか。


「じゃあいつになったらいいんですか?」



next→最終話③

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