第五十七話①『貸切ダブルデート』
そうしてダブルデートの当日を迎えた。
嶺歌は先週購入したベージュのワンピースを着用し、髪の毛はいつもより大人びて見えるよう下の方でハーフアップに仕上げていた。そして最近入手していた赤いリップを口元に施し、比較的歩きやすいバレエシューズを履いて家を出る。
家を出た瞬間眩しい太陽光が嶺歌の手首目掛けて射しかかり、兜悟朗にプレゼントされたブレスレットに反射していた。その効果でブレスレットの輝きはより一層増して見える。
(兜悟朗さん、気付いてくれるかな……)
彼に貰ったプレゼントを二人きりでないとはいえ、共に出掛ける際に身に付けていきたいという思いを嶺歌はずっと持っていた。
そして兜悟朗の選んでくれたその大切なブレスレットをそっと撫でると途端にスマホの通知が鳴り出す。
『嶺歌、お早う御座いますですの。本日は貸切ですの! ですからお迎えに参りますわ』
「え、まじ?」
形南からきたレインを目にして嶺歌は思わず声を漏らした。
車で移動というのはとても有難い話ではあるが、まさか貸切にするとは思っていなかった。形南が平尾のライフスタイルになるべく合わせようとしていたのを知っているからだ。
(貸切のガーデニングエリアってなんか凄そう)
貸切というだけでもはや全てが凄いのだが、庭園がメインの大規模な公園を貸し切るというのはなかなかインパクトがある。形南と初めて出掛けた際にも貸切の高級レストランに連れて行ってもらった事があるが、また異なった感覚なのだろうか。
正直そこまでお金を出さなくともとは思うのだが、形南とは身分や生きてきた環境があまりにも違いすぎる為、彼女の選択を無闇に否定はしたくなかった。
形南が嶺歌の感覚に合わせてくれる事もあるのだから、嶺歌も形南の感覚に合わせて付き合っていきたい。そんな思いも持っているからだ。
嶺歌は少なからずある肩身の狭い思いを後ろに追いやり、気持ちを切り替える。
(せっかく貸切にしてくれるんだし、思いっきり楽しも!)
そう思い直すとすぐに形南に返事を返し、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
「嶺歌さん、お早う御座います。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
目が合うと同時に私服姿の兜悟朗に声を掛けられ、嶺歌の心は浮き足立つ。
彼の今日の格好は勿論の事、深々と丁寧な一礼をするその姿、いや、もはや兜悟朗という一人の存在全てに嶺歌は胸が高鳴っていた。完全にほの字である。
「おはようございます。こちらこそお願いします」
そう言って嶺歌も直ぐにお辞儀を返した。兜悟朗は柔らかく微笑みながらこちらへどうぞと車の扉を開け、中へと誘導してくれる。
嶺歌は更にもう一段階自身の胸が高鳴るのを実感しながら彼に礼を告げ、形南の待つ車の中へと乗り込んだ。今日はリムジンではなく見た事のないグレーのワゴン車だった。
「嶺歌! おはようございますの! まあ! 今日の装い、とてもお似合いね!!」
車の中で待機していた形南は、嶺歌が乗り込むと直ぐにそのような言葉をやや興奮気味に放ってくる。
嶺歌も形南に挨拶を返しながらありがとうと声を返す。
「この間買ったばかりのワンピなんだけど、そう言ってくれて良かった」
そう言って歯を見せて笑うと形南は口元に手を当てながら上品に口角を上げた。兜悟朗に見てほしいという嶺歌の隠された思いを感じ取ってくれているのかもしれない。
「嶺歌のファッションセンス、とてもお好きでしてよ」
形南は頬を僅かに赤らめながらそう言ってくる。それは素直に喜ばしく、嬉しい褒め言葉であった。
「ありがと! あたしも自分が好きな服着てるからそう言ってくれて嬉しいよ」
「ふふ、宜しければ私にも今度是非、お洋服のご提案をしてほしいですの」
「え!? するする! 絶対楽しいじゃん」
そんなやり取りをして形南と談笑しているといつの間にか車は動き出し、数十分としない内に平尾の自宅前に到着していた。
玄関の前で待っていた平尾はオドオドした様子で辿々しくも深いお辞儀を車に向けている。
彼の弱気なところは相変わらず健在である様だが、そんな平尾を見て頬を上気させる形南を見ると、微笑ましい事この上ない。
「正様! おはようございますのっ♡」
形南は車が到着すると兜悟朗とほぼ同時に車を降車し、平尾の元へ駆け寄る。平尾の手を両手で掴み、見えない花が形南から舞い始めているのを嶺歌は感じていた。そんな形南に平尾も顔を赤らめながら「おはようあれちゃん」と声を返す。
(ラブラブだなー)
嶺歌はそう思い二人の微笑ましいその様子に喜びを感じる。
彼女らの進展具合はまだキスもしていないのだと形南本人から聞いてはいたが、そんな事を気にする必要もないくらいには目の前の二人は互いを思い合っている様に見える。完全に相思相愛の最強カップルだ。
そのような事を思いながら、兜悟朗が形南と平尾に言葉を掛けている姿を捉え、嶺歌は再び思考が切り替わる。
(兜悟朗さん、かっこいい……)
自分の体温の熱が僅かに上昇するのを感じながら嶺歌は兜悟朗をそのまま見つめていると彼は不意にこちらに視線を向けて薄く微笑む。
嶺歌はその笑みだけでとてつもなく体温が最高潮に達し、恥ずかしさを紛らすように彼に小さく会釈をすると形南達の方に視線を戻していた。本当に彼の笑顔には敵いそうにない。
そんな風に感じながらも嶺歌を乗せたワゴン車は出発する。
形南や平尾の会話に混ざりながら嶺歌は運転席に座る兜悟朗を意識し、そのまましばらくの間車内での時間を過ごすのであった。
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