第六十二話②『深夜の乗り込み』
男は尚も和泉嶺歌の無実を主張してくる。彼女に何故それほど固執しているのか理解に苦しむが、仙堂は痛いところを突かれている事に内心焦りを感じ始めていた。
だがそれを気取られぬよう、表情を維持させる。
「宇島さん、決め付けは止めていただきたい。なぜ和泉嶺歌さんに非がないと断言できるのですか。貴方の判断する範囲ではないのですよ。これは我々魔法協会が決める事なのですから、これ以上の干渉はご遠慮願いたいものだ」
そう言って形だけの笑みを彼に向けると、男はそれでも言葉を続けてきた。
「そうですか。嶺歌さんの罪を不問になさらないと仰るのなら、こちらもそれ相応のご対応をさせて頂きます」
「……?」
仙堂は男の言葉に疑問を抱きながら目線を再び向ける。男が姿勢を崩さずその場で不可解な台詞を口にしてきた事に仙堂は違和感を覚えた。
一体何をしようと言うのだ。魔力のない、魔法も使えない男が。いや――そこまで考えて仙堂は思い出す。宇島兜悟朗という一人の男の未知の力を。
彼はどう見ても人間だ。魔法などとは無縁な、ごく一般人。だが――――説明し難いほどの、強い何かを持っている。それをこの数分の間で確信してもいた。
「それ相応のご対応とは?」
仙堂は冷や汗を勘付かれぬようあくまでも冷静さを装い、そう口にする。自分でも次第に余裕がなくなっているのが分かった。
「嶺歌さんが処罰から活動の頻度を増やす必要のない様、こちらで阻止をさせていただきます」
「はっ」
仙堂は思わず笑いが出た。つまり和泉嶺歌が罰を受けなくともいいのだと、男側の方で彼女に進言しようという腹積もりのようだ。
だがそのような足掻きを見せたところで、何の支障もない。仙堂は思うがままに言葉を投げてやる。
「貴方がそうしようが、和泉嶺歌はそれを受け入れないでしょう。魔法少女とはそういうものです。たとえ親しい相手からだとしても、魔法少女にとって活動は絶対的なもの。正義、役目、それらを為す事こそ魔法少女としての喜びなのです。邪魔をしようとしても、彼女らは止まらんのですよ」
そう言って得意げに彼を見遣った。
しかしこちらのその発言を耳にしても男の様子は一切曇りなく、変わる様子が見られなかった。一体この男は、何故こうも隙がないのだ。
「その点も、承知しております。嶺歌さんは正義感にあふれたお強いお方。きっと貴方の理不尽な命にも、逆らう事なく応じられたのでしょう。ですが聡明なあの方なら疑問にも感じられた筈です。何故、魔法協会はこうも冷酷な判断を下したのだろうと」
男はそう言うと一歩、こちらに踏み寄った。
「私の意見をあの方が蔑ろになされる事はないでしょう。嶺歌さんはそのようなお人で御座います。もちろん直ぐにはご納得頂けない事も承知の上です。私はあの方がご納得されるまで説得を続ける所存で御座います。そして」
一歩踏み出した男の足は再び足を動かし、仙堂に近付いていく。
仙堂は次第に近付いてくる執事のえも言えぬ威圧感を感じ取り、身体が強張っていた。
「私は全身全霊をかけて嶺歌さんをお守り致します。たとえ貴方が、罰を受けない嶺歌さんに危害を与えようと目論んでいたとしても、私はそれを容認致しません。これは脅しではなく表明です」
男の言葉遣いは丁寧さが残っていたものの、鋭い目線がそれを消し飛ばしていた。
この男は、和泉嶺歌に魔法協会からの罰を放棄するよう説得を続けるつもりのようだ。それは魔法協会として黙っているわけにはいかない。
だが穏やかそうに見えていた執事の表情は全く笑ってはおらず、数々の困難に立ち合ってきた仙堂でさえも、畏怖してしまいそうな視線がこちらに降りかかってきていた。
それでも仙堂は震えそうになる身体を必死に取り繕いながら口を開く。
「貴方お一人に何が出来ると? 言っておきますが、和泉嶺歌が罰を放棄するのなら、彼女にはそれ以上の罰を与えますよ。貴方が唆せば彼女に負荷が加担するだけです。判断を見誤らない方が宜しいかと」
そう自身の中の譲れない回答を口に出す。
だがその回答は、もはや彼に何のダメージも与えられないのだという事も、内心理解していた。いや、分からせられてしまったのだ。しかし引く訳にもいかない。
仙堂は男に再び目線を向けると彼の鋭い視線と目が合う。そうして彼は仙堂の言葉に対しこう口を開いた。
「不可能な事は御座いません。魔法があろうがなかろうが、私の懸念するところではありません」
「強がりですか……? そのお言葉、後悔なさいますよ?」
男と再び目が合う。仙堂は座ったまま、魔法の力で秘密裏に部下達に通信を送り始める。侵入者が現れたから早急に排除しろと命令を下したのだ。
指示を受けた多くの部下達は仙堂の指示で直ぐに臨戦態勢を整え、こちらに準備ができたと報告をしてくる。手荒な真似はしたくはないが、ここまで邪魔をすると言うのなら致し方あるまい。
この男が強靭な人間である事は彼の佇まいや言動全てから理解している。
だがそれでも、魔法を熟知したエリート揃いである仙堂の部下全てと対峙すれば、こちら側に勝ち目がない筈はなかった。多勢に無勢だ。
いくら強い人間であろうが数には勝てまい。仙堂は口元を歪ませながら執事を見据えると、男は手袋を付け直しながらこちらを見返した。
「どのように捉えられても結構で御座います。私はただ、嶺歌さんをお守りするのみ」
そう言ってこちらに視線を向ける男は、手袋から手を離す。
それとほぼ同時に仙堂の優秀な部下達が一斉に部屋の中へ押し寄せ、仙堂の指示通りに執事への攻撃が始まる。彼を無力化する事が目的だ。和泉嶺歌への処遇に対しての不満を妥協してもらえればそれで良い。
だがそうするには――彼に思い知らせてやらねばなるまい。魔法協会との格の違いを。己の無力さを――――。
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