第六十話①『違和感』
兜悟朗の穏やかな運転のもと嶺歌はそのまま自宅へ送り届けられ、自室で過ごしていた。
『テリィン♪』
すると不可思議な音が鳴り出す。この音は魔法協会からくる通信具のメロディだ。
嶺歌はすかさず通信具を手に取ると、そのままメッセージに目を通す。やはり、嶺歌の予想は的中していた。
『和泉嶺歌。本日の七時五十七分に魔法少女の存在を一般人に露見させましたね。今回の件は非常に大きな失態です。追って話をする必要があります。本日中に魔法協会の本部へ必ず来るように』
想定通りの魔法協会からの連絡に、分かってはいながらも気持ちは落ちてしまっていた。
嶺歌は小さくため息を吐きながらもしかし元に戻る事はできないと頭を切り替える。
そのまま昼食を食べ終えると早々に魔法協会の元まで足を運ぶべく家を出るのであった。
魔法協会の居場所はいくつか存在する。
しかし今回は直接本部へ来るようにと言われていた事から嶺歌も本部のあるとある場所まで足を運んでいた。
魔法協会の存在は当然だが一般人には知らされていない。それが知られてもいい事なら、嶺歌が呼び出しを喰らう事もなかっただろう。
魔法協会の本部は非常に大きな建物であるが、小さく見えるよう魔法をかけられている。
その為、本来陸上競技場のような大きさの建造物は、一般人には一軒家の家にしか見えない仕組みとなっていた。
嶺歌は人間の姿のまま本部へ辿り着くとそのままエントランスへ足を踏み入れ、エレベーターで七階に上がる。
(とりあえず深呼吸っと)
流石の嶺歌も緊張していた。
決して意図的に起こした失態ではないにしろ、誰かからお咎めをもらうというのはやはり体が強張るというものだ。
それに事の重大さも嶺歌は理解していた為尚更だった。エレベーターが七階へ到着すると仰々しい扉が開かれ、薄暗い部屋が嶺歌の視界に現れる。
「来ましたね」
嶺歌の顔を見るや否や口を開いたのは魔法協会のトップである仙堂だ。
彼は魔法協会のいわゆる社長のような存在であり、全ての魔法少女の管理を行っている。魔法協会の中で一番に偉い存在がこの男であった。
嶺歌は彼に向けられる視線に自身も目を合わせる。目が合うと仙堂は笑みを向けてきた。口元だけの笑みだ。全く目が笑っていない。
「今回の事の重大さを、君は理解しているかな」
「はい。大変申し訳ありませんでした」
嶺歌は素直に頷き深く頭を下げた。
魔法協会からこのようにお咎めを喰らうことはこれまでにない事であったが、それでも今回の失態はとても大きい。嶺歌自身もショックである為、より一層事の大きさを実感していた。
「謝罪は大切だ。だけどそれだけで事態が収束するのなら、わざわざ君を呼び出したりはしない」
それは尤もな意見だ。嶺歌も己のけじめとして謝罪しただけであり、決して許してもらおうとは思っていない。第一簡単に許容されるようなものでもないだろう。
「分かってます。どういう処罰になりますか?」
嶺歌は心の中で覚悟しながら、目の前に立ちはだかる仙堂に問い掛ける。
すると彼は作っていた口角をようやく下げ出し、そのまま口を開いてこう放った。
「魔法少女の活動をもっと増やしなさい。そうですね、君の活躍は知っている。だが三ヶ月、その間だけは頻度を増やすように。具体的には毎日三十件。それが君への罰だ」
「…………」
彼の言葉に嶺歌は即答できずにいた。これまでも魔法少女の活動には積極的に動いてきたつもりだ。
だが毎日三十件となると、嶺歌は一時も休む事など出来ないだろう。
魔法少女である嶺歌が現役高校生であり、平日は毎日学校に通っている事を勿論仙堂も知っている。
それを分かっていて彼はこのような罰を告げているのだ。仙堂の無理難題に嶺歌は沈黙する。
嶺歌は沈黙を貫いたまま答えを出せずにいると仙堂はすかさず言葉を続けてきた。
「拒否権はないからね、これは君への罰。それを強く認識するように」
これまで魔法協会に不満を抱いた事はなかった。だがそれを、嶺歌はこの時初めて感じる。あまりにも理不尽だと。
(あたしが拒否できないって分かってるのに、どうしてこんな現実的じゃない提案してくるんだろ)
嶺歌は仙堂からは目を逸らさず、しかし彼の言葉に頷く事もしなかった。嶺歌の肯定など必要ではないとでも言うかのように仙堂は「ではもう帰ってもいいよ」と声を上げてくる。
「ちなみに明日から三十件だ。忘れないでね」
「あの、一ついいですか」
仙堂の言葉に納得のいかない嶺歌は、このまま帰るにはあまりに愚かだと感じ声を発する。すると仙堂は表情を変えずに「いいよ」と声を返してきた。
「今回の件は本当にあたしの不注意で申し訳ないと思ってます。でも、どうして平尾の記憶が消されないのか分かりませんか?」
自分の罰に関して気になる事は多々あるが、それよりも何故平尾の記憶が健在しているのかの説明を、知っているならば教えて欲しかった。自分のせいなのは分かる。
だが本来は魔法少女の存在がバレたとしても、記憶さえ消されれば何も問題はないのだ。
平尾の記憶が完璧に消去されていれば、嶺歌がこうしてお咎めを喰らう事もなかった。そのため今回の処遇に少々違和感がある。
「知っていたとして、君の罰が消えるわけじゃない」
すると仙堂は唐突にそんな言葉を付け足し、敵意のある瞳で嶺歌を見据えてきた。
「君はただ、自分が致命的なミスを犯した事実を真摯に受け止めて、罰を受ければいい。詮索は不要だよ」
嶺歌がまた言葉を発しようとしたものの直ぐに彼の言葉に遮られ「もう立ち去りなさい」と問答無用で退去させられた。
嶺歌は一気に不信感が押し寄せ、今回の魔法協会の対応に大きな不満を抱く。
しかし戻っても何も解決しない事も分かっていたため、嶺歌はその場を静かに離脱した。
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