第六十一話①『掌返し』
翌日、魔法協会から課せられた毎日の慈善活動を行うべく嶺歌は動き出す。
深夜の三時に起床した嶺歌は身支度を済ませると魔法少女の姿へ変身し、いつものように窓に身体をくぐらせる。
そうして外に出た瞬間だった――。
『テリィン♪』
(ん?)
予想外の魔法協会からの通知に嶺歌は思わず動きを止める。
基本的に魔法協会から通信具へ連絡が来る事は稀にしか無い。
嶺歌が今回のように失態を犯した場合や、魔法少女の活動に関する情報を本当に時々知らせてくる場合のみだ。だからこそ、昨日の今日で連絡が来た事に驚きを隠せなかった。
(何だろ)
嶺歌はマンションの屋上に昇り、そこで立ち止まると、通信具を取り出し内容を確認する。そして、想定外の連絡に目を見開いた――――。
『和泉嶺歌。昨日告げた罰は不問とする。結論、君への罰はありません。これまで通りの活動を続けるように。また、本日の活動から給料制度を実施します。これは全ての魔法少女に該当する為、午後に配信されるレポートを確認するように。以上』
「……は?」
意味が分からなかった。何がどうして、一体どう起こってこうなったのだ? 嶺歌は何度もメッセージを確認し直す。
しかし何度確認しようと、魔法協会から送られてきたメッセージに間違いはなく、教会は誤字脱字もなくしっかりと昨日の罰の取り消しと、給料制度の内容を書き込んできていた。
嶺歌はしばしその場で呆然とすると、雨が降ってきた事に気が付いてようやく自宅に戻り直すのであった。
「なんでいきなり?」
雨に濡れた嶺歌はタオルで自身の髪の毛を拭いながら一人、疑問の言葉を放つ。
一体なぜ魔法教会が唐突に掌を返してきたのか全く見当がつかない。
昨日の仙堂の態度は間違いなく嶺歌の事を軽蔑しており、彼から向けられる視線にも呆れたようなものしか感じられなかったのだ。
そんな男が、トップに君臨する魔法教会が、今更どうしてあのような文言を送信してきたのだろう。
(なんか……おかしすぎる)
しかし魔法協会からの新たな申し出は、どれも嶺歌にとってメリットのある内容でしかなかった。ゆえに反論したいとは思わない。
だが本当に何故、昨日の今日でこのような結論を導き出していたのか理解が出来なかった。魔法協会は何を考えているのだろう。
嶺歌の罰が不問になった事は勿論喜ばしいことなのだが、これからの活動に給与が発生するという点においても嶺歌は驚いていた。
これまで魔法少女活動を約十五年の間、無償でボランティアとして動いていた嶺歌としては、このような提示には未だ実感が湧いてこなかった。
「給与制度って……バイトみたいだな」
正直、バイトはしておきたいと何度か考えた事がある。
それは単にバイトの経験をしたいという理由からではなく、金銭的にも稼いで少しでも家にお金を入れられたらと考えていたからだ。
母が今の義父と再婚してからは、金銭的な心配が再婚前よりぐんと減ってはいたが、それでも自分の分だけでも負担を減らせていればと考えた事はそう少なくなかった。
だがしかし、魔法少女活動を減らしたいとも思えなかったのだ。
――――――魔法少女活動とバイトなら絶対に前者だな。
結論はいつもこれだった。魔法少女としての義務という使命感からではなく、単純にこの活動を行う嶺歌自身を誇りに思い、そんな自分が好きだったからだ。
だが嶺歌も人間だ。金銭が発生すればどれほどいい事だろうと考えた事はあったのだ。
「給料制度……凄いな、何でそうなったんだろ」
この数十年間、魔法少女の活動に給料の制度を夢見た事はあっても望んだ事はなかった。
これは慈善活動であり、決して邪な思いから活動をしているわけではなかったからだ。見返りの求めない純粋な活動なのだ。
だがそれでも、貰えるのならお金は必要だ。
嶺歌は自分が今後も活動を続ける糧のひとつとして、金銭が発生する新たな制度に気持ちが高揚する。
本当に何故このような制度に変わったのかは甚だ疑問だが、新たに改革されたこの提案に、嶺歌は嬉しい思いで満たされていた。
そしてその思いのまま、魔法少女の姿に再び変身すると窓から飛び出し活動を始めるのであった。
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